2009年09月03日

NGOと人道支援活動

NGOと人道支援活動 ギョーム・ダンドロー著 西海真樹/中井愛子訳 文庫クセジュ 白水社 2005/6/10 原書刊行1998

146ページから
人道活動は、アラン・デスクスが著書『不可能な人道活動または曖昧な二世紀』のなかで強調している次のことがらを自覚しなければならない。「人道活動は博愛の雲のなかではなく、戦場で、政治のただなかで展開される。それは普遍と個別とのつねなる隔たりのなかにあり、多くの矛盾のなかをたゆたいつづけ、すべて悪しき選択に直面している」。

−目次−



第一章 僧侶と看護者との緩慢な分離

T人道の源へ
1 キリスト教の伝統
聖ヴァンサン・ド・ポールの活動
2 啓蒙期の人道
啓蒙の精神
3 植民地化
4 戦場の瓦礫のなかの人道活動
細分化された規則
衛生部隊の不足

U 赤十字の夢
1 ソルフェリーノ
2 ソルフェリーノの教訓
3 赤十字の創設
4 人道活動のための技術

第二章 人道の実践−ヨーロッパから第三世界へ

T 人道の最前線−第一次世界大戦
1 赤十字−道徳的権威から実践へ
2 人道活動の領域の広がり
3 国際人道法の適応

U 人道的現実回避と全体主義イデオロギー
1 ボルシェヴィズム
2 ナチズム
条約の欠陥
合法主義の害毒

V 戦後の新状況
1 人道活動と戦後復興
人道法の拡大
難民の地位
2 第三世界の登場
冷戦と人道援助
3 第三世界のイデオロギー

第三章 無国境主義

T 主権と対峙する緊急性
1 ビアフラ
紛争の中心となった人道援助
2 人道的介入の先駆−バングラデシュ

U 新世代の登場
1 無国境主義の誕生
束縛を脱し世論に訴える
イデオロギーの退潮と積極的関与の必要性
唯一の人類の出現
新しい分野:緊急医療
2 無国境主義を生じさせた背景
周辺部の紛争
被抑圧者から被害者へ
難民の増加と人道の聖域
3 緊急事態の特殊性と証言の承認

V 政治的争点の中心にある人道援助
1 カンボジア−飢饉の操作
2 エチオピア−操作された飢饉

第四章 ベルリンの壁の崩壊と人道

T 仕掛けた罠に自分がはまる−近東での戦争の結果生じた人道問題
1 イラクという難問
2 救援にかけつける人道組織

U ソマリア−政治なき人道
1 地政学上見捨てられたソマリア
2 最初の人道的戦争

V ユーゴスラヴィア
1 受益者なき政策
2 人道活動の持続注入

W ルワンダ
1 二十世紀最後のジェノサイド?
2 キヴ危機すなわち「国際政治におけるバミューダの三角地帯」

第五章 人道の課題

T 人道の世界の環境変化
1 紛争の性質の変化
2 緊急援助および現地で活動するNGOの隆盛
緊急活動のための資金の増加
援助の道具化としてのNGOの役割の増大
危機の最中の援助活動
3 難民のイメージの変化
4 人道活動の後退
公的資金の減少
変化する関心
寄付の減少

U 介入の新たな要因
1 人道的介入権の確立
2 国家による人道活動
権力政治に取って代わる人道活動
いくつかの国では、緊急援助は大急ぎで開発援助の衰退に取って代わる
3 メディアの影響力
光の島
映像の支配
活動の動機としてのメディア
人道のメディア化への処方

V 人道の世界の構造化
1 NGOの増加と成長
NGOの重要性
2 調整と専門化
3 必要な透明性
4 公的資金の誘惑

結論

訳者あとがき


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2009年08月06日

国際協力の現場から

国際協力の現場から −開発にたずさわる若き専門家たち− 山本一巳・山形辰史 編 2007年5月 岩波ジュニア新書

−目次−

はじめに

1 逆境に立ち向かう

貧困削減 荻原烈(国際協力銀行ナイロビ駐在員事務所)

一日二四〇円
貧困とは−貧困の多面的理解
貧困の計り方
貧困削減へのアプローチ転換
貧困削減戦略の実施−一般財政支援と政策対話
貧困削減戦略の作成と実施の現場から

食料 高田美穂(元国連世界食糧計画プログラムオフィサー/現世界銀行ヤング・プロフェッショナル)

なぜ飢えがおこるのか
タンザニアの飢饉
飢饉を回避するには
村レベルの能力育成
女性たちによる自助組織
おわりに

ジェンダー 寺園京子(国連難民高等弁務官事務所スーダン国連ボランティア)

ジェンダーって?
なぜ開発にジェンダーが重要なの?
開発とジェンダーという仕事
スーダンで
おわりに

セックスワーカー 松野文香(元国連開発計画バングラデシュ事務所プログラムオフィサー/現国際労働機関本部およびバンコク事務所テクニカルオフィサー)

セックスワーカー支援プロジェクト−信頼失墜から回復へ
革新的な試み
立ちはだかる障害
人間開発への挑戦

難民 帯刀豊(国連難民高等弁務官事務所難民保護官)

難民とは誰か
難民問題の今日
難民保護のやりがい

2 子どもたちの未来のために

子どもの権利 本田涼子(元国連児童基金ガーナ事務所プログラムオフィサー)

世界が認めた子どもの権利
子どもの権利の実現は?
ニーズからライツへ
見えなかった部分が見えてきた
計画づくりにも子ども参加
子どものために、子どもとともに

子どもとエイズ 末廣有紀(元国連児童基金レソト事務所アシスタントプログラムオフィサー/現CARE USAシエラレオネ事務所コーディネーター)

はじめに
レソト−HIV/エイズ禍の大きさ
HIV/エイズ流行が子どもに与える影響
「子どもとエイズ」対策の四本柱
若者の新規感染を予防するために

教育 荻野有子(元バングラデシュ初等大衆教育省JICA派遣専門家/現株式会社コーエイ総合研究所主任研究員)

教育開発に向けた国際的取り組み
バングラデシュの現状
学校を魅力あるものにする試み
効果を広げていくことの難しさ
多岐にわたる課題と努力の継続

児童労働 松野文香(元国連開発計画バングラデシュ事務所プログラムオフィサー/現国際労働機関本部およびバンコク事務所テクニカルオフィサー)

CDWとは
CDWと人身取引
児童労働撤廃国際計画の取り組み
今後の課題

3 平和な世界を目指して

紛争 北原直美(国際協力機構南アフリカ事務所企画調査員)

紛争による女性の悲劇
女性の「心の平和」を踏まえた国際協力とは
「ひと」に焦点をおいた支援

武器と兵士 瀬谷ルミ子(元国連コートジボワール活動DDR担当官/現日本紛争予防センター事務局長)

1「紛争」「開発」そして「平和」
2「武器」と「兵士」とは?
3 現場での取り組み
政治交渉から武装解除へ
動員解除から社会復帰へ
残る課題
4 開発と平和に関わるということ

犯罪防止 ラッセルまり子(米州開発銀行国家市民社会近代化分野専門職員)

犯罪防止の重要性
犯罪防止と開発の関連性
IDBにおける試み
今後の課題

4 国際協力のアプローチ

開発援助 掘金由美(明治大学政治経済学部准教授)

開発、援助、国際協力
開発援助の変遷
援助の有効性を高めるために
パートナーシップと国際協力

技術協力 又地淳(国際協力機構国際協力専門員)

技術協力の変遷
技術協力とオーナーシップ
キャパシティ・デベロップメント
オーナーシップを重視した技術協力の実践
(1) プロジェクト実施を恒常的な任務と位置づける
(2) 日本側の関与を最小限に控えることにより、途上国側の主体性を引き出す
(3) 日本の過去の経験を開発途上国側が再構築することを支援する
(4) 幅広い関係者を巻き込む
現地における専門家の関わり方

農業開発 藤田達雄(国際協力機構ケニア半乾燥地コミュニティ農業開発計画チーフアドバイザー)

培われたアフリカ的合理性
成功事例−親族集団の役割
開発を牽引する力

環境保全 堤理恵(国連環境計画欧州地域事務所プログラムオフィサー)

国連環境計画とは
国家を超えた広域環境保全
カスピ海の環境保全
国境を越える環境影響評価
読者の皆さんへ

法制度改革支援 山田美和(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

開発と法制度の関係
注目される法制度改革支援
法の支配、ガバナンス、腐敗
法制度改革支援の活動
法制度改革支援の担い手よりよい法制度改革支援のために

開発のための調査 牧田りえ(元国際開発センター/現University of Wollongong Centre for Asia Pacific Social Transformation Studies フェロー)

開発の限界と調査
異文化の中での奮闘
理論と実践の間で−開発は誰のために

<コラム>インフラストラクチャー 轟由紀(国連人間居住計画スリランカ 元グローバル・リスク・マネジメント(株)研究員)

おわりに
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2009年08月03日

2009/7/22 HRW スリランカ:国際通貨基金(IMF)は人権侵害を見逃すな

スリランカ:国際通貨基金(IMF)は人権侵害を見逃すな
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/22
Human Rights Watch 2009/7/22
(ニューヨーク)−スリランカ政府は、国際通貨基金(IMF)に対して融資申請中である。IMF理事国は、この25億ドルのスタンドバイ融資を承認するには、スリランカ政府が行なっている紛争後の重大な人権侵害を政府が解決することも必要であると主張すべきである、と本日ヒーマン・ライツ・ウォッチは述べた。IMFの理事会は、このスタンドバイ協定ついて今月24日に裁決を行う予定。スリランカ政府が、国際人権法および国際人道法に著しく違反する行為を行なってきたことから、今回の融資は激しい論争を巻き起こしてきた。
政府軍とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の間で25年間続いた紛争の終結から2ヵ月が経ったが、スリランカ政府は、国際法に反し、紛争により避難民となった28万人以上のタミル人らの拘束を続けている。政府当局は、人道的組織やメディア、独立した監視員などによる収容施設への立ち入りを厳しく制限しており、国内避難民の人びとはスリランカ当局による虐待の危機にさらされている。
「スリランカ政府が、極めて多くの人々を収容施設で拘束し続けている真っ最中に、スリランカ政府が要求した額より6億ドルも多い融資を提供するとは、スリランカ政府にとっては人権侵害をしているのに得をしているようなもので、状況改善のインセンティブにならない。」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局の局長ブラッド・アダムズは述べた。「IMFはアプローチを変える必要がある。」
IMFの主要加盟国が、スリランカへの融資の提供について懸念を示すとともに、さまざまな場面で、スリランカ政府による国内避難民の扱いを非難してきた。今年の5月半ば、クリントン米国務長官は、IMFがスリランカへ融資を行う時期として、今は「適していない」と述べた。ミリバンド英外相も、5月半ば、「すべての政府は、IMFの融資を、適切かつ妥当に使用しなくてはならない。・・・スリランカ政府は、現在、こうした状況にない。」と指摘した。
IMFの7月20日の発表によると、IMFとスリランカ政府は、スタッフレベルでのスリランカ融資に合意し、7月24日には理事会が決議を行うとのことである。25億ドルの融資は、スリランカ政府がが今年3月当初に要請した19億ドルに比べて、6億ドルも多い。本融資が承認されることになれば、スリランカ政府は、3億1300万ドルもの融資を即刻受け取るほか、その余の金額を今後20ヶ月にわたり受け取り続けていくこととなる。
また、7月20日、IMFのマネジング・ディレクターであるドミニク・ストラウス-カーン(Dominique Strauss-Kahn)氏は、スリランカ政府に対する本件融資は、同国の国際通貨準備の再構築、及び国家赤字の減少に加え、スリランカ北部における紛争後復興支援にもなる、と述べた。
しかしながら、スリランカ政府は、最近、基本的人権を無視し、紛争後の復興・国民和解・安定を脅かし、もって、本融資の目的を損なう行為を繰り返している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。スリランカ政府は、国内避難民たちを違法に収容キャンプに強制収容し続けている。そして、国内避難民の自由への権利の移動の自由を侵害しているほか、紛争の最終段階でいったい何がおきたのかという真実を話して明らかにすることを妨げている。さらに、援助機関が、収容キャンプ内の悲惨な状況を明らかにするの禁止し、政府を批判した人びとを退去強制にした。LTTEと関係があったと疑った人々を、外部からの接触を一切禁止した状態(incommunicado)で拘禁を続けるという国際法違反を続けているほか、信頼性の高い複数の報告によると、拘禁中の虐待も発生している。
スリランカ政府は、内戦の間の国際人道法違反行為に対する戦争責任を問うあらゆる動きを完全に封じ込めてきた。ジャーナリストや市民社会の活動家に対して度重なる攻撃が行われているが、政府はこうした事件の捜査を行わず、逆に、あたかも政府批判は国家反逆行為であるかのように、そうした人物たちはLTTEの関係者だと糾弾した。
タミールタイガー(LTTE)の敗北の後、スリランカ政府軍の幹部らは、軍要員を20万人から30万人に大幅に増員することを発表。さらに、国内避難民たちを強制収容キャンプに監禁するというスリランカ政府の政策の結果、国内避難民たちは仕事もできず、生活を政府や人道支援組織の支援に頼るほかない状況に置かれている。ある組織の試算によると、キャンプ運営には一日に40万ドル(約4000万円)以上のコストがかかる。IMFがスリランカ政府に対し、国家財政危機に立ち向かうとする一方で、こうした政府の政策ゆえのコストをどのようにまかなう計画なのか問うことが重要だ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「IMFの理事たちは、すべての新しい融資が、はっきりとした人権状況の改善とつながっていることを確保しなくてはならない」とアダムズは述べた。「キャンプに残るのか出て行くのかを国内避難民自らが選べるようにするとともに、独立したジャーナリストやモニターたちにキャンプ内への完全なアクセスを認めることは、最低限の条件とされるべきだ。」
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2009年07月31日

2009/7/16 HRW イラン:弁護士の独立への干渉 やめよ

イラン:弁護士の独立への干渉 やめよ
Human Rights Watch 2009/7/16
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/16-0
(ニューヨーク)イラン政府は、イラン弁護士会の独立性を著しく侵害するとともに、弁護士資格の付与・剥奪の権限をイラン政府に与えるとする新たな規則を撤回すべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
弁護士会の独立性を定めた法の施行規則に対する改正の結果、弁護士資格の認可の決定権を、裁判所が握ることとなった。イラン裁判所は法務省も管轄し、裁判所長官はイラン最高指導者により任命される。過去50年間、弁護士会が、弁護士資格の認可を行ってきた。弁護士会の独立性を定めた1955年法は、弁護士会の承認無しにこの法律を変更することはできないと定めている。
「今回の『改革』は、イラン政府に、政府に都合が良い弁護士だけを選ぶ権限を与えることとなる」とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ局長代理ジョー・ストークは述べた。「イラン政府が、何百人もの人びとを容疑も明らかにせずに拘束をし続けている現在、この改定規則は、イランの刑事弁護人に対する事実上の脅迫にほかならない。」
最高裁長官アヤトラ・モハメッド・シャウラウディは、6月17日、イラン弁護士会の独立性を定めた1955年法の施行規則の改定を承認。改定後の施行規則は、議会など他の政府機関の承認が不要のため、すぐに効力を持つ。これにより弁護士会の独立性は損なわれ、イラン政府が、政治を批判する弁護士や人権派の弁護士から、弁護士資格を剥奪できることになる。
イランの有力な弁護士らは、最高裁長官には、弁護士会との協議なしに施行規則を変更する権限はない、と述べる。「シャラウディ長官は、こうした規則改定の権限が自分にはないことを知っているはずだ」とノーベル賞受賞者で著名な人権活動家のシリン・エバディ弁護士はヒューマン・ライツ・ウォッチに述べた。「彼は、政治的圧力を受けて、この改定を承認したのだろう」
第11条は、弁護士会の入会の承認や資格更新に関する決定は、5人の委員会が行うとする。3人は、最高裁長官が任命し、残りの2人は弁護士会の理事会が指名した後、最高裁長官が承認する。
第17条は「最高裁長官代理その他裁判所の代表が、弁護士資格付与に関する権限を有する」とする。
ここ数年、イラン政府は、エバディ弁護士やセエッド・モハメッド・セザデ(Seyyed Mohammad Seyfzadeh)弁護士などの有力な人権弁護士たちについて、政治的動機に基づき、イラン弁護士会に懲戒申立てを行なっている。現在までのところ、弁護士会側はこの申立を拒否してきた、と弁護士たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに述べた。
裁判所は、激しい抗議運動の原因となった6月12日の大統領選挙から1週間もたたずに、この規則の改定を承認。丸腰で抗議活動を行なった人びとにイラン政府が苛烈な弾圧を加えている真っ最中の出来事である。厳しいメディア規制がひかれ、著名な人権弁護士たち数名が拘束されたほか、何百人もの活動家やジャーナリストたちが拘束されるなか、人びとは、今回の規則改訂に対して異を唱えたり、法改正がもたらす危険について論じることが困難な状況におかれている。
1955年法は、弁護士会の独立を定めるとともに、弁護士会のみに(法務省の承認なしに)弁護士資格の付与や剥奪の権限を与える。この1955年法は、法律上は現在も有効で、弁護士の独立に対する裁判所の介入を認めていない。また、1955年法は、同法やその施行規則の改正には、弁護士会の承認が必要と規定している。
テへランのナスリン・ソトデゥ(Nasrin Sotoodeh)弁護士は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、この施行規則改正により、自分のような弁護士は危険にさらされることになったし、仮に無免許で弁護士業務を行なえば、とても重い処罰が待ち受けている、と述べた。
「私たちは投獄される危険がある。それで、弁護士会に所属するすべての弁護士たちは、行政裁判所[Divane Edalate Edari]に異議申立を行なう準備がある、と宣言した。それから、人権活動家たちとも会合をもって、広範な法曹関係者が今回の改訂に反対していることを示すため、これから毎日、5人から10人が、改定規則を無効にするよう求める異議申立を提出し続けることにした。そうやって、裁判所に、今回の改定に反対しているのは弁護士会だけではない、ということをわからせるのよ。」
7月6日、人権擁護者センター(Defenders of Human Rights Center)の創立者で著名な人権弁護士モハメド・アリ・ダカ(Mohammad Ali Dadkhah)弁護士が、テヘランの事務所内で逮捕された。ダカ弁護士のある同僚弁護士によると、ダカ弁護士は、他の弁護士たちと今回の改定規則の検討会議を行なっていた最中に逮捕された、という。ダカ弁護士の娘のマリ(Malihe)も、サラ・サバジアン(Sara Sabaghian)やバハレ・ドワルー(Bahareh Dowaloo)やアミール・ライシアン(Amir Raiisian)らとともに逮捕された。彼らのその後の行方は不明である。
7月4日、弁護士会の前会長バーマン・ケシャバズ(Bahman Keshavarz)弁護士はエトマッド紙(Etemad)に対し、以下のように述べた。
「今後、政府批判をした弁護士や、政府に敵視された人物を弁護した弁護士などは、突然、弁護士資格を剥奪される憂き目にあうだろう。イランの知識人たちは、自らの思想ゆえに訴追され、しかも、適切な弁護を受けることもできない。なぜなら、そんな事件を受任する勇気のある弁護士たちは、既に資格を剥奪されているか、あるいは、将来資格を剥奪されてしまうだろうからだ。イラン政府のブラックリストに載せられた政治家たちも、自分を弁護してくれる独立した弁護士を探すことすらできない。重大な罪に問われているにも拘わらず、司法の場で弁護を受けることができない人のことを考えると、本当に胸が苦しい。」
国連の「弁護士の役割に関する基本原則」は、「弁護士の職務上の自立性を守るため」、弁護士は、独立した「自治」組織を設立する権利を有し、「外部の干渉なく職務を行なう」と定める。ナイジェリア政府が、弁護士資格の得失に関する権限など弁護士会の権限を政府に移行しようとした際、アフリカ人権委員会は、これを結社の自由の基本的権利の侵害と判示している。
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2009年07月30日

国際正義の論理 押村高 講談社現代新書

国際正義の論理 押村高 講談社現代新書 2008年10月

−目次−

はじめに

ある書簡と演説・しょせんは正義よりパワーではないのか・グローバル化と正義論のリバイバル・日本にとっての国際正義・「善く生きる」ことを選択した戦後日本

第1章 正義に「国境」ができるまで
1 ポリスの正義
神話的世界では・アリストテレス・ポリスの正義とポリス間の無正義・異邦人の視点
2 古代コスモポリタニズムからアウグスティヌスへ
キケロ曰く・善き人間・世俗的正義の凋落
3 十字軍と宗教改革
異教徒との戦いは神によって正当化される・キリスト教徒がなぜ不正を働くのか・カトリック的正義の崩壊・世俗的境界の台頭

第二章 「国際正義」の誕生と変転
1 主権国家あるいは民族の正義
正義の「国有化」・プレーヤーの減少がもたらしたこと・合意は拘束する、他国を害してはいけない・民族の正義・道徳的白紙委任
2 商人の道徳、カントの平和論
商業道徳は国境を越える・国家同士の関係にも・カントと近代コスモポリタニズム
現状の維持から理念の追求へ
3 環境と人道がふたたび「国境」を無化する?
理想的ルール変じて・・・ ・ドナウ川の汚染、チェルノブイリの恐怖・無過失責任
ステークホルダー理論を応用する・国内アクターにもグローバルな責任・「人間の安全保障」・生存権ではなく政治的権利としての主権

第3章 正義の交錯としての戦争
1 主権が発動されるとき
どちらが不正か・グロティウスの論理・無差別戦争観・歴史という「世界法廷」・勝算があれば・・・ ・戦いかたのルール・「中立」という手段
2 戦争違法化の夢をシュミットは笑う
第一次世界大戦という悪夢・衝撃の余韻・戦争の違法化へ・ケロッグ=ブリアン条約・シュミットの批判
3 第二次世界大戦の戦後処理と正義
全体主義国家の挑戦・宥和政策の果て・第一次大戦に学んでいた戦勝者・戦争を犯罪として裁く・反実仮想と原爆投下の道義性?

第四章 人道的介入
1 「カント的世界」の自責
「新しい戦争」の時代・擬似国際正義の誕生・「カント的世界」の市民の道義感覚・マイケル・イグナティエフは言う・武力介入の是非・介入してしまえば比較検証はできない・合法的な介入とは
2 対テロ戦争をめぐって
多くの知識人までもが・深刻な波紋・民主的帝国の使命・アメリカの過剰な自負心・唯一の超大国を説得できない脆さ
3 国際刑事法廷と真実和解委員会
「移行期の正義」・国際刑事法廷のメリット・ガチャチャ・歴史の正しき位置づけによる修復・むずかしい問題も

第五章 貧困の放置は不正なのか
1 地球的な不平等
国家間のすさまじい所得格差・アマルティア・センの視角・風土原因論と西欧責任論・独立から数十年が経過して・これまでの責任概念の限界
2 豊かな国が支える歪んだ体制
一九九七年のアジア通貨危機・体制こそが不平等を生む・最低限の義務の不履行−ポッゲの責任論・構造的不正−ヤングの責任論
3 債務のくびき
わずかな見とおしに希望を託すが・・・・ ・グローバリズムにも責任・ネオ・リベラルは不道徳か

第六章 行動する主体と責任
1 ケーパビリティー・アプローチ
「誰が」「誰に」・善意ではなく義務として−シンガーの解決法・権利の主体と対象の曖昧さ・生きるに足る生活を得るための能力・さらなる議論を戦わせれば
2 ロールズ問題
むしろアンチ・コスモポリタン・その国の政府に任せるほうが・・・・ ・現実的で、保守的になる理由・ロールズを超えて
3 国内的社会正義と国際的連帯義務
一市民としての行為なら・こと税金となると・コスモポリタンVS.コミュニタリアン論争・実際上は

第七章 文明と正義
1 時代により、地域により
文明の数だけ・単数から複数へ・とどめを刺したのは・「世界価値観調査」から見えること・正義による統合の危うさ
2 「文明の衝突」への回答
経験的に共通項を見出すには・通訳不可能な部分・アメリカの国内正義は手がかりになるか・契約論的な正義・カッコにくくる
3 対話のルール
公と私の分離の限界・対話のルールと対話者の責任・カントによる自己の普遍的超越・ハーバーマスの「コミュニケイション的行為の理論」・スミスの「公平な観察者」とセンの「不偏不党」

第八章 人権をめぐる文明間対話
1 世界人権宣言
「西洋の正義」の結晶・圧倒的多数の賛成で・紙切れの威力・ヘルシンキ・プロセス
2 イスラームと共有可能な人権とは
ウィーン会議・シャリーアとの抵触・カイロ宣言とアラブ憲章
3 アジア的価値観
リー・クアンユーは説く・共同体の維持を優先させた理由・一九九七年の金融危機以降・「対話の積み重ね」がグローバルな正義への道・創造的対話とコミュニケーション

あとがき
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2009年07月24日

2009/7/14 HRW カンボジア:フン・セン首相は、反対や批判への攻撃やめよ

カンボジア:フン・セン首相は、反対や批判への攻撃やめよ
Human Rights Watch 2009/7/14
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/14-2
(ニューヨーク)カンボジアのフン・セン政権は、自らの支配を強固にし、野党勢力や政権を批判する人々を黙らせる目的で、いやがらせ、脅し、司法権の濫用などの一連の弾圧を繰り返しているが、これをすぐに止めるべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
過去数ヶ月の間に、カンボジア政府高官や軍関係者たちは、政治的な動機に基づき、ジャーナリストや野党議員、弁護士などの政府に批判的な人々に対し、名誉毀損や虚偽情報流布の罪で、9件の刑事告訴を行なった。
「カンボジア政府は、近年で最も激しい表現の自由に対する弾圧を行なっている」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムズは述べた。「ますます権威主義的になりつつあるフン・セン政権に対して平和的に批判をした人々を、フン・セン首相は、またしても、刑務所送りにしようとしている。」
過去数週間に、政府が表現の自由を侵害した事件の例:
•2009年6月22日、カンボジア議会は、野党サム・レンシー党(SRP)の主要メンバーである、ムー・ソチュア(Mu Sochua)議員とホー・ヴァン(Ho Vann)議員の議員不逮捕特権を剥奪することを可決した。これにより、フン・セン首相と22人の軍当局者に対する名誉毀損の罪で、この2名を裁くことが可能となった。
•6月26日、プノンペン裁判所は、野党系新聞のクメール・マカス・スロック(Khmer Machas Srok)が掲載した政府の汚職に関する記事を偽情報であるとし、同新聞社の経営者であるハン・チャクラ( Hang Chakra)氏に懲役1年の有罪判決を下した。
•野党SRPの党員を弁護する数少ない独立した立場の弁護士のひとりコング・サム・オン(Kong Sam Onn)氏は、フン・セン首相に名誉毀損の罪で告訴されたほか、サム・レンシー党のムー・ソチュア氏を弁護したとの理由で、カンボジア弁護士会から弁護士資格を剥奪すると脅迫された。その結果、7月7日に、コング・サム・オン弁護士は、与党カンボジア人民党(CPP)の支持を表明し、ムー・ソチュア氏とホー・ヴァン氏の弁護を中断するという「転向」に追い込まれた。
•7月10日、カンボジアで最も歴史が長く、影響力の大きい野党紙のひとつであるモニークシーカー・クメール(Moneaksekar Khmer)紙の経営者ダム・シス(Dam Sith)氏は、政府当局者の批判記事を掲載したことに対する訴追を避けるため、同紙の廃刊に追い込まれた。 
•7月14日、非営利団体Khmer Civilization Foundation代表のムエング・ソン(Moeung Sonn)氏は、アンコール遺跡への照明設置に懸念を表したため、本人が不在のまま、虚偽情報の罪で懲役2年の判決をうけた。
野党議員ホー・ヴァン氏とムー・ソチュア氏の裁判は、7月17日と24日に予定されているが、コング・サム・オン弁護士が彼らの弁護を辞任した後、他の弁護士を見つけることができないでいる。
「ホー・ヴァン氏とムー・ソチュア氏が有罪判決を下されるならば、政権の政策に最も声高に反対している議員を、永久に失う可能性も出てくる」、とアダムズは述べた。「複数政党制の民主主義、法の支配、弁護士の独立、そして表現の自由など、とても重要な価値が危機にさらされている。」
モニークシーカー・クメール紙の編集者であるダム・シス(Dam Sith)氏は、野党サム・レンシー党の理事のひとりだった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、7月10日に、カンボジア政府がシス氏を名誉毀損、虚偽情報流布、そして反政府活動の誘因の罪で告訴したことをきっかけに、同紙が強制的に廃刊となったことに対し懸念を示した。7月8日に、シス氏がフン・セン首相に謝罪の手紙を送り、その中で同紙の廃刊を約束したことにより、彼に対する告訴は取り下げられた。
1993年にプノンペンで出版を開始して以来、モニークシーカー・クメール紙は常に脅迫にさらされ続け、スタッフの一人の殺害事件にまで発展している。同紙の記者であったキム・サンボ(Khim Sambo)氏は、翌月に国政選挙を控えた2008年7月に暗殺された。ダム・シス氏が6月に1週間の拘留(虚偽情報流布の罪で外務大臣から告訴された)された直後のことだった。
過去にも、サム・レンシー党系の2つの主要新聞が、政府の攻撃の目標とされた。2009年6月末に、クメールのマッカススロック紙(Machas Srok)のオーナーであるハン・ チャックラ(Hang Chakra)氏は、ソック・アン(Sok An)副首相の汚職に関する記事を掲載したため、虚偽情報流布の罪で懲役1年の判決をうけた。
2008年には、サムレンシー党系新聞スララン・クメール(Sralang Khmer)の編集者で、同党の理事も務めていたタック・ケット(Thach Ket)氏が、離党を要求する脅迫をうけた。当時、政府与党は、脅迫や勧誘といった手法で、野党の指導者たちに対し離党への圧力をかけていた。この脅迫事件の後突然、スララン・クメール紙は与党支持に転向した
名誉毀損の罪の濫用事件が続く中でも最もひどい事案は、6月初めに起きたサム・レンシー党の若手活動家ソーン・ソホーン(Soung Sophorn)氏に対する有罪判決であろう。彼は、自宅の外側の壁に政府を批判するスローガンを書いた。その後、与党の上院議が所有している土地の開発のため、彼は自宅から強制的な立ち退きを強いられた。
最近の訴追はすべて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)により1992年に公布された暫定刑法の62条(虚偽情報流布)と63条(名誉毀損)に基づく。これらの条文を広く解釈することで、訴追を行なっている。2006年、懲役刑は、名誉毀損罪の処罰から除かれた。しかし、名誉毀損が犯罪とされていることに変わりはない。また、虚偽情報流布に対しては、最高3年の禁固刑が科される。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、名誉毀損を刑事犯罪とする法律は国際的に保護されている表現の自由の権利を侵害するとともに、政権を批判する人びとやメディアに危険を及ぼす、と述べた。
度重なる訴追は、政権を批判する声を事実上奪っている。7月9日、サム・レンシー党のソン・チャイ(Son Chhay)議員は、ラジオ・オーストラリアとのインタビューで以下のように述べた。「我々に選択肢はありません。しばらくの間、静かにしているしかないのです。政治汚職の問題や、土地の横領、腐敗した司法制度について、話すつもりはありません。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、カンボジア政府に資金を提供している外国政府、特に法の支配、司法改革、人権保護、良き統治(グッド・ガバナンス)を目的とした支援を行っている国々に対し、政権を批判する人びとに対するカンボジア政府の攻撃や、司法措置の濫用を止めることを要求するよう求めた。
「カンボジアで最後の野党系新聞が廃刊となった今、政府に批判的な報道をしたり、平和的な政府批判を行うことは、急速に困難になっている」、とアダムズは述べた。「フン・セン首相をはじめとする政府当局が、ジャーナリストが職務を全うするのを妨害している。こうした表現の自由に対する監獄行きの脅迫を終わらせるため、平和的な発言を犯罪とするカンボジアの法律は、廃止されるべきだ。」
「暴力、脅迫、金権政治を通して、フン・セン首相はすでにカンボジアの政治をほぼ全ての面を完全に支配している」、とアダムズは述べた。「それでも、政権を批判するあらゆる声を奪うため、フン・セン首相は猛進し続けている。なぜ、フン・セン首相は、今になっても、毎日、訴追する敵を探しながら目覚めるような毎日を送っているのか。こんな状態はいつまで続くのか。」
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2009年07月22日

2009/7/15 HRW ロシア:チェチェンの人権活動家、殺害される

ロシア:チェチェンの人権活動家、殺害される
Human Rights Watch 2009/7/15
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/15-0]
(モスクワ)チェチェンの著名な人権活動家であるナタリア・エステミロワ氏(Natalia Estemirova)が、7月15日にイングーシで射殺され発見された、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。チェチェンで続く、深刻な人権侵害を明らかにしてきた人権活動家の殺害は、2009年に入りエステミロワ氏が2人目となる。ヒューマン・ライツ・ウォッチはロシア当局に対し、独立した、透明性のある捜査を包括的に行うよう求めた。
ロシアの人権NGOであるメモリアル(Memorial Human Rights Center)にて、チェチェンの人権問題を調査していたエステミロワ氏は、7月15日の朝8時半頃にチェチェンにある自宅を出た後、何者かに拉致された。近くのビルのバルコニーにいた2人の目撃者の話によると、エステミロワ氏は、白い車に無理やり乗せられ、その際に悲鳴をあげたが、車はそのまま走り去っていった、とメモリアルはヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。
「ロシア当局は、一刻も早くこの事件を非難し、エステミロワ氏の殺害者を法の裁きにかけるべきである」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのエクゼクティブ・ディレクター ケネス・ロスは述べた。「チェチェンでの深刻な人権侵害を明らかにする人びと全てに、危険が及んでいる。ロシア政府は、このような殺害に終止符を打ち、責任がある者を起訴するべきだ。」
エステミロワ氏は、過去10年以上にわたり、チェチェンでの人権侵害の調査と、責任の追及を最前線で行ってきた。彼女の活動は、ラムザン・カディロフ大統領をはじめ、チェチェン当局からの批判の対象となってきた。カディロフ政権の関係機関は、虐殺、拷問、失踪など、様々な人権侵害を繰り返し犯した容疑をかけられているにも関わらず、国内ではごく僅かな事件の責任追及しか行われていない。欧州人権裁判所は、今日までの100以上の判決において、チェチェンでの深刻な人権侵害の責任がロシア政府にあるとし、これらの事件に対する責任追及の欠如を非難してきた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ドミトリー・メドベージェフロシア大統領に対し、エステミロワ氏の殺害事件について、独立した、透明性のある包括的な捜査を行うよう求めた。さらに、チェチェンではこのような事件が不処罰とされることが多く、現地当局による効果的な捜査は期待できない、と述べた。信憑性を確保するため、初期段階の捜査は現地警察ではなく、ロシア当局の最高レベルで行うべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
メドベージェフ大統領の報道官は、大統領はこの事件に対し怒りを示しており、全面的な捜査を行うよう命じた、と述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、各国政府に対し、エステミロワ氏やその他のチェチェンにおける被害者の正義を確保するよう、ロシア政府に要請することを求めた。アンゲラ・メルケルドイツ首相は、メドベージェフ大統領と今月16日に会談する予定であり、バラク・オバマ米大統領は、メドベージェフ大統領およびプーチン首相と今月6日、7日に会談を行った。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ロシア政府に対し、各国に今回の事件の捜査の進展を開示するよう要求した。
「エステミロワ氏は、生涯正義のために戦った。彼女に敬意を示すには、殺害者を見つけ、裁判にかけることが必要だ」、とロスは述べた。「彼女の殺害の責任の追及は、チェチェンでの虐待や不処罰の悪循環を断ち切るきっかけとなるだろう。」
チェチェンではこの数週間、暴力的な事件が増加しており、中には超法規的な処刑、懲罰的な家屋の焼き討ち、拉致、恣意的な拘禁などの人権侵害も含まれている。エステミロワ氏は、ヒューマン・ライツ・ウォッチと共に、これらの事件を調査していた。
チェチェンでは、頻繁に拉致事件が発生している。過去数年の間に、拉致や強制失踪の数は大幅に減少しているものの、いまだに政府批判者と見られる人びとや、彼らの家族の拉致は続いている。
エステミロワ氏の殺害は、特にチェチェンで起きている、人権侵害の責任を追求する弁護士に対しての、相次ぐ攻撃や殺害の中で最も最近の事件である。今年の1月、カディロフ大統領から拷問を受けたと主張していたチェチェン人のウマール・イスライロフ(Umar Israilov)が、亡命先のウィーンにて、白昼公然と射殺された。この事件から1週間も経たないうちに、著名な人権弁護士であり、チェチェンでの人権侵害の被害者の弁護をしていたスタニスラフ・マルケロフ(Stanislav Markelov)が、モスクワでの記者会見を終えた直後に射殺された。一緒にいたジャーナリスト、アナスタシア・バブロワ(Anastasiya Baburova)も殺害された。これらの事件で逮捕された者はまだいない。
最も良く知られているのは、調査報道の記者であったアンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)の殺害である。彼女は、チェチェンでの人権侵害を批判する記事を数多く公表した後、2006年10月にモスクワの自宅のアパートの外で殺害されているのが発見された。今年の6月25日、上訴法廷は、この事件で殺人容疑をかけられていた4人の無罪判決を覆し、新たな裁判を要請した。
エステミロワ氏は、人権分野での功績により、ヒューマン・ライツ・ウォッチの人権賞(2007年)、Anna Politkovskaya 賞(2007年)、Robert Schuman Medal of the European Parliament (2005年)、スウェーデン政府のRight to Survival賞 (2004年)など、これまでに数多くの国際的な受賞を果たしてしてきた。彼女はまた、国際的なジャーナリストや人権団体のみならず、チェチェンでの人権問題に関心を持つ人びとすべてにとり、重要な情報源となっていた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エステミロワ氏の遺族や同僚に対し、哀悼の意を表するとともに、深い悲しみを表した。
「ナタリアは、ヒューマン・ライツ・ウォッチにとりかけがえのない友人であり、彼女の人権問題への取り組みは、我々に勇気を与えてくれた」、とロスは述べた。「彼女の死による損失の大きさは、計り知れない。」
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2009年07月21日

2009/7/13 HRW ソマリランド:危機にさらされる民主主義

ソマリランド:危機にさらされる民主主義
Human Rights Watch 2009/7/13
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/13
(ソマリランド、ハルゲイサ)ソマリランド政府は、法と民主過程を軽視し、生まれたばかりの脆弱な民主主義を危機にさらしている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表したレポートで述べた。ダヒル・リヤレ・カヒン政権下では、人権侵害が広範に行なわれ、選挙を取り巻く状況も危機的になっている。
本報告書「平和の人質−ソマリランドにおける人権と民主主義」(56ページ)は、武力紛争が続くソマリアと異なり、ソマリランド政府は、ある程度の国家の安定と民主的な統治(ガバナンス)をもたらすことに成功したと評価。しかし、これらの成果はまだ社会にしっかり根付いておらず、危機を迎えている。リヤレ政権は、2008年4月に予定されていた選挙をこれまでに2回も合法性が疑われる方法で延期。現段階では選挙は2009年9月に予定されているが、これが再度延期されるようなことになれば、民主政治は危機的な状況におかれると言えよう。
「ソマリランドは18年かけて、安定した民主主義を構築してきた。しかし、政府が法の支配に背き続ける限り、この成果は危機にさらされるであろう」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ジョージェット・ギャグノンは述べた。「しっかりした政府機関を設置した上で、そうした機関が人権を尊重することが不可欠であることを、選挙をめぐる今回の政治危機が明らかにしている。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチの本報告書は、2009年3月に2週間、ソマリランドで現地調査を行った際に、政府関係者、野党指導者、活動家、地元有識者、人権侵害の被害者などに聞き取りを行なった結果などをまとめた調査報告書。
ソマリランドは、1991年にソマリアの政府が崩壊したのをうけ、ソマリランドは同国からの独立を宣言。ソマリランドは国際的に国家として認められていないが、この問題について、ヒューマン・ライツ・ウォッチは特定の立場は取らない。しかし、国際社会は、ソマリランド政府に人権と民主的規範を尊重するよう働きかけ、また主要な政府機関、メディア、市民社会を強化するための支援をし、同国との関りを強めるべきであると考えている。
この数年、リヤレ政権は、野党が過半数を占める議会を邪魔者扱いし、法案審議や不透明な予算を監視するという議会の役割を無視してきた。また、独立した司法制度の構築は、ほとんど手付かずのままで、最高裁判所は大統領の意思にそった判決しか下さず、下級裁判所では法に則った裁判すら行えていない。
政府が、国内法にも国際法にも違反した行動をとったことにより、ソマリランドの人々の権利が侵害されてきた、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。リヤレ政権は、司法制度に代わり、行政府の支配下にあり法的根拠も存在しない「治安委員会」の判断に頼り、被告人の人権に踏みにじっている。治安委員会は、一般的な犯罪や青少年の犯罪に関しても、一切の適正手続きなしに判決を下し、人々を監獄送りにしている。「治安委員会」は、多くの被告人に対し、証拠もほとんどないまま(あるいは全くない場合もある)、発言の機会も与えないで一斉に判決を下すことも稀ではない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、3月にハルゲイサ郊外にあるマンデーラ刑務所を訪れたが、その際、拘禁中の人々のうち半数以上が、裁判所ではなく治安委員会によって判決を下されていた。
現政権は、この地域では一般的だとはいえ、ソマリランドでは過去にあまり見られなかった弾圧行為にも手を染めている。大統領の元運転手は、大統領の家族の汚職行為を公にしたため投獄された。元運転手が釈放されたのは、深刻な病状の彼が病院のベッドに縛られている写真が暴露された後のことだった。現政権に批判的な組織「Qaran」は、選挙にまつわる政治的な駆け引きを三大政党が独占している現状を変えようと試みた。しかし、Qaranのリーダーたちは刑務所行きとなり(但し、全懲役期間の経過を待たずして釈放となった)、政治活動を禁止された。また、ソマリランドで活躍するある独立した人権団体は、同団体の主導権争いへの政府介入により、解散に追い込まれた。
しかし、ジャーナリストや反政府活動家などに対する嫌がらせが最も多く発生している。公の場で政府を批判したり、政府を批判した記事を書いた個人が、短期間とはいえ拘禁される事件は後を立たない。
苦労の末手に入れた国の安定を失うことや、国際社会がソマリランドを承認する障害になるのではという恐怖などが、ソマリランドの人々が人権侵害を訴えることを躊躇する理由となっている。多くの人びとは、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、自分たちは「平和の人質」になっていると語った。ソマリアなどの周辺国とは別の道を歩むことを可能にしている壊れやすい「平和」のバランスを崩しかねないという恐れゆえに、人々は、ソマリランドが抱える根本的な問題に立ち向かうことに躊躇してしまっている。
ソマリランドの大統領選が何度も延期された結果、まだ生まれたばかりの民主政治は危機にさらされている。選挙なしで任命された元老院により、リヤレ大統領は大統領任期延長を2回許可された。現在のところ、選挙は9月29日に行われる予定とされているが、本当に選挙が行なわれるのか、行なわれるとしてどのような状況で行われるのか、多くの不安定要素がある。
「ソマリランドは危険な岐路に立っている」とギャグノンは述べた。「民主主義と人権の尊重に向けた18年間の進歩が、今後、確固たるものになるか、それとも危機にさられれるかは、リヤレ大統領の次の行動にかかっている。」
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2009年07月16日

2009/7/15 CNN 武装集団が安保担当顧問の仏2人を拉致、ソマリアの首都

武装集団が安保担当顧問の仏2人を拉致、ソマリアの首都
CNN 2009/7/15
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200907150015.html
(CNN) フランス外務省当局者は14日、暫定政府軍とイスラム系武装勢力間の戦闘が続くアフリカ東部、ソマリア情勢に関連し、暫定政府の安全保障問題の顧問として働いていたフランス人2人が同日、首都モガディシオのホテルから武装した集団に拉致されたと述べた。
暫定政府当局者によると、拉致の現場は外国人の宿泊が多い「サハフィ・ホテル」で、約の10人の武装集団が同ホテルに乱入、2人を縛って目隠しし、徒歩で連れ去ったという。拉致犯の組織的な背景は不明だが、武装集団はイスラム系組織「ジャバブ」「ヘズブ・イスラム」が拠点を築くバカラ市場への方角へ逃走したという。
ジャバブなどは今年5月以降、攻勢を加速させ、モガディシオへの浸透も強め、2007年3月以降、ソマリアに駐留するアフリカ連合(AU)の平和維持部隊も戦闘に巻き込まれている。
米政府は、ジャバブは国際テロ組織アルカイダと関係があるとしてテロ団体に指定している。米国務省は6月下旬、武装勢力掃討でソマリア暫定政府を支援するため武器と弾薬の提供を開始したこことも明らかにしている。
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2009/7/14毎日 ソマリア:イスラム系武装勢力に米国人 自爆テロも

ソマリア:イスラム系武装勢力に米国人 自爆テロも
毎日 2009/7/14
http://mainichi.jp/select/world/news/20090714dde007030031000c.html#
【カイロ和田浩明】ソマリアの暫定政府軍と戦闘を続けるイスラム武装勢力に、ソマリア系米国人20人以上が参加、一部は戦闘や自爆テロの実行で死亡していると米ニューヨーク・タイムズ紙が12日報じた。ソマリアのイスラム武装勢力には数百人単位で外国人イスラム教徒が参加しているとみられ、アフリカ連合(AU)も強い懸念を表明している。
 タイムズ紙によると、幼少期に難民として米国に移住した20〜30代の男が多いといい、一部は、国際テロ組織アルカイダと関連があるとされる急進的イスラム組織「アルシャバブ」に参加した。
 米国からの戦闘員らは、06年に暫定政府軍を支援するエチオピア軍が侵攻したことで、「外部からの介入」に反発。戦闘経験がある欧州からの移民の手引きでソマリアに渡ったとみられている。26歳の男は、昨年10月にソマリア北東部で自爆テロを実行し死亡した。
 米FOXテレビによると、これまでソマリア系米国人3人がソマリアでの戦闘などで死亡している。軍事専門誌などによると、ソマリアの外国人戦闘員は、欧米への移住者が多いとされる。
 ロイター通信によると、アフリカ連合の平和・安全保障理事会は6月15日、ソマリアで外国人戦闘員が増えているとして「深い懸念」を表明、実態調査を行っていることを明らかにした。
 アルシャバブなどのイスラム武装勢力は5月初旬から暫定政府軍への攻勢を強め、先月20日には国会議長が周辺国に軍隊派遣を要請している。
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2009/7/12朝日 ソマリア AU平和維持部隊も交え戦闘、43人死亡

ソマリア AU平和維持部隊も交え戦闘、43人死亡
朝日 2009/7/12
http://www.asahi.com/international/update/0712/TKY200907120224.html
【ナイロビ=古谷祐伸】ソマリアからの報道によると、首都モガディシオで12日、暫定政府軍とイスラム武装勢力との間で戦闘が起き、双方で少なくとも43人が死亡した。駐留するアフリカ連合(AU)の平和維持部隊も、暫定政府側に立って戦闘に加わったという。
 ロイター通信などによると、ソマリア南部を実質支配する武装勢力「シャバブ」が暫定大統領官邸から約1キロの地点まで侵攻したため、戦闘になった。暫定国会の議員によると、死者はシャバブ側が40人、暫定政府軍側が3人という。
 AP通信によると、AU部隊の戦闘参加は07年3月の駐留開始以来初めて。AU部隊は、無政府状態が続くソマリアで正式政府の樹立を目指す暫定政府を支援するため、大統領官邸の警護などに就いている。自衛にしか武力は使えず、今回は「部隊が直接の危機にさらされたため」(AU部隊報道官)としている。
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2009/7/8 CNN 首都から8週間で20万人余が退避、戦闘激化で ソマリア

首都から8週間で20万人余が退避、戦闘激化で ソマリア
CNN 2009/7/8
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200907080018.html
CNN) 暫定政府軍とイスラム武装勢力「シャバブ」「ヘズブ・イスラム」などの交戦が続くアフリカ東部のソマリア情勢で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は7日、戦闘が激化した過去8週間で首都モガディシオから避難した住民は焼く20万4000人に達すると報告した。
武装勢力を駆逐するためエチオピア軍が武力介入した2007年以降では、最大規模の住民の脱出となっている。エチオピア軍がその後、撤退している。UNHCRによると、過去1週間での衝突による死亡者は約105人、負傷者は382人。
政府、反政府軍、軍閥が絡む同国の内乱は1991年から悪化しているが、国内で発生した避難民数はこれまで120万人以上と推定される。
米中央情報局(CIA)は先に、イラクやアフガニスタンでこれまで活動してきた国際テロ組織アルカイダ系の戦闘員が、ソマリアの無政府状態につけ込んで浸透を強めていると警告。米政府は暫定政府のてこ入れで武器支援にも踏み切っている。米軍はこれまでアルカイダ系拠点への空爆も実施している。米国はシャバブをテロ組織にも指定している。
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2009/7/12朝日 「反政府勢力の圧力で偽り伝えた」スリランカ医師ら会見

「反政府勢力の圧力で偽り伝えた」スリランカ医師ら会見
朝日 2009/7/12
http://www.asahi.com/international/update/0711/TKY200907110264.html
スリランカ内戦の最終局面で、反政府勢力タミル・イーラム解放の虎(LTTE)側の陣地から、「人間の盾」となっていた民間人の犠牲を欧米メディアに刻々と伝えたスリランカ人医師ら5人がこのほど、記者会見を開いた。現在、治安機関の拘束下にある医師らは「LTTEの圧力で、事実と異なる情報を流した」と述べ、過去の発言を撤回した。
 医師らは戦況が激しさを増した今年5月、英BBCなどに対し、政府軍の砲撃によって病院が破壊され、民間人の犠牲が出ていると伝えた。陣地から脱出した後、治安当局に拘束され、約2カ月間にわたり尋問を受けてきた。
 LTTE側では当時、1千人以上の死者が出たという情報が流れた。治安機関の施設内で開かれた会見で医師らは「死亡した民間人は推定600〜650人」としたうえで「民間人は逃げようとしてLTTEに撃たれたり、LTTEが保持していた爆弾の爆発に巻き込まれたりした。政府軍による砲撃のためではない」などと政府軍の主張に沿った証言をした。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルはAP通信に対し「医師らの今回の会見での証言が自発的なものかどうか、重大な疑念がある」と指摘している。(コロンボ=武石英史郎)
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2009/7/6毎日 ’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井

’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井
毎日 2009/7/6
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20090706ddlk18040219000c.html
◇国際社会の支援必要
 スリランカで25年以上続いた内戦が5月に終結した。だが、四半世紀も続いた内戦は多くの犠牲者を出した。多くの避難民が今も苦しんでいることを多くの人に知ってほしい。仏教徒の多い同国の紛争に興味を持ち05年から計6回に渡って現地を取材した京都市の僧侶兼カメラマンの岸野亮哉さん(34)が先月20日、同市内で緊急報告会を開いた。NGOメンバーとして同国で活動した経験のある記者も、報告者の1人として参加した。【幸長由子】
 ◆内戦の経緯
 発端は、少数派のタミル人が多数派のシンハラ人支配からの分離独立を求めての武装蜂起だった。83年からは過激化した反政府武装集団「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)と、政府の間で戦闘が続いた。背景には、英国植民地からの解放後、政府が進めたシンハラ語の公用語政策や進学や就職でのタミル人への差別があったとされている。
 内戦は、政府軍がLTTEの実効支配していた地域を掌握して終結した。だが、多くの民間人が戦闘に巻き込まれて犠牲になり、生き残った人たちも劣悪な環境の避難民キャンプで暮らしている。
 ◆避難民の訴え
 報告会には市民ら約60人が集まった。岸野さんは「同地で出会った人たちの安否が心配。彼らが未来を描けるようになるには時間と支援が必要だ」と訴えた。壇上には私と神戸市在住の教諭で同国西部でインド洋大津波の被災者を支援していた岡本茂さん(38)も上がり、それぞれの立場から内戦後の社会に対する思いを話した。
 私は04年から1年間、NGOスタッフとして同国北部、東部、南部での医療支援プロジェクトに参加した。帰国後もスリランカの人権活動家らを通じて現状を知り、関心を持ち続けてきた。この報告会に参加したのは、彼らから「この状況を伝えてほしい」というメッセージを受け取ったからだ。
 ◆制限される取材活動
 スリランカ国内では、いまだに避難民キャンプでの自由な取材が許されていない。政府批判につながるような内戦中の民間人犠牲や避難民キャンプの問題などを記事化したり発言すると、LTTEの支持者との嫌疑をかけられる可能性があるという。内戦後、ジャーナリストが何者かに誘拐されて暴行を受ける事件も発生した。
 私はこれら実質的な言論統制を、同国の記者や人権活動家から直接聞いた。報告会では現状が詳しく報道されていない避難民キャンプで、水やトイレなどが不足していることを紹介した。26万人もの避難民が出ている危機的状況に、「何ができるか考えてほしい」と訴えた。
 ◆国際社会が関心を持ち続けることが大切
 質疑応答で、難民支援にかかわっている会場の男性から「日本にもスリランカからの難民申請者が増えている」との報告があった。昨年の申請者数は90人で、国別の難民申請者数は3番目に多い。この事実を初めて知ったという参加者も多く、驚きの声が上がった。
 日本は同国に多額のODA(政府開発援助)を供与している。決して関係ない遠い国の話ではない。内戦では北部に住むタミル人のほぼすべてが、少なくとも家族の1人を亡くしたといわれている。これだけの被害からの復興は、時間がかかる。参加者の中にも支援活動を計画している人がいたが、そういう人たちは日本国内ではまだ少数だ。スリランカ社会が平和を取り戻すためには、国際社会が見守り続け、支援することが必要だと強く思う。
==============
 ■ことば
 ◇スリランカ
 インド洋に浮かぶ島国で、首都はスリジャヤワルデネプラ・コッテ。北海道の0・8倍にあたる6万5610平方キロメートルほどの面積に、約2000万人が暮らす。主な産業は紅茶や米などの農業と繊維業。
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2009/7/7毎日 医療支援:日赤の看護師・松近真紀さん、パキスタン派遣に意欲 /和歌山

医療支援:日赤の看護師・松近真紀さん、パキスタン派遣に意欲 /和歌山
毎日 2009/7/7
http://mainichi.jp/area/wakayama/news/20090707ddlk30040482000c.html
◇避難民の医療支援 「少しでも患者さんの役に」
 パキスタン政府のイスラム過激派掃討作戦で発生した避難民の医療支援のため、日本赤十字社和歌山医療センター(和歌山市)の看護師、松近(まつちか)真紀さん(33)が、成田国際空港から現地へ向けて出発した。赤十字国際委員会(ICRC)の要請に基づく派遣で、同国北西部の都市ペシャワルの避難民キャンプに開設された病院で6カ月間勤務する。
 松近さんは島根県出身。97年3月に松江赤十字看護専門学校を卒業、松江赤十字病院を経て、05年4月から日赤和歌山医療センターに勤務している。
 普段はICU(集中治療室)に所属しているが、海外での医療支援活動にも従事。05年10月から3カ月間、パキスタン北部地震の被災者救援のため、カシミール地方で活動した経験がある。昨年12月にはコレラ患者救援のため緊急医療チームの一員としてジンバブエにも派遣された。
 パキスタンでは08年夏ごろから政府軍と武装勢力との戦闘が激化。自爆テロなども頻発し、病院は60床規模から95床に拡大された。現地は日中40度まで気温が上がる厳しい環境だが、松近さんは「普段からジョギングや登山で体力づくりを心がけているので大丈夫。現地では爆弾による負傷ややけどの患者が多いと聞いている。少しでも患者さんの役に立ちたい」と抱負を話した。【山田泰正】

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2009/7/15 CNN リベリア元大統領、シエラレオネ内戦の戦犯容疑を否認

リベリア元大統領、シエラレオネ内戦の戦犯容疑を否認
CNN 2009/7/15
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200907150003.html
(CNN) アフリカ西部シエラレオネの内戦で人道罪や戦争犯罪に問われている隣国リベリアのテーラー元大統領(61)は14日、オランダ・ハーグのシエラレオネ国際戦犯法廷で証言し、罪状を否認した。
テーラー元大統領は2002年まで続いた内戦で、ダイヤモンドと引き換えにシエラレオネの反政府勢力・革命統一戦線(RUF)を支援し、殺人や婦女暴行などを煽ったとされる。国際戦犯法廷で裁かれる最初のアフリカ元国家元首となった元大統領は無罪を主張し、罪状が「事実無根のうそ」だと述べた。
内戦中の残虐行為を裁く国際戦犯法廷は02年、国連とシエラレオネ政府によって設置。テーラー元大統領の裁判は昨年、域内情勢を悪化させる恐れがあるとの理由で、シエラレオネの首都フリータウンからハーグに移管された。実質審理は07年6月に始まったが、元大統領は公正な裁判が期待できないとして第1回審理をボイコットした。訴追手続きは昨年1月に始まり、今年2月に完了した。
テイラー元大統領は米国をはじめとする国際社会の圧力で03年に失脚し、ナイジェリアに亡命。しかし政治的圧力を受けたナイジェリアのオバサンジョ大統領によって、国際戦犯法廷に送還された。元大統領はこの措置に依然反発している。
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2009/7/14毎日 UNHCR:難民キャンペーンで、毎日新聞社に感謝状

UNHCR:難民キャンペーンで、毎日新聞社に感謝状
毎日 2009/7/14
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090714ddm012040124000c.html
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は13日、戦争や貧困に苦しむ世界の難民らを支援する報道を30年余続けてきた毎日新聞社と毎日新聞社会事業団に感謝状を贈った。東京本社を訪れたヨハン・セルスUNHCR駐日事務所代表は、「このようなキャンペーンは世界的に類例がない。活動を支える読者にも併せて感謝申し上げたい」と述べた。朝比奈豊・毎日新聞社長は「キャンペーンは今後も続けるが、その前に(難民がいなくなり)UNHCRそのものが不要になる時が来ることを願う」と話した。
 毎日新聞は79年以降、68の取材班を52カ国・地域に派遣。85年以降、読者などから社会事業団への寄付のうち約1億4000万円がUNHCRなどを通じ、現地へ届けられてきた。今もコンゴ民主共和国に取材班が入っている。
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2009/7/14 AFP 民主化求める声アフリカ席巻、オバマ大統領演説効果


【7月14日 AFP】バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領は訪問先のガーナで、「汚職で私腹を肥やす専制的な政治指導者」を非難したが、この言葉はアフリカ全土を揺るがし、13日にはナイジェリアからジンバブエまでの各国で、より良いガバナンス(統治)を求める声の大合唱となった。
 オバマ大統領は11日にガーナの首都アクラ(Accra)を日帰りで訪問し、熱狂的な歓迎を受けた。大統領は演説で、人民に対し、自分たちの未来を託せる強い政府を求めるよう呼びかけた。
 カメルーンのドゥアラ大学(University of Douala)のGuy Parfait Songue教授(政治科学)は、「(オバマ氏の演説は)アフリカを5世紀にわたり麻痺させてきた機能不全に対する宣戦布告のようだった」と振り返る。
■ケニアを暗に制裁?
 オバマ大統領がサハラ以南の初の訪問先にケニアではなくガーナを選んだことは、父親の故郷でもあるケニアで前年に大統領選挙の結果をめぐり暴力が吹き荒れた事実に再び目を向けさせることになった。ケニアの英字紙デーリー・ネーション(Daily Nation)には次のような投稿が寄せられている。「オバマは、改革が遅々として進まず汚職対策にも消極的なケニア政府を『罰している』のではないだろうか」
 オバマ大統領は、対アフリカの投資や貿易を拡大するかは、その国の政府の健全度で判断するとも述べた。 
 ガーナの民主的ガバナンスを求める団体の代表、Emmanuel Akwetey氏は、「彼は、アフリカとのパートナーシップを相互尊重に基づいて築くという重要で前例のない宣言を行った。この考え方のもとでは、アフリカ各国は自分たちの運命を自分たちの手で築くことが求められる」と話す。
「オバマは、アフリカに対し、発展途上を植民地主義のせいにすることなく、発展途上という事実を認めるよう求めた。オバマはアフリカに挑戦状を叩きつけたのであり、われわれはこれを真剣に受け止めなければならない」 
■ブッシュ時代の対アフリカ政策
 米国のアフリカ政策はすでに、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)前政権のもとで大幅な転換を遂げている。前年には、主にアフリカにおけるエイズ、結核、マラリア対策のための拠出額を3倍の480億ドルに増額。また、ブッシュ大統領時代の貿易法、そして原油高の影響もあり、アフリカ全体の07年の対米輸出額は00年比で3倍の511億ドルに達した。
 だが、アフリカ人が米国初のアフリカ系大統領に寄せる期待はこれまで以上に大きい。
■ジンバブエ野党は「励まされた」、スーダン政府は沈黙
 オバマ大統領に経済の崩壊と政治改革の取り組みについて指摘されたジンバブエでは、オバマ大統領のメッセージは、民主主義を獲得する闘いへの励ましと受け止められている。
 連立政権に参加する野党・民主変革運動(Movement for Democratic Change、MDC)のNelson Chamisam広報担当は、「人々にインスピレーションを与えるメッセージだ。民主主義の実現に向けて闘っているすべての人々、アフリカが発展と目標を持った大陸であることを望むすべての人々、特に若い世代にとって、大いに励まされる」と話す。
 一方で、アフリカが直面する問題の一部、特にオバマ大統領の「スーダン・ダルフール(Darfur)地方ではジェノサイド(大量殺戮)が行われている」との批判については、これまでのところ一切反応がない。(c)AFP
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2009/7/14 CNN 「オバマ大統領様へ」 アフリカから5000通のメール

「オバマ大統領様へ」 アフリカから5000通のメール
CNN 2009/7/14
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200907140021.html
(CNN) オバマ米大統領のアフリカ初訪問に合わせ、ホワイトハウスがメールやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で質問や意見を募ったところ、13日までにアフリカ諸国から5000通を超すメールが寄せられた。ホワイトハウスのウェブサイトは同日、この中から選ばれた質問に答えるオバマ大統領の動画を掲載している。
オバマ大統領はミシェル夫人と2人の娘を伴い、10日から11日にかけて西アフリカのガーナを訪問。この訪問に合わせてアフリカ全土で専用番号が複数用意され、大統領あてのメールを受け付けた。
アフリカは貧困国も多い一方で、携帯電話が急速に普及しつつあり、専用番号には携帯電話のショートメールが多数届いた。このほかSNSのフェイスブック、Twitter、新聞などを通じてメッセージが寄せられている。
ガーナの女性からのメールには「オバマ様、私は大統領になるのが夢です。あなたに大変勇気付けられました」とつづられ、スーダンからは「大統領様、ダルフールでまた発砲がありました。あなたが約束した変化を通じて平和が訪れるのを待っています」と期待の声が届いた。南アフリカからは「アフリカの指導者たちに、市民の教育を向上させるよう促してください」と助力を求める意見が寄せられている。
オバマ大統領の父親の出身国ケニアやナイジェリアからは、初のアフリカ訪問国にガーナが選ばれたことに失望の声も。「あなたがアフリカ初の訪問国としてナイジェリアを選んでくれなかったことに、私たちは失望しています」というメールもあった。
南アフリカ、セネガル、ケニアでは記者が質問を吟味し、オバマ大統領が13日、アフリカのラジオ局とウェブサイトを通じて質問に答えている。
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2009/7/12毎日 オバマ米大統領:「暴力、腐敗終結を」 ガーナで演説、アフリカへ訴え

オバマ米大統領:「暴力、腐敗終結を」 ガーナで演説、アフリカへ訴え
毎日 2009/7/12
http://mainichi.jp/select/world/news/20090712ddm007030114000c.html
【ヨハネスブルク高尾具成】オバマ米大統領は11日、ガーナの首都アクラで演説し、「民主主義とグッドガバナンス(良き統治や政治運営)」を推進するアフリカの「模範国」を称賛。他のアフリカ諸国に対し、成熟への変化を求めた。
 「アフリカの多くの人にとって、(部族間などの)紛争が日常になっている。アフリカの首かせとなっている。紛争や汚職がアフリカの発展を妨げている」「暴力や腐敗が支配する圧政を今こそ終わらせるべきだ。アフリカには強い統治者はいらない。強い(統治)制度が必要だ」
 演説は、アフリカ全体へのメッセージだった。就任後、サハラ砂漠以南(サブサハラ)を訪れたのは初めて。
 ガーナを訪問先に選んだのは、選挙で政権交代が実現するサブサハラ唯一の国だからだ。57年、植民地支配からアフリカ大陸で最初に独立。80年代初頭まではクーデターが繰り返されたが、92年に新憲法を制定し、以来5回続けて民主的な大統領選を実施してきた。
 アフリカは権力を巡って暴力が横行し、民主主義の浸透していない国があまりに多い。
 例えばオバマ氏の亡父の故郷ケニアは、「安定した国」と言われながら、07年末の大統領選を機に、民族間対立で1000人以上の死者を出した。
 「アフリカの発展はあなた方のグッドガバナンスにかかっている。良き統治が長年、無視されてきた」
 オバマ氏は演説で、クーデターや独裁体制が続く他のアフリカ各国や指導者らに向けて、「米国は民主主義国家やグッドガバナンスを支えていく」との姿勢を明確に打ち出し、最後は「イエス・ユー・キャン(そうだ、あなた方はできる)」と締めくくった。
 演説に先立って、オバマ氏はミルズ・ガーナ大統領と会談。「模範国」としてアフリカをけん引する役割への期待を伝えた。
 また、演説の後は、16〜19世紀に推定1000万〜2000万人の黒人が米大陸などへ運ばれた奴隷貿易の拠点地で、1979年にユネスコの世界遺産にも登録されているケープコースト城を訪れた。
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