2009年06月05日

2009/6/5 MSF ソマリア:MSFの活動アップデート

ソマリア:MSFの活動アップデート
国境なき医師団 2009/6/5
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1843.php
激しい武力衝突がまたしてもソマリアの首都を揺るがす中、国境なき医師団(MSF)のチームは、救命を目的とする医療ケアを届けるべく、同国内での活動を続けている。
ソマリアの首都モガディシオ郊外のデイニール地区では、MSFが地元の病院を支援しており、医療チームは5月7日〜22日までの間に、爆撃や銃撃によって負傷した218人の治療にあたった。そのうちの81人は女性と14才未満の子どもであった。医療スタッフが激しい戦闘に巻き込まれないよう、5月14日、MSFはモガディシオ北部のヤクシドにある外来診療所を2日間、閉鎖せざるを得なくなった。
現在、診療所は再開され、医療スタッフは5月7日以降、外傷を負った14人の患者を治療した。そのうち、9人は銃弾による負傷者で、5人は爆撃による二次的損傷を負っていた。患者のうち5人は子どもで、生後6ヵ月の乳児も含まれていた。リドにある診療所では、人びとが戦闘を避けて同地域に殺到したため、診察数が急増している。ここ2週間で、外傷を負った22人の患者が治療を受けている。リドにあるベッド数50床の入院患者用病棟はすでに満室で、1週間の平均入院患者数は120人にのぼっている。5月第3週だけで、5才未満の子どもの外来診療は1200件を超えた。
その一方で、モガディシオから90km北のジョハールにあるMSFの妊産婦用および小児用診療所では、5月17日にその町で起きた戦闘以降、人びとが安全を懸念してMSFの診療所に足を運べなくなったため、診療件数が減少した。栄養プログラムへの新規登録者数は、その前週に比べて30%も落ち込んだ。同じ期間に妊産婦用診療所で診察を受けた女性も40%減少した。
モガディシオを逃れてくる人びとの多くは、モガディシオの北西部約25kmのアフグーエという町まで長く伸びた道路、「アフグーエ回廊」にそって避難している。2007年以来、MSFはこのアフグーエで活動を行っており、外来診療や栄養治療を行っている。5月18日、チームはアフグーエに最近到着したばかりの2500世帯の家族に、毛布やビニールシート、石けん、バケツを配布した。また、モガディシオから約15kmのハワ・アブディの近くにある私立診療所も支援しており、これまで使われていたテントが雨でひどく破損しているため、常設の入院患者用集中栄養治療センター(TFC)の建設に取り組んでいる。
MSFチームは、ソマリアの至る所で栄養失調で苦しむ子どもの数が急増するのを目撃している。ジュバ川下流地方のマレレでは、24時間のケアを必要とする患者が入院する入院患者用TFCへの入院患者数が、5月だけで45人から130人に増えている。近くのジリブでは、外来施設でさらに400人もの子どもたちが治療を受けている。南ガルカイヨでも入院患者数が増加しており、月平均の40人より多い、75人の患者が現在、入院患者用TFCで治療を受けている。北ガルカイヨでは、3月、4月以来、患者数が倍増し、およそ300人の子どもが通院ベースで治療を受けている他に、40人の子どもが入院治療を受けている。
はしかもまた、心配の種である。エチオピアとの国境に近いヒーラーン地方にあるベレトウェインでは、MSFチームが4月中旬にはしかの集団予防接種を開始し、生後6ヵ月から15才までの2万6千人の子どもたちに予防接種をしている。しかし最近になって、はしかの症例がアダド、グリ・エル市、デュサ・マレブ市、ガルカイヨなど中央ソマリアの他の地方でも発見されている。MSFは人びとの治療にあたるため、隔離センターを設置した。3月には南ガルカイヨで5人の患者を治療、4月には50人、5月には73人を治療した。MSFは今後もこの状況をきめ細かく監視し続ける。
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MSFはソマリアのバコール地方、バナディル地方、ベイ地方、ガルグドゥード地方、ヒーラーン地方、ジュバ川下流地方、シェベリ川中流地方、シェベリ川下流地方、ムドゥグ地方で活動を展開している。MSFの全プログラムは現在、ソマリア人現地スタッフによって実施され、治安が許すかぎりケニアのナイロビにある拠点から運営チームがソマリアを訪れ、活動をサポートしている。

モガディシオにおけるMSFのプログラムの一つでプログラム副責任者を務めるマームド・シーク・モハメド・ハッサンは、ここ数日の様子を次のように語った。
「戦闘はまだ続いています。5月22日から27日の間で、私たちは75人の負傷者を受け入れました。人びとは、22日の朝に病院に来ることはできませんでしたが、午後になってやって来ました。私たちはその日の午後に手術を始め、終わったのは23日の朝10時でした。長い夜でした。不幸にも、患者のうち3人が手術室で亡くなりました。彼らの傷はあまりに重症で、病院に来るのが間に合わなかったのです。私たちはどうすることもできませんでした。3人のうちの1人は幼い少女で、まだ13才に満たなかったに違いありません。彼女は砲弾を受けたミニバスに乗っていたのだと思います。
3人の患者が頭部に傷を負っており、現在、集中治療室で治療を受けています。しかし、モガディシオにはこの種の負傷に手術を施すことのできる病院がないので、私たちにできるのは苦しみをできる限り取り除いてあげることだけです。他の患者は回復に向かっており、元気にしています。
病院の近くには、たくさんの避難民が集まっています。彼らは、ここがモガディシオの郊外で安全だと知ってやって来るのです。病院周辺のそれぞれ異なる場所に、およそ1万8千人が屋根もないまま寝泊りしています。ここ数日間で、5千〜1万人が到着しただろうと思います。彼らは何も持たずここにやって来ます。私たちは先週、およそ2千世帯の家族にビニールシートを配布しました。人びとは自分たちで小屋を作っています。木の枝を使ってシートを建て、それをビニール袋やぼろ切れで覆うのです。しかし、最近ひどい雨が続いていて、人びとは本当に大変な思いをしています。」


posted by LMB at 19:38| Comment(0) | ソマリア内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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