2009年06月10日

2009/6/10 MSF スリランカ:医療を求めたある患者の旅

スリランカ:医療を求めたある患者の旅
国境なき医師団 2009/6/10
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1853.php
ディペシュはマニク農園キャンプで生活する避難民22万人にとって最も近い基幹病院であるMSFのテント病院の患者の1人である。1ヵ月前に負傷してから、ディペシュは治療を受けられる医療施設を探して渡り歩いていた。
ディペシュはMSFによる手術を終えて、目を覚ましたところである。37才になる彼のがっちりした顔には不安が宿り「手術はどうでしたか?お医者さんは何と言いましたか?」と訊く。歩けなくなってから1ヵ月になる。そのため、思うように妻と2人の子どもを助けることができない。
ディペシュは4月20日に負傷した。スリランカ北部にあるかつての紛争地帯であるバンニ地方から脱出してきた時のことだった。大きく深い傷を右足に負ったまま歩き続けて前線を横断した。最初の検問所で、スリランカ軍の担当官が彼の足に包帯をし、バブニヤへの主要な通過点であるオマンタイ検問所で治療してもらうようにと話した。しかしオマンタイ検問所は非常に混雑しており、ディペシュは診療を受けることなく避難民キャンプに送られた。キャンプに入った際、ディペシュは再び病院に行きたいと申し出たが、登録手続きが済むまでは治療のためにキャンプを出る許可が下りなかった。登録には4日かかり、その後やっと彼は近隣のバブニヤにある病院へと搬送された。
バブニヤ病院で初めて、外科医による傷の消毒が行われた。政府が支配する地域にたどり着いて1週間ほども経つころであった。しかし、病院はあまりにも混雑しており、経過観察のために入院することは不可能であった。このため、ディペシュは避難民キャンプに戻らなければならなかった。同じ日の5月2日、このキャンプ内にいる全ての避難民はマニク農園キャンプに移された。
マニク農園キャンプでも、現地の診療所は非常に混雑しており医者にかかるまでに4日かかった。傷口の感染があまりにすすんでいたため、担当医師は彼を別な病院に搬送せざるをえなかった。5月9日〜27日までの3週間、ディペシュは患者搬送のために特別に手配されたバスに乗って、チェディックラムにある病院へと毎日通った。5月27日、ディペシュはマニク農園キャンプの外に設けられたMSFのテント病院に搬送され、ここでようやく外科手術を受けることができた。
ディペシュの包帯を換えながら外科医は語る。「今は以前ほど悪くはないです。よくなりつつあります。」彼がディペシュに創縁切除(壊死もしくは感染した組織を取り除く手術)を行うのは2度目である。傷口は治癒したというには程遠いが、感染症は抑制できている。
posted by LMB at 21:04| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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