2009年06月30日

2009/6/26 HRW ジンバブエ:マランゲのダイヤモンド採掘場での残虐行為を止めよ

ジンバブエ:マランゲのダイヤモンド採掘場での残虐行為を止めよ
Human Rights Watch 2009/6/26
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/26
(ヨハネスブルク)−ジンバブエ東部マランゲ地方のダイヤモンド産地で、ジンバブエ軍が、労働者(子どもを含む)を強制労働させるとともに、村の住民に拷問・暴行を行っている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で明らかにした。旧与党であるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)の支配下にあるジンバブエ軍は、2008年後半にダイヤモンド採掘場の占有・支配権を暴力で奪取。その際、200名以上を殺害した。
2006年6月にマランゲでダイヤモンドが発見された。本報告書「血塗られたダイモンド:ジンバブエ国マランゲのダイヤモンド採掘場での人権侵害」(62ページ)は、無免許で行なわれたダイアモンド採掘へのアクセスと支配権を奪取するため、ジンバブエの警察と軍が行なった残虐行為の実態を、調査して取りまとめている。ジンバブエ連立政権は、現在、厳しい経済危機に直面し緊急の歳入を必要としているが、採掘場からの収益は、連立与党のひとつZANU-PF(現連立政権の一翼)の幹部党員にも還流している。
「ジンバブエの警察と軍は、平和だったこの地域を、恐ろしい暴力のはびこる無法地域に変えてしまった」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ジョージェット・ギャグノンは述べた。「ジンバブエ新政権は、採掘場から軍を一掃し、残虐行為を止め、残虐行為の責任者を訴追すべきだ。」.
2009年2月、ヒューマン・ライツ・ウォッチ調査員たちは、ハラレ(Harare)、ムタレ(Mutare)、マランゲの各地で、100名以上の人びとから対面式での聞き取り調査を行った。聞き取りの対象となったのは、目撃者、地元鉱山労働者、警官、兵士、地元地域社会のリーダー、被害者とその家族、医療従事者、人権弁護士、活動家など多岐に及んだ。
聞き取り調査で、人びとは、非合法なダイヤモンド密輸を止める名目で2006年11月から2008年10月まで採掘場に派遣された警官たちが、実は、非合法鉱山労働者を追放するとともに、多くの殺人、暴行、嫌がらせなどを行なった通称「リアクション・チーム」と共謀していた、と語った。
「俺たちがダイヤモンド採掘場で仕事をしてたら、馬に乗った警官たちが、突然手入れにきた。奴らは突然ショットガンを撃ってきた。」ある鉱山労働者は「リアクション・チーム」の手入れについてこのように説明した。彼は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに、「俺は左の太ももを撃たれた。友達2人は射殺されたんだ」と語った。
本報告書は、ジンバブエ軍がマランゲ・ダイヤモンド採掘場に秩序をもたらすという名目で2008年10月下旬に行なった「ノー・リターン」作戦における暴力的な採掘権奪取の実態も明らかにしている。2008年10月27日、マランゲ内のチアドズワ(Chiadzwa)上空に、自動小銃を満載した軍用ヘリコプターが飛来。「ノー・リターン」作戦を開始し、地元鉱山労働者を追放した。兵士たちは、ダイアモンド採掘場と周辺集落に、実弾と催涙ガスを無差別に発射。地上でも、数百名の兵士たちが、何の警告もなしに、AK47突撃銃を、無差別に発砲した。パニックと、その結果起きた将棋倒しのため、一部の鉱山労働者はトンネルの中に閉じ込められ死亡した。軍の襲撃は3週間にもわたり、200名以上の人々が無残にも殺害された。兵士たちは、鉱山労働者たちに無理やり集団墓地を掘らせ、そこに多くの死者たちを埋めた。
ある地元鉱山労働者は、この虐殺についてこう語った。「ヘリに乗った兵士たちが俺たちに実弾と催涙ガスを撃ってきたんだ。俺たちはみな掘るのをやめて、何とか隠れようと、一目散に丘に向かって走った。そうしたら沢山の制服を着た兵隊たちが俺たちを追って走ってくるのに気がついた。俺たちのシンジケートからは14人がその朝射殺された。」
ジンバブエ警察と軍がマランゲに眠る資源の支配権を手に入れたのは、ジンバブエ政府が役人の賃金を支払うのにさえ四苦八苦していた時期。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、ダイアモンドからの収益は、ZANU-PF幹部党員らにも流れていることや、ジンバブエ軍の軍事作戦の一部を保証しているジンバブエ歳入銀行の重要な収入源となっていることなども明らかにした。
ジンバブエ軍の複数の軍旅団が、今も、マランゲに駐屯。軍の支配下で、数百名の労働者たち(子どもを含む)が、鉱山シンジケートのための強制労働を耐え忍ぶことを余儀なくされている。一方、兵士たちは、軍に非協力的な非合法鉱山労働者だとか、そういった人物を支援しているなどといって村人を責め、拷問や暴行を加え続けている。
ある13歳の少女がヒューマン・ライツ・ウォッチにこう語った。「私は毎日岩を運ぶの。ほんの短い休み時間しかもらえないわ・・・・毎日朝の8時前、とっても早くから働き始めて、6時過ぎ暗くなってから終わるのよ。何が一番したいっていったら、学校に戻りたい」と語った。
2009年2月まで単独政権だったZANU-PF党は、ダイアモンド採掘場の所有権者が明確でない実態を利用。ダイヤモンド採掘に対し、効果的な規制をかけることはなかった(規制しないという政策決定をした可能性もある)。ZANU-PF党は、経済政策に失敗し、ジンバブエを破綻の淵に追いやった驚異的ハイパーインフレを進行させた。その最中、こうしたダイヤモンド採掘にまつわる不適切行為を行っていた。
2009年2月に発足したジンバブエの新連立政権が、開発援助を求めて世界中でロビー活動を行なう一方で、政府の歳入になりうるはずの何百万ドルもの資金が、非合法のダイヤモンド採掘、国外への宝石密輸、汚職などで消えてしまっている。もし、ジンバブエ政府が、ダイヤモンド産業に法的規制をかけ、一層の透明性と説明責任を実現すれば、新政権は、ダイヤモンド採掘から、経済復興計画のための重要な歳入を得ることができるはずなのにもかかわわらず、である。
「ジンバブエ軍は、治安維持権限を警察に返還し、マレンゲから撤退すべきである。しかも、治安維持権限を回復した警察は、法の強制執行と致死的武器の使用に関する国際的基準に従うべきである」ヒューマン・ライツ・ウォッチは、連立ジンバブエ現政権に対し、この2点を確保するよう強く求めた。現連立政権は、警察を監視する国内委員会を設立し、過去の重大な人権侵害に対する公平かつ中立な調査を開始するとともに、責任者全員に対し、法的責任を追及しなくてはならない。
「世界的にダイヤモンド産業を監視する国際組織キンバリープロセス認証制度(KPCS)は、キンバリープロセスのメンバー国でもあるジンバブエに、ダイヤモンドの密輸を止め、そして、マランゲからのすべてのダイヤモンドを合法的に採掘して登録し、かつ、輸出の際にはKPCS基準を順守するよう、働きかけるべきである。」ヒューマン・ライツ・ウォッチはこのように述べるとともに、「重大かつ組織的な人権侵害を伴って採掘されたダイヤモンドも『紛争ダイヤモンド』に含まれるべきだ。KPCSは、『紛争ダイアモンド』の定義を拡大するよう、大至急検討すべきだ」とも述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、KPCSメンバー国で南部アフリカ開発共同体(Southern African Development Community , SADC)の議長国でもある南アフリカに対しても、「マランゲのダイアモンドに絡む人権侵害の重大性に鑑み、マランゲのダイアモンドが南アフリカなどの国へ密輸されるのを止めるための改革と政策転換を、迅速に行なうべきである」と求めた。
「南アフリカがマランゲダイヤモンドの禁輸を求める明確な政策を打ち出せば、マランゲ採掘場で苦しむジンバブエの人びとを虐待から守ることができることができる。しかも、自国のダイヤモンド産業の保護にも役立つ」とギャグノンは述べた。「南アフリカ政府は、ジンバブエ政府に対し、ダイヤモンド貿易の透明性と説明責任を高めるように強く働きかけるべきである。」
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2009/6/30毎日 ミャンマー:スーチーさん裁判 最高裁、スーチーさん側の追加証言を認めず

ミャンマー:スーチーさん裁判 最高裁、スーチーさん側の追加証言を認めず
毎日 2009/6/30
http://mainichi.jp/select/world/news/20090630ddm007030031000c.html
 【バンコク西尾英之】ミャンマー民主化運動指導者、アウンサンスーチーさん(64)の裁判で、同国最高裁は29日、スーチーさんの弁護団が求めていた弁護側証人2人の追加証言を認めない決定を下した。裁判は、既に追加証言が認められている弁護側証人1人が証言した後、最終弁論を経て結審する見込みとなった。裁判所は次回審理を7月3日と指定している。しかし国連の潘基文(バンギムン)事務総長がミャンマー入りを検討している時期と重なるため、裁判の日程が影響を受ける可能性もある。
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戦禍のタイ国境 カレンの子に笑顔を 読み2009/6/29西日本 聞かせ、塗り絵、ゲーム… 日本のNGO避難所で支援

戦禍のタイ国境 カレンの子に笑顔を 読み聞かせ、塗り絵、ゲーム… 日本のNGO避難所で支援
西日本 2009/6/29
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/105442
 ミャンマーの戦闘激化により国境を越えてタイに逃れた少数民族カレン人の避難所で、日本の非政府組織(NGO)「シャンティ国際ボランティア会」(SVA=本部・東京)が支援活動を始めた。2千人以上の避難民には多数の子どもが含まれており、絵本の読み聞かせやゲームを通して「子どもたちに笑顔を取り戻そう」という試みだ。現地で活動する唯一の日本のNGOとして山中の避難所に足を運んでいる。 (バンコク・柴田建哉)
 カレン語で読まれる絵本に子どもたちが聞き入っている。日本でもおなじみの「おおきなかぶ」。身ぶり手ぶりで語られるストーリーにすっかり引き込まれたようだ。
 タイ北西部メソトから約100キロ。ミャンマー国境近くにあるノンブアの寺院を20日、SVAミャンマー難民事業事務所(メソト)の小野豪大(たけひろ)所長ら6人が訪れた。寺院には数百人のカレン人が今月初旬から寝泊まりしている。
 持参したのは絵本約200冊。日本やタイで出版された絵本の文字の部分にカレン語とビルマ語の翻訳が張り付けられている。このほか塗り絵、ゲーム、おやつ配布…。会場となった本堂には笑顔と歓声が広がった。
 「絵本や塗り絵は初めての子もいたようです。最初は遠慮していてもすぐ打ち解けました。大人も一緒に楽しんでくれました」。小野所長たちは毎週土曜の訪問を当面続ける方針だ。
 ■ノウハウ生かし
 バンコクのスラム支援などに取り組んでいたSVAは2000年以降、メソトなど国境周辺に3事務所を設立。日本人2人、現地スタッフ24人で7カ所のミャンマー難民キャンプを舞台に図書館活動を続けている。
 図書館を造り、本を配布。運営するスタッフをキャンプ住人から養成し、図書館を拠点に読み聞かせや人形劇といった文化活動を行っている。
 今回の避難所訪問は、キャンプでの活動のノウハウを生かして「避難所生活のストレスを和らげよう」と始めた。7カ所の避難所ではタイ政府や国連、各国のNGOが食料、水、衣服の配布や医療ケアを手掛けている。他の支援活動と重ならず、「自分たちの得意分野なので素早く取り組める」(同事務所)という利点もあった。
 避難生活は長い人で1カ月近く。今後の見通しもはっきりしない。母国に戻れるのか。難民キャンプに収容されるのか。新たな避難所を設けるのか。小野所長は「何が必要な支援なのか、現場で探りながら活動を続けたい」と話している。
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2009/6/30インド新聞 明石日本政府代表、スリランカへ派遣:内政終結後は2回目

明石日本政府代表、スリランカへ派遣:内政終結後は2回目
インド新聞 2009/6/30
http://indonews.jp/2009/06/2-74.html
日本は6月28日から7月1日、今年5月に内戦が終結し、復興に向けて本格的に歩み始めたスリランカへ明石康政府代表(スリランカの平和構築及び復旧・復興担当)を派遣することを決定した。
 明石政府代表はスリランカ滞在中、政府関係者等と会談を行い、国内避難民への支援及び再定住に向けた取組みや国民和解のための政治プロセスの早期進展を働きかけるほか、スリランカで開催される経済サミットで日本の取組みに関する講演を行う予定である。
 今回のスリランカ訪問は明石政府代表にとり、内戦終結以降で2回目。通算では19回目となる。(09年6月26日の日本外務省発表から)
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2009年06月29日

2009/6/19 UNHCR 世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける

世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける
UNHCR 2009/6/19
http://www.unhcr.or.jp/news/2009/090619.html
UNHCRワシントン, DC(18日)発:
アメリカでの6月20日世界難民の日に向けた記念イベントで、UNHCR親善大使アンジェリーナ・ジョリーはアントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官とともに、世界中の何百万もの紛争によって家を 追われた人々を重荷としてではなく、可能性ある授かり物としてとらえるよう訴えた。
アメリカ人として、「多様性は我が国に力をもたらした。その我が国が今や難民や移民の受け入れに批判的である。今こそ難民が重荷とされない世界を目指さなければならない。彼らは苦境を乗り越えてきた人々であり、受け入れ先にもたらす影響は大きい」彼女は述べた。
「今までに私が会い、時間を共にした難民の人々は私の人生を大きく変えた」とジョリーは加えた。「今、ここに深く感謝したい」
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2009/6/28朝日 国連特使、スー・チーさんとの面会実現せず

国連特使、スー・チーさんとの面会実現せず
朝日 2009/6/28
http://www.asahi.com/international/update/0627/TKY200906270248.html
【バンコク=山本大輔】ミャンマー(ビルマ)を訪問中の国連のガンバリ事務総長特別顧問は27日夜、軍事政権との協議を終えて出国した。訴追されてヤンゴン郊外の刑務所内に勾留(こうりゅう)されている民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんとの面会は実現しなかった。
 ミャンマー国営放送は同日夕、ガンバリ顧問が首都ネピドーでニャン・ウィン外相と会談し、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長が検討している来月初めの同国訪問について協議したとだけ伝えた。軍政筋によると、ガンバリ氏はヤンゴンで、各国外交団の代表を務めるシンガポール大使とも会ったという。
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2009/6/29 47NEWS NGO組織がブックレット刊行 紛争現場の声伝えたい

NGO組織がブックレット刊行 紛争現場の声伝えたい
47NEWS 2009/6/29
http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009062901000038.html#
海外の紛争、貧困地帯などで活動を続ける非政府組織(NGO)の草分け的存在「日本国際ボランティアセンター」(JVC、東京)が、支援現場の声や人々の素顔を届けるブックレットのシリーズ発行を始めた。
 住民と信頼関係を築いたスタッフらが、現場だからこそ見える日常の姿や、問題の構造を分かりやすく伝える意欲的な試み。年2冊程度の出版を続ける予定で、NGOがこうしたシリーズを出すのは珍しい。
 まず6月下旬に「イラクで私は泣いて笑う」「ガザの八百屋は今日もからっぽ」の2冊を発刊。1冊目はイラクを舞台に、酒井啓子・東京外国語大大学院教授がスタッフら3人と対談した。
 2冊目は、今春までJVCエルサレム事務所現地代表として、パレスチナ自治区ガザで支援に携わった小林和香子さんが、イスラエル軍による大規模攻撃などを報告。
 爆撃で義理の弟が足を失い、停電や食料不足で「もう疲れたわ。限界よ」と訴える女性。自宅が破壊され、母親やきょうだいが亡くなり「家を返してほしい」と言う少年…。小林さんは「困難な状況でも前向きに生きようとする人々のことを伝えたい」と記した。
 問い合わせは発行元の「めこん」(東京)、電話03(3815)1688。
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2009/6/29 NHK ガザ攻撃の公聴会 住民ら証言

ガザ攻撃の公聴会 住民ら証言
NHK 2009/6/29
http://www.nhk.or.jp/news/k10013923131000.html
去年末から3週間におよんだ、イスラエル軍によるパレスチナのガザ地区への大規模な軍事作戦で戦争犯罪があったとする疑いについて、国連による公聴会がガザ地区で開かれ、住民らが民間人を巻き込んだ戦闘の実態を証言しました。
国連に任命された国際法や人権問題などの専門家からなる調査団は、28日から2日間の予定でガザ地区に入り、民間人の意図的な殺害など戦争犯罪にあたる行為があったかどうかを調べる公聴会を開き、その模様がビデオで一般に公開されました。公聴会では、住民や人権団体の代表などが証言に立ち、このうち家族や親せき29人を亡くしたという男性は、イスラエル兵が付近の住民を1つの建物に閉じ込めたあと、そこに砲撃を加えたと証言し、民間人と承知のうえでの攻撃だったと非難しました。また、ガザ地区のWHO=世界保健機関の現地代表は、救急車がイスラエル軍からとみられる発砲を受けたり、国際法で保護されるべき医療関係者16人が攻撃で死亡するなど、人命救助が困難だったと証言しました。一方、イスラエル政府は、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織のハマスこそが住民を盾にするなどの戦争犯罪を犯したと主張していますが、この日はそうした主張を支持する証言はありませんでした。調査団は、秋までに最終的な報告書をまとめることにしています。
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2009/6/28東京 帰郷ためらうパキスタン難民 北西辺境州ルポ

帰郷ためらうパキスタン難民 北西辺境州ルポ
東京 2009/6/28
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009062802000087.html
 パキスタン北西辺境州スワト地区では、五月から政府軍によるタリバン系イスラム武装勢力の掃討作戦が続いている。政府は作戦成功と治安回復を強調するが、激戦に巻き込まれ、家や家族を失った難民は二百万人以上。仮住まいのキャンプで不自由な生活を強いられながらも、帰郷にためらいをみせていた。 (パキスタン北西辺境州のマルダン、スワビで、古田秀陽、写真も)
 同州マルダン地区の小規模な難民キャンプ。百六家族六百四十人が暮らす。多くが掃討作戦が続くスワト地区から逃れて来た。十二歳以下の子どもが二百六人おり、ミルクや薬品が足りない。
 五月下旬に避難してきたグル・フセインさん(38)は同二十四日、武装勢力の自爆攻撃に巻き込まれ、井戸へ水をくみにいった八歳の男の子と六歳の女の子を失った。
 「強烈な爆発音で家から外へ出ると、石やガラスの破片と一緒に子どもの腕が飛んできた。ショックで一時妻の名前が思い出せなくなった」と、フセインさんはつらい記憶に顔をゆがめる。
 パキスタン政府は作戦はほぼ終わり、避難民は近く帰郷できるとアピールしている。だがフセインさんは「今はとても戻る気になれない。戦闘で多くの市民が死んでいる。治安は本当に大丈夫なのか」。所持金もなく、帰郷しても、爆発で壊れた家の修理はできず、自分の生地店を再開するめども立たない。
 マルダン地区から約四十キロ離れたスワビ地区の難民キャンプには、約六千五百七十家族三万二千人が暮らす。気候の良いスワト地区から来た難民の一部は、昼間四〇度を超えるテント内で過ごすため、発熱や下痢、嘔吐(おうと)に悩まされている。
 「子どもの体調が悪いのに、点滴がなかなか受けられない」と話すミア・ムニールさん(45)は先月末、親類八家族計三十六人でミンゴラ近くの村から約八十キロの道を徒歩で二日半かけて逃げてきた。
 避難前、ムニールさんの親類の一人が武装勢力に拉致され、身代金約三十万円を要求された。工面して金を支払い解放されたが、親類は精神的ショックから回復できていない。
 ムニールさんは早い帰郷を望んでいる。でも「武装勢力の殺害や拉致はひどかった。戦闘が続けば、市民がまた人間の盾にされる」と心配の種は尽きない。
 同キャンプのアブデュル・カーン副所長は政府が帰宅可能と宣言しても、すぐに帰るのは「七十家族程度だろう」と話している。
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2009/6/26 CNN 米政権は中東和平に積極的関与を ハマス指導者が求める

米政権は中東和平に積極的関与を ハマス指導者が求める
CNN 2009/6/26
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200906260009.html
(CNN) パレスチナ自治区ガザを支配するイスラム組織ハマスの政治部門最高指導者ハレド・メシャール氏は25日、オバマ米政権に対し、中東和平の実現に向けてより積極的な役割を果たすよう求める立場を示した。亡命先シリアの首都ダマスカスでの演説で語った。
オバマ米大統領は今月初めのカイロ演説で、ハマスがパレスチナ人から一定の支持を得ていることを認め、パレスチナ人統一のために責任ある役割を果たすよう求めた。メシャール氏は演説の中で、大統領のこうした姿勢を「前提条件なしの直接対話に向けた、正しい方向への第一歩だ」と評価した。
同氏は一方で、米国をはじめとする国際社会がパレスチナ人から和平交渉への協力を得るためには、「イスラエルに占領政策をやめさせる必要があることを強調すべきだ」と主張。「オバマ政権がその方向で努力を示せば、われわれハマスやほかのパレスチナ人も喜んで協力するだろう」と、期待感を表明した。
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2009/6/22 AFP 【図解】世界の難民人口


【6月22日 AFP】図は、国連難民高等弁務官事務所(UN High Commissioner for Refugees、UNHCR)による世界の難民人口の統計を示したもの。(c)AFP
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2009/6/27ビジネスアイ FAO・世銀がアフリカ研究 サバンナでの農業拡大期待

FAO・世銀がアフリカ研究 サバンナでの農業拡大期待
ビジネスアイ 2009/6/27
http://www.business-i.jp/news/special-page/oxford/200906270005o.nwc
国連食糧農業機関(FAO)と世界銀行は23日に発表した合同研究で、アフリカ各国政府は大陸における商業的農業を劇的に改善する可能性を秘めた広大なサバンナ地帯を有していると指摘した。セネガルから南アフリカまで25カ国に広がるギニアサバンナ帯(推定面積400万平方キロメートル)は市況商品の産地として開発が盛んだが、農地活用されているのは全体の10%だ。
 タイ北東部やブラジル中央部セラード(サバンナ地帯)はアフリカのサバンナ同様、十分な雨量を誇りながらも異常降雨や酸性土壌のせいで農地活用するには難があったが、政府主導のインフラ計画、集中管理方式の導入、農家への支援などの政策実施で問題を克服した。農業技術の進歩や農業の将来性に対する外国人投資家の関心の高まりを受け、アフリカもこうした地域に続く可能性がある。
 今後2年で約15%食品価格が上昇する予想もあり、アフリカ各国政府は長年軽視してきた農業分野で方針を転換すると思われる。今後、農業が堅調に成長する可能性は高い。
 ただ、土地取得で争いが生じるリスクや脆弱(ぜいじゃく)な生態系への影響、肥料や農薬の乱用を最小限に抑えるために各種政策を整える必要はある。また、外国人による土地取得が増える中、アフリカでの農業拡大をどう管理するか基準策定を求める声が高まっている。
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2009/6/26ビジネスアイ ミャンマー スー・チーさん裁判 最高刑科し民主化封じへ

ミャンマー スー・チーさん裁判 最高刑科し民主化封じへ
ビジネスアイ 2009/6/26
http://www.business-i.jp/news/special-page/oxford/200906260003o.nwc#
「国家防御法違反」に問われているミャンマーの民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの裁判の最終弁論が26日に再開される。判決は、来年に予定される総選挙からスー・チーさんを排除し、民主化運動を弱体化させ、軍事政権の確実な維持を図るものとなろう。
 ミャンマーでは、1962年にクーデターで軍事政権が成立、憲法と議会を停止した。軍政は総選挙までの暫定政権とされたが、90年の総選挙でスー・チーさんが書記長を務める国民民主同盟(NLD)が485議席中392議席を占めると、選挙結果を受け入れず、当選議員の多くは逮捕されるか、国外に逃れた。
 国際社会の批判が強まる中、軍政は国連やASEAN(東南アジア諸国連合)などの要求を受け入れ、2003年に「民主化に向けたロードマップ(行程表)」を発表。新憲法を起草し、国民投票による承認を経て総選挙を実施し、新政府を樹立するとした。
 昨年5月に新憲法案の是非を問う国民投票が行われ、軍事政権は投票率98%で、93%が賛成したとした。
 軍政ナンバー2のマウン・エイ国家平和発展評議会副議長は、裁判を控えた15日、ミャンマーの安定を望む中国を訪問した。ミャンマー軍事政権は中国が背後に付いている限り、国際社会からの制裁も怖くない。インドですら、軍事政権に強く圧力をかけることで、ミャンマーにおける中国の影響が増すことを警戒している。
 NLDはまだ、総選挙への参加の是非を決めていないが、彼らが求める全政治犯の釈放、憲法改正、選挙の国際社会による監視を、軍政が受け入れるとは考えられない。
 反政府勢力が分裂・弱体化する中、軍政に対抗できる力を結集できるのはスー・チーさんしかいない。裁判で軍政は、スー・チーさんに最高刑の禁固5年を科す可能性が高い。
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2009年06月27日

2009/6/19 MSF 特設サイト「危機に陥ったコンゴ民主共和国」:"紛争下の若者の声"シリーズを掲載

特設サイト「危機に陥ったコンゴ民主共和国」:"紛争下の若者の声"シリーズを掲載
国境なき医師団 2009/6/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1870.php
アフリカ中部の大国、コンゴ民主共和国東部で15年間にわたって続く紛争を伝える国境なき医師団の特設サイトです。今回あらたに“紛争下の若者の声”シリーズを掲載しました。今シリーズでは、戦争のなかを生きる若者たちの声を、現地からの映像作品や写真を通じてお伝えします。
ビデオ「生きる」では、家族と避難する途中で銃撃戦にあい、けがを負った少年が、辛い体験のなかで抱いた思いを証言しています。フォトギャラリー「紛争下の若者の声」では、表現活動を通じて、戦争に反対することを選んだ若いアーティストたちなど、暴力に巻き込まれながらも希望を失わない若者の姿を追っています。
►ビデオ「生きる」(4分40秒、日本語字幕つき)はこちらからhttp://www.msf.or.jp/special/condition_critical/video/index.html
►フォトギャラリーはこちらからhttp://www.msf.or.jp/special/condition_critical/photo/index.html
暴力に巻き込まれ、度々の避難を強いられながらも、必死で生きるコンゴの若者たちの声にぜひ耳を傾けてください。
コンゴ民主共和国東部の人びとは、過去15年間にわたって続く暴力の犠牲となってきました。国境なき医師団では、紛争に巻き込まれた人々自身の声、数々の衝撃的な写真、映像を通じて、彼らの置かれている状況がいかに危機的であるかを伝えるために特設ウェブサイトを2008年11月に立ち上げました。このサイトでは、1年間にわたって彼らの生活を追い、日常的になってしまった混乱状態をお伝えしていきます。
►特設サイト 日本語版 ホームページhttp://www.msf.or.jp/special/condition_critical/index.html
►特設サイト 英語版(フルバージョン) ホームページhttp://www.condition-critical.org/
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2009年06月26日

2009/6/25 HRW インドネシア:パプアで特殊部隊による虐待が続く

インドネシア:パプアで特殊部隊による虐待が続く
Human RIghts Watch 2009/6/25
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/25-2#
(ニューヨーク)−インドネシア政府は、精鋭特殊部隊コパッスス(Kopassus:コマンド・パスカン・クススKomando Pasukan Khusus)が犯した人権侵害について、公平な調査を独立して行なうべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。
16ページの報告書「『俺が何をした?』:メラウケのパプアの人びとに対する特殊部隊の虐待」は、インドネシア最東部パプア州メラウケの町で活動するコパッスス兵士たちが、法的権限もないまま、パプアの人びとを逮捕し、兵舎に連行して暴行を加え、虐待している実態を取りまとめている。
コパッススは、過去に様々な人権侵害に手を染め、しかも、虐待を行った者の責任を追及せずに放置し続けている。こうした不処罰問題は、インドネシア全域、とりわけ1970年代以降の東チモール、アチェ、パプア、ジャワで深刻である。「インドネシア政府が、人権侵害を行なった兵士の責任をしっかり追及し、虐待をとめるために真摯な努力を行なうまで、米国、英国、そしてオーストラリアは、コパッススへの訓練を差し控えるべきである」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチは求めた。
「人権を尊重する諸外国政府は、コパッススとの協力関係樹立を正式に承認するまえに、人権侵害を行なった兵士の責任の追及はもちろん、改革に向けた明確な政治意思を強く要求するべきである」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムズは述べた。「インドネシア政府が、兵士によるいかなる虐待も許さない、とコパッススに言明しない限り、訓練も馬の耳に念仏となってしまう。」
本報告書は、虐待の犠牲者、家族、目撃者などに対する20を超える聞き取り調査に基づき作成。パプアのコパッスス兵士たちが行った行いの詳細を明らかにしている。ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査し明らかにした事件は、2007年8月から2009年5月の間にメラウケで起きた。こうした事件は政治的動機に基づいたものではないようで、むしろ、その原因は、虐待をしても責任を問われないと知っている兵士たちが虐待に抵抗がなくなっていることや、コパッスス指揮命令系統がしっかり機能していないことなどにあると考えられる。
パプアの人びとは、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、コパッスス兵士たちが、メラウケの街頭や自宅などで、自分たちを法的権限もなしに逮捕した、と語った。兵士たちは制服を着用しておらず、正式な警察活動を行なっていたわけではない。それでも、公共の秩序が乱れたと自分たちが思う事態が起きるや、人々を逮捕した。
逮捕されてコパッススの施設に連行された者は、多くの場合虐待される。逮捕を経験した人びとは、兵士たちが、血がでるまでゴムホースで暴行したことや、とても辛い生トウガラシを噛むよう強制されたことなど、詳細を話してくれた。
コパッススに拘束されたことのある者はヒューマン・ライツ・ウォッチにこのように語った。「奴らは俺たちの着てる物を剥ぎ取って下着だけにした。そして何にも言わずに、すぐ殴り始めた。水道ホースを使いやがるんだ。血が出て、切れるまで殴られた。次にテニスコートに行くよう言われた。そこで俺達は無理やり太陽の下に引きずり出されて、トウガラシを噛まされた・・・・。吐き出すのは許されなかった。ものすごく辛かったんだ。」
「このような無分別な暴行と虐待は、パプア人のコパッススに対する恐怖心を増大させるだけだ」とアダムスは述べた。「政治的緊張とインドネシア治安部隊による虐待の長い歴史がある。これを乗り越えてパプアの人びとの信頼を再構築する唯一の道は、虐待を行った者に対し、透明性の高い公開手続きでもって訴追することだ。さもなくば、コパッススの指揮官や兵士たちは、行動を改めないだろう。」
コパッススは、過去、様々な人権侵害を行なってきたため、コパッススと正式な協力関係を持つことをやめる政府もあった。しかし、近年、多くの政府が、特に対テロ対策の分野で、コパッススとの関係を再開。諸外国政府は、訓練はコパッススのプロフェッショナリズムの改善に役立つ、と論陣を張ってきた。
オーストラリアはコパッススとの定期的訓練を再開。英国は2009年10月に合同訓練を計画している。
米国のリーヒー(Leahy)修正は、人権侵害に手を染めた軍人の訓練を禁じている。しかし、ヒラリー・クリントン国務長官の最近の発言によれば、米軍とインドネシア軍の関係を強化する計画が進行中である。これは、コパッスス要員の訓練を含む可能性がある。米国国務省下院2010年財政年度海外活動予算根拠資料(US State Department's Congressional Budget Justification for Foreign Operations)は、「インドネシア治安部隊内の改革を達成するため、両国の軍の間の財政援助や法執行組織への財政援助を増額し、法執行を専門的に発展するための能力を確立すること」を提案。「本資金援助の目的は、民主的社会における近代的な職業軍人部隊の確立をめざすインドネシア政府の努力を支援すること」とある。
インドネシア軍に不処罰が蔓延している。そのため、パプアでのコパッススの評価を下げ続けている。2001年11月、ジャヤプラ(Jayapura)で、コパッスス兵士らがパプア分離独立派の指導者ゼイス・エルアイ(Theys Eluay)を誘拐して殺害。国際的な批判が巻き起こり、インドネシア警察は調査に追い込まれた。しかしながら、幹部将校クラスはだれひとり責任を問われていない。下級将校たちが、虐待と暴行罪で有罪となったが、殺人罪の責任は問われなかった。
コパッスス指揮官らは、自らの行動を改善し、人権侵害を予防するため、手段を講じた、と述べている。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、人権侵害は継続しており、法的責任追及がなされず不処罰のまま放置されるのが、今もなお日常茶飯事であることを明らかにしている。
パプアでは、人権侵害の実態を調査し取りまとめるのが、よりいっそう困難になっている。外国人の人権モニター(監視員)とジャーナリストの立ち入りが制限されているからである。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インドネシア政府に、そうした制限を撤廃することも求めた。
インドネシア軍はもう政治に参加はしないと述べる。しかし、2009年7月6日に行われる大統領及び副大統領選挙の候補者6人の内、3人が元軍将校であることをヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。現在、コパッススを率いているのは、スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領の義理の弟プラモノ・エディ・ウィボウォ(Pramono Edhie Wibowo)准将である。
メガワティ・スカルノプトゥリ(Megawati Sukarnoputri)元大統領の副大統領候補として立候補しているプラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto)は、コパッススの司令官を長くつとめていた。そして、1983年、そして、1988年から1989年にかけて、東チモールで軍幹部将校をつとめた。インドネシアの前支配者スハルト失脚の際にコパッススが残虐行為に手を染めたことを明らかにする報道がされ、1998年、プラボウォは軍を追われた。プラボウォは米国で訓練を受けていた。
「大統領候補者たちは軍と強く結びついている。そうした候補者たちが、コパッススが虐待を行なっていたと認めてこれを批判するのであれば、コパッススに対する強いメッセージになる」とアダムズは語った。「インドネシア軍が真に改革を実現しようとしているなら、パプアでのこれらの虐待に関与した軍人はもちろん、その他の過去の虐待に関与した軍人たちも捜査し、責任を問わなくてはならない。」
報告書のなかの証言から抜粋
「俺は交差点、水路までたどり着いて、倒れてしまった。奴ら(武装した男達)が来て、俺をつかみ、バンのスライドドアから引っ張り込んだ。(コパッススの)兵舎に連れてって、暴行したんだ。俺を部屋に入れると、後ろ手に手錠を掛け、床にひざまずくよう言った。顔を殴られて、俺は倒れた。頭をかばえなかったんで、床で頭をうった。顔を何度も殴られて、顔から血が流れ、目も腫れた。ある兵隊が胸ぐらをつかみ、もう1人が腹を蹴った。それで俺は聞いたんだ。"俺が何をした?"」
-"アントニウス(21歳Antonius)" 2008年9月、街頭パーティーに参加していたところに、コパッスス兵士たちの乗ったバンに押し込まれて、暴行された事件
「コパッススの兵士が蹴ったんだ。奴らはアンドリューを素っ裸にし、1人のコパッスス兵士が携帯電話で写真を撮りやがった。沢山の人が、構内で俺たちが拷問されているのを見てたよ。ある年老いたパプアの女性は、俺たちがコパッスス兵士に拷問されているのを、見ているしか出来なくて、泣いてた。」
-"ニコラス(27歳Nicolaas)" 2008年4月コパッスス兵士に自宅から連行された
「俺たちは、手を背中に回して膝まずくよう言われた。やつらは暴行を始めた。顔を何度も殴ったんで、血だらけさ。理由は分からないんだ。兵士からタバコをもらおうとした、パトリックの友達が気に食わなかったのかもしれないなあ。」
-"ナザン(22歳Nathan)"  2008年1月、友達がタバコをもらおうと1人の兵士を呼び止めた後、コパッスス兵士に暴行された
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2009/6/26毎日 ミャンマー:スーチーさん裁判 自宅侵入事件「主犯は米国男性」 軍事政権、軟化か

ミャンマー:スーチーさん裁判 自宅侵入事件「主犯は米国男性」 軍事政権、軟化か
毎日 2009/6/26
http://mainichi.jp/select/world/news/20090626ddm007030124000c.html
【バンコク西尾英之】ミャンマー民主化運動指導者、アウンサンスーチーさん(64)の裁判で25日、軍事政権のキンイー警察長官が記者会見し、スーチーさん自宅侵入事件の「主犯」は米国人男性、ジョン・イエタウ被告(53)との見方を示した。スーチーさんに犯意がなかったことを認めたとも取れる発言で、軍事政権がスーチーさんへの姿勢を軟化させた可能性がある。
 AP通信によると長官は、被告が昨年タイ国内で亡命ミャンマー人の民主化グループと接触していたことに触れ、「何らかの組織か個人がイエタウ被告を支援していた可能性はあるが、イエタウ被告が主犯であることは明白だ」と述べた。
 地元記者の間では長官発言について「イエタウ被告の背後に反政府組織がいたと指摘しただけ」との声もあり、見方が割れている。
 イエタウ被告は5月3日、スーチーさんの自宅軟禁中の自宅裏の湖を泳いで侵入し、6日未明に再び泳いで戻ろうとしたところを逮捕された。軍事政権はスーチーさんが「軟禁条件に違反して同被告と無断で接触した」として国家防御法違反の罪で起訴。裁判ではスーチーさんは「イエタウ被告が疲れ切っていたので滞在を認めただけ」と無罪を主張した。
 裁判は政権側が、来年予定の20年ぶりの総選挙期間までのスーチーさん拘束継続を狙った政治的なものとの見方が強く、スーチーさんに最高禁固5年の有罪判決が出ることが確実視されている。
 しかしスーチーさん起訴に国際社会は激しく反発。国連の潘基文(バンギムン)事務総長が来月上旬、軍事政権にスーチーさんに対する柔軟な対応を求めるためミャンマー訪問を検討している。国連のガンバリ事務総長特別顧問(特使)は26日、ミャンマー入りし軍事政権幹部らと会談する予定で、AFP通信によると、事務総長は特使の報告を聞いたうえでミャンマー入りを最終決断するという。
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2009/6/26毎日 ミャンマー:ガンバリ特使、26日訪問 軍事政権と会談

ミャンマー:ガンバリ特使、26日訪問 軍事政権と会談
毎日 2009/6/26
http://mainichi.jp/select/world/news/20090626k0000m030071000c.html
【バンコク西尾英之】ミャンマー軍事政権による同国民主化運動指導者、アウンサンスーチーさん(64)に対する裁判に関連し、国連のガンバリ事務総長特別顧問(特使)が26日ミャンマー入りする。潘基文(バンギムン)国連事務総長はこの問題で7月上旬のミャンマー訪問を検討しており、特使から軍事政権との会談結果を聞いたうえで、最終的に訪問の是非を決断するとみられる。
 AP通信によると、人権団体や一部の国から、この時期の事務総長のミャンマー入りについて「軍事政権側に利用されるだけ」と反対の声が出ている。
 ガンバリ特使は2日間滞在し、首都ネピドーで軍事政権幹部と会談するほか、国民民主連盟(NLD)幹部などスーチーさん側関係者とも面会する見込み。刑務所内の居住施設に拘置中のスーチーさんとの面会が実現するかは不明だ。
 最長禁固5年の有罪判決が確実視されているスーチーさんの裁判について、欧米を中心とした国際社会は激しく反発。裁判の日程は当初の予想よりも大幅に遅れており、軍事政権が批判をそらすために時間稼ぎをしているとの見方も出ている。
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2009/6/25 AFP オバマポスターの作者、次の題材はスー・チーさん


【6月25日 AFP】前年、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領の選挙ポスターで一躍有名になったロサンゼルス(Los Angeles)在住の芸術家シェパード・フェアリー(Shepard Fairey)氏が、今、ミャンマーの民主化指導者アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さんで同様のポスターを制作中だ。
 ポスターは、にこやかなスー・チーさんの顔に赤い光線が差し込み、心臓のところにハトが舞っているという構図になるという。オバマ大統領のポスターでは下の方に「HOPE」が大書されたが、スー・チーさんのポスターでは上部に「FREEDOM TO LEAD」の文字が入るという。
 フェアリー氏は、制作の意図について、「いつ終わるともしれない彼女の自宅軟禁とビルマ(=ミャンマー)の軍事政権の抑圧体質について、広く知ってもらうため」と説明した。
 スー・チーさんは、過去19年間のうち通算13年の軟禁生活を送っており、前月には自宅軟禁の条件に反して自宅に外国人を滞在させたとして、ミャンマーの軍事政権に起訴され、悪名高いインセイン刑務所(Insein Prison)に収監されている。有罪の場合、最高5年の禁固刑が科せられる。
 フェアリー氏にポスターの制作を依頼したのは、人権団体「Human Rights Action Center」の代表で1999年にスー・チーさんと面会した経験を持つジャック・ヒーリー(Jack Healey)氏だ。「彼女はわたしにとって、(国連の)世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)のシンボル。彼女がミャンマーの実権を握れば、拷問はただちになくなり、7万人の少年兵は姿を消し、麻薬密売も影をひそめるだろう」とヒーリー氏は語る。(c)AFP
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2009/6/23産経 武力紛争、体験者の3割が肉親を失う 赤十字調査

武力紛争、体験者の3割が肉親を失う 赤十字調査
産経 2009/6/23
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/090623/asi0906231842005-n1.htm
 赤十字国際委員会(ICRC)は23日、武力紛争やその後遺症を抱えるアフガニスタン、レバノンなど8カ国の住民を対象とした世論調査結果を発表し、紛争を個人として直接体験したと答えたのは44%だった。うち28%が肉親を失い、56%が避難生活を余儀なくされた経験があることが分かった。
 調査は赤十字運動発足のきっかけとなった1859年の「ソルフェリーノ(イタリア北部)の戦い」から24日で150年を迎えるのに当たり、2月から4月にかけ、18歳以上の計約4千人を対象に行った。
 ICRC幹部は、約4万人とされる「ソルフェリーノ」の死傷者は大半が軍人で、民間人の死亡はわずか1人だったと指摘。紛争地での人道支援活動の重要性を訴えた。(共同)
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2009/6/26 ECO JAPAN 石弘之:「地球危機」発 人類の未来 なぜ、ソマリアで海賊が暴れるのか

石弘之:「地球危機」発 人類の未来 なぜ、ソマリアで海賊が暴れるのか
ECO JAPAN 2009/6/26
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20090623/101711/?P=1#

ソマリア近海で海賊が出没し、船舶を乗っ取っては高額の身代金を要求する。この海賊の正体は何か? ソマリアでは無政府状態が続くのをいいことに、好漁場だったこの近海に欧州やアジアの漁船が殺到して漁場資源を枯渇させ、海岸には欧米やアジアの企業が有害廃棄物を不法投棄してきた。この乱獲と汚染で生活できなくなった漁民が海賊になったのだ。

20年間続いた無政府状態
 海賊の被害の急増で有名になったソマリアはアフリカ大陸の東北端にあり、インド洋に突き出した国の形状から「アフリカの角」とも呼ばれる。イタリアとイギリスの植民地だったが、1960年に独立した。だが、6つの氏族に分かれていて、独立直後から今日まで覇権をめぐる抗争が続いている。
 三つ巴の内戦の末に、1991年に中部のソマリア最大勢力のアイディード将軍が、首都のモガディシオを制圧する。しかし、今度は派内で内部抗争が発生して、新たな内戦が全土に拡大してソマリアは無政府状態に突入した。それぞれの勢力は、機関銃、大砲、戦車、装甲車まで保有する数百人から数千人の規模の民兵を抱えている。
 彼らは武装強盗となって略奪を繰り返した。このために飢餓が広がって餓死者や殺害されたものは30万人を超え、対岸のイエメンや隣国のケニアに脱出する難民も急増した。国連、赤十字、NGO(非政府組織)が1992年から食料援助を始めたが、武装勢力に援助物資を略奪され、NGOの活動家が殺されて援助活動どころではなくなった。
 国連安保理は初の「人道目的のPKF活動」を決定、米国が主力となる多国籍軍がソマリアで「希望回復作戦」を展開し一時的に秩序が回復した。たが、1993年4月米国軍が撤退すると同時に、アイディード将軍は再び勢力を盛り返した。
 8月に事態を打開するため、約100人の米軍の精鋭部隊が首都モガディシオの敵陣の真っただ中へ乗り込んだ。当初の作戦では将軍派の幹部らを捕らえるはずだったが、3週間の予定が6週間を過ぎても任務は終わらなかった。それどころか、作戦中に民兵のロケット砲攻撃で、2機のヘリが敵地のど真ん中で撃墜された。2002年に公開された米国映画「ブラックホーク・ダウン」はこの事件のドキュメンタリーである。
 ヘリのパイロットの死体が裸にされて市内を引きずり回され、この映像が世界に流された。米国の世論が激高し、クリントン政権はソマリアからの米軍の撤退という屈辱的な決定を下した。結局、この作戦では18人の米軍兵士と1人のマレーシア兵士が死亡した。
 この苦い経験がその後の米国のトラウマとなり、1994年に100万人以上が惨殺されたルワンダ内戦などに、軍を出動させなかったことにもつながった。アイディード将軍は1996年、対立派との戦闘中に銃弾を受けて死亡した。米紙の報道によると、CIA(米中央情報局)が関与していたという。
 ソマリアは依然として混乱の極にある。隣国エチオピアが後ろ盾になる「暫定連邦政府」と、さらにその隣国エリトリアが支援する「イスラム法廷会議」という2大勢力の戦闘が絶えない。一人あたりのGDP(国内総生産)は600ドルほどで福祉制度や医療体制が大きく立ち後れ、平均寿命は49歳と短い。国民の半数は飢餓状態で、子どもの4人に1人は5歳までに死亡する。

200万ドルの身代金
 海賊が出没する紅海からアデン湾にかけては、5つの海賊集団が出没し、約1000人の武装メンバーが活動している。海を熟知し、船の操縦ができる元漁民がリーダーになり、火器の扱いに慣れている民兵が襲撃を担当、GPS(全地球測位システム)などを使える元船員らが機械を担当しているという。武器はイエメンなどからも調達するが、内戦が続いているだけにソマリアの国内で簡単に手に入る。
 船外機を付けただけの小型のグラスファイバー船をロケットランチャーなど重火器で武装、標的に近づくや縄ばしごを甲板に投げ入れるなどして乗り込む。「自分らの漁場を荒らされた」ことを大義名分にして身代金を要求する。身代金額は50万ドルから200万ドルにまで及ぶこともある。
 海賊たちに政治的要求や宗教的動機は見られず、身代金を取ることが目的である。人質に対しての暴力や虐待などはほとんどない。人質の生命を保証し、食事はもちろん、たばこや酒などの嗜好品も与えられている。船会社からの身代金は米ドル紙幣を指定して、ヘリコプターから包みに入れて指定した地点に投下するか、防水スーツケースに入れて小舟で流す、などの方法がとられる。
 スエズ運河からインド洋を往来する年間約2万隻の商船にとっては、恐怖の航路である。2005年に入って多発するようになり、2007年以後はその被害範囲もソマリア沖の700kmぐらいまでに広がってきた。現在では、世界で年間発生する海賊事件の3分の1がこの海域に集中する。
 国際海事局(IMB)によると、2008年に起きた海賊事件は111件で、前年に比べて3倍近く増えた。42隻が乗っ取られ、815人の乗組員が人質になった。日本が関係する船舶も12隻が発砲を受け、うち5隻が乗っ取られて人質も前年比で5倍の105人になった。日本は、2009年3月に船舶護衛のために海上自衛隊を現地に派遣した。
 国際海事局によれば人質になっている船員は約580名におよび、保険料率の引き上げやソマリア海域を通過する船舶への船員の乗り組み拒否などが起きている。世界的な経済危機のなかで、海運業界にも大きな影響が出ている。

外国漁船の乱獲と有害廃棄物
 3300kmもあるソマリアの海岸線はアフリカで最長だ。この海域は、マグロ、エビ、サメなどの豊かな漁場でもある。かつては漁業を育てるために、日本やデンマーク、英国、スウェーデンなどの欧州各国がソマリアの漁港を整備して漁船を援助したこともある。そのときに供与されたグラスファイバー製漁船も、海賊船に使われている。
 だが、ソマリアが無政府状態であるのをいいことに、沿岸を支配する勢力が勝手に「漁業権」を外国の水産会社に切り売りを始めた。むろん、違法である。スペインなどのEUの大型漁船団がソマリアの200カイリ経済水域内に入り込んでトロール漁で乱獲した。そのマグロは日本にも輸出された。
 さらに、台湾、中国、韓国、タイ、ケニアなどの漁船も、荒らし回っている。これらの外国漁船は年間700〜1000隻にもおよび、漁業高は1〜3億ドルに上ると推定される。ソマリアの漁業専門家は、外国の漁船団の漁り火で「ソマリア近海の夜はニューヨークのマンハッタンの夜景のようになった」と語っている。
 海上警備などができないために違法操業を取り締まれず、漁業資源はみるみる枯渇していった。もともとソマリアでは魚介類の消費は限られ、1980年にはわずか4000tの漁獲しかなかったが、1990年代には6万t前後に増え、輸出に回された。政府崩壊とともに外国漁船が殺到して、1999〜2003年には12万tにも跳ね上がった。その乱獲がたたって、最近は3万t前後にまで減り、漁民の収入の道が閉ざされた。
 国際環境保護団体グリーンピースは、具体的にスペインの漁船団の名を挙げて外国船による魚の略奪と汚染を「海賊行為」と非難する。EUに対して断固たる経済的・法的措置をとるよう求めたが、ほとんど無視されてきたという。ソマリアの漁師は2006年に、「外国の漁業船団が、ソマリア国家の崩壊を漁業資源の略奪に利用している」と、国連に苦情を申し立てた。だが、再三の要求にもかかわらず、国連は対応しなかった。
 ソマリアの海岸地帯では、もう1つの深刻な問題が起きている。スイスやイタリアなどの欧州企業や米国やアジアの廃棄物処理業者が、1990年代初期にソマリアの政治家や軍指導者と廃棄物の違法な投棄協定を結んだ。そして、ソマリアの海岸へ鉛、水銀などの重金属や有毒化学物質を含む廃棄物や感染の恐れのある医療廃棄物などを大量に投棄してきた。そのなかには、処理が困難な放射性物質も混じっていた。
 違法投棄が明るみにでたのは、2005年のクリスマスに発生したインド洋の大津波だった。震源地から4000km以上離れたアフリカ東海岸にまで押し寄せ、ソマリアでの沿岸部では8000世帯が被災した。巨大な波によって海岸に積み上げられた有害な廃棄物が流れ出し、それがまた岸に打ち上げられて広い範囲が汚染された。
 国連環境計画(UNEP)の調査では、少なくても300人が放射線障害にかかったという。これ以外に、数万人のソマリア人が有毒な化学物質に接触して発病した。UNEPによると、有害廃棄物の処理費用は、欧米で合法的に処理するに比べて海岸への投棄は数百分の1ですむという。乱獲と汚染によって漁師は漁業が続けられなくなった。

ツケとしての海軍派遣
 海賊の正体は、元漁民が圧倒的に多いといわれる。これに、民兵や失業した沿岸警備隊員らが加わっている。なぜ、彼らが海賊に走ったのかはいろいろと説がある。ある海賊は外国メディアに登場して「漁業で食べていけなくなった漁民が、自分たちの手で外国漁船を追い払うために武装した」と答えている。彼らは、自分たちのことを「ボランティア沿岸警備隊」と呼ぶ。
 しかし、海賊はきわめて高度に組織化されており、ある有力氏族が作り上げた密輸組織が母胎になったとする説もある。アフガニスタンからパキスタン、ソマリアを経由してアラブ諸国やヨーロッパ方面に麻薬を密輸していたが、もっと割のいい海賊業に転じたというのだ。
 もともとは自衛ために武装した組織だったが、2007年以降、海賊行為の「収益性」の高さに目を付けて漁民らが進んで海賊行為に精を出すようになり、これに民兵や密輸組織が目を付けて参入してきたという説も有力だ。
 インド洋に面したエイルなどの港町では拿捕(だほ)された船が停泊し、地元住民は海賊関連ビジネスの恩恵にあずかっている。海賊と船会社などの間に入って人質解放や身代金交渉を行う警備会社、海賊被害に対して交渉費用や身代金などを扱う保険会社もオフィスを構えた。さらに、人質への食事などの面倒をみる各種のサービス業もあるともいわれる。海賊らは身代金で豪邸を建て、その暮らしぶりは現地の憧れになっている。
 海賊行為を弁護するわけではないが、各国は海軍を派遣するのではなく、欧米の大企業に有害廃棄物の投棄をやめさせ、汚染や乱獲の被害を受けた漁民を補償して自活できる道をもっと早く考えるべきたったのではないか。身代金や海軍の派遣など莫大な出費を強いられることになった。
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