2009年07月16日

2009/7/6毎日 ’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井

’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井
毎日 2009/7/6
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20090706ddlk18040219000c.html
◇国際社会の支援必要
 スリランカで25年以上続いた内戦が5月に終結した。だが、四半世紀も続いた内戦は多くの犠牲者を出した。多くの避難民が今も苦しんでいることを多くの人に知ってほしい。仏教徒の多い同国の紛争に興味を持ち05年から計6回に渡って現地を取材した京都市の僧侶兼カメラマンの岸野亮哉さん(34)が先月20日、同市内で緊急報告会を開いた。NGOメンバーとして同国で活動した経験のある記者も、報告者の1人として参加した。【幸長由子】
 ◆内戦の経緯
 発端は、少数派のタミル人が多数派のシンハラ人支配からの分離独立を求めての武装蜂起だった。83年からは過激化した反政府武装集団「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)と、政府の間で戦闘が続いた。背景には、英国植民地からの解放後、政府が進めたシンハラ語の公用語政策や進学や就職でのタミル人への差別があったとされている。
 内戦は、政府軍がLTTEの実効支配していた地域を掌握して終結した。だが、多くの民間人が戦闘に巻き込まれて犠牲になり、生き残った人たちも劣悪な環境の避難民キャンプで暮らしている。
 ◆避難民の訴え
 報告会には市民ら約60人が集まった。岸野さんは「同地で出会った人たちの安否が心配。彼らが未来を描けるようになるには時間と支援が必要だ」と訴えた。壇上には私と神戸市在住の教諭で同国西部でインド洋大津波の被災者を支援していた岡本茂さん(38)も上がり、それぞれの立場から内戦後の社会に対する思いを話した。
 私は04年から1年間、NGOスタッフとして同国北部、東部、南部での医療支援プロジェクトに参加した。帰国後もスリランカの人権活動家らを通じて現状を知り、関心を持ち続けてきた。この報告会に参加したのは、彼らから「この状況を伝えてほしい」というメッセージを受け取ったからだ。
 ◆制限される取材活動
 スリランカ国内では、いまだに避難民キャンプでの自由な取材が許されていない。政府批判につながるような内戦中の民間人犠牲や避難民キャンプの問題などを記事化したり発言すると、LTTEの支持者との嫌疑をかけられる可能性があるという。内戦後、ジャーナリストが何者かに誘拐されて暴行を受ける事件も発生した。
 私はこれら実質的な言論統制を、同国の記者や人権活動家から直接聞いた。報告会では現状が詳しく報道されていない避難民キャンプで、水やトイレなどが不足していることを紹介した。26万人もの避難民が出ている危機的状況に、「何ができるか考えてほしい」と訴えた。
 ◆国際社会が関心を持ち続けることが大切
 質疑応答で、難民支援にかかわっている会場の男性から「日本にもスリランカからの難民申請者が増えている」との報告があった。昨年の申請者数は90人で、国別の難民申請者数は3番目に多い。この事実を初めて知ったという参加者も多く、驚きの声が上がった。
 日本は同国に多額のODA(政府開発援助)を供与している。決して関係ない遠い国の話ではない。内戦では北部に住むタミル人のほぼすべてが、少なくとも家族の1人を亡くしたといわれている。これだけの被害からの復興は、時間がかかる。参加者の中にも支援活動を計画している人がいたが、そういう人たちは日本国内ではまだ少数だ。スリランカ社会が平和を取り戻すためには、国際社会が見守り続け、支援することが必要だと強く思う。
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 ■ことば
 ◇スリランカ
 インド洋に浮かぶ島国で、首都はスリジャヤワルデネプラ・コッテ。北海道の0・8倍にあたる6万5610平方キロメートルほどの面積に、約2000万人が暮らす。主な産業は紅茶や米などの農業と繊維業。
posted by LMB at 06:48| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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