2009年08月03日

2009/7/22 HRW スリランカ:国際通貨基金(IMF)は人権侵害を見逃すな

スリランカ:国際通貨基金(IMF)は人権侵害を見逃すな
http://www.hrw.org/ja/news/2009/07/22
Human Rights Watch 2009/7/22
(ニューヨーク)−スリランカ政府は、国際通貨基金(IMF)に対して融資申請中である。IMF理事国は、この25億ドルのスタンドバイ融資を承認するには、スリランカ政府が行なっている紛争後の重大な人権侵害を政府が解決することも必要であると主張すべきである、と本日ヒーマン・ライツ・ウォッチは述べた。IMFの理事会は、このスタンドバイ協定ついて今月24日に裁決を行う予定。スリランカ政府が、国際人権法および国際人道法に著しく違反する行為を行なってきたことから、今回の融資は激しい論争を巻き起こしてきた。
政府軍とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の間で25年間続いた紛争の終結から2ヵ月が経ったが、スリランカ政府は、国際法に反し、紛争により避難民となった28万人以上のタミル人らの拘束を続けている。政府当局は、人道的組織やメディア、独立した監視員などによる収容施設への立ち入りを厳しく制限しており、国内避難民の人びとはスリランカ当局による虐待の危機にさらされている。
「スリランカ政府が、極めて多くの人々を収容施設で拘束し続けている真っ最中に、スリランカ政府が要求した額より6億ドルも多い融資を提供するとは、スリランカ政府にとっては人権侵害をしているのに得をしているようなもので、状況改善のインセンティブにならない。」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局の局長ブラッド・アダムズは述べた。「IMFはアプローチを変える必要がある。」
IMFの主要加盟国が、スリランカへの融資の提供について懸念を示すとともに、さまざまな場面で、スリランカ政府による国内避難民の扱いを非難してきた。今年の5月半ば、クリントン米国務長官は、IMFがスリランカへ融資を行う時期として、今は「適していない」と述べた。ミリバンド英外相も、5月半ば、「すべての政府は、IMFの融資を、適切かつ妥当に使用しなくてはならない。・・・スリランカ政府は、現在、こうした状況にない。」と指摘した。
IMFの7月20日の発表によると、IMFとスリランカ政府は、スタッフレベルでのスリランカ融資に合意し、7月24日には理事会が決議を行うとのことである。25億ドルの融資は、スリランカ政府がが今年3月当初に要請した19億ドルに比べて、6億ドルも多い。本融資が承認されることになれば、スリランカ政府は、3億1300万ドルもの融資を即刻受け取るほか、その余の金額を今後20ヶ月にわたり受け取り続けていくこととなる。
また、7月20日、IMFのマネジング・ディレクターであるドミニク・ストラウス-カーン(Dominique Strauss-Kahn)氏は、スリランカ政府に対する本件融資は、同国の国際通貨準備の再構築、及び国家赤字の減少に加え、スリランカ北部における紛争後復興支援にもなる、と述べた。
しかしながら、スリランカ政府は、最近、基本的人権を無視し、紛争後の復興・国民和解・安定を脅かし、もって、本融資の目的を損なう行為を繰り返している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。スリランカ政府は、国内避難民たちを違法に収容キャンプに強制収容し続けている。そして、国内避難民の自由への権利の移動の自由を侵害しているほか、紛争の最終段階でいったい何がおきたのかという真実を話して明らかにすることを妨げている。さらに、援助機関が、収容キャンプ内の悲惨な状況を明らかにするの禁止し、政府を批判した人びとを退去強制にした。LTTEと関係があったと疑った人々を、外部からの接触を一切禁止した状態(incommunicado)で拘禁を続けるという国際法違反を続けているほか、信頼性の高い複数の報告によると、拘禁中の虐待も発生している。
スリランカ政府は、内戦の間の国際人道法違反行為に対する戦争責任を問うあらゆる動きを完全に封じ込めてきた。ジャーナリストや市民社会の活動家に対して度重なる攻撃が行われているが、政府はこうした事件の捜査を行わず、逆に、あたかも政府批判は国家反逆行為であるかのように、そうした人物たちはLTTEの関係者だと糾弾した。
タミールタイガー(LTTE)の敗北の後、スリランカ政府軍の幹部らは、軍要員を20万人から30万人に大幅に増員することを発表。さらに、国内避難民たちを強制収容キャンプに監禁するというスリランカ政府の政策の結果、国内避難民たちは仕事もできず、生活を政府や人道支援組織の支援に頼るほかない状況に置かれている。ある組織の試算によると、キャンプ運営には一日に40万ドル(約4000万円)以上のコストがかかる。IMFがスリランカ政府に対し、国家財政危機に立ち向かうとする一方で、こうした政府の政策ゆえのコストをどのようにまかなう計画なのか問うことが重要だ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「IMFの理事たちは、すべての新しい融資が、はっきりとした人権状況の改善とつながっていることを確保しなくてはならない」とアダムズは述べた。「キャンプに残るのか出て行くのかを国内避難民自らが選べるようにするとともに、独立したジャーナリストやモニターたちにキャンプ内への完全なアクセスを認めることは、最低限の条件とされるべきだ。」
posted by LMB at 21:07| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

2009/7/12朝日 「反政府勢力の圧力で偽り伝えた」スリランカ医師ら会見

「反政府勢力の圧力で偽り伝えた」スリランカ医師ら会見
朝日 2009/7/12
http://www.asahi.com/international/update/0711/TKY200907110264.html
スリランカ内戦の最終局面で、反政府勢力タミル・イーラム解放の虎(LTTE)側の陣地から、「人間の盾」となっていた民間人の犠牲を欧米メディアに刻々と伝えたスリランカ人医師ら5人がこのほど、記者会見を開いた。現在、治安機関の拘束下にある医師らは「LTTEの圧力で、事実と異なる情報を流した」と述べ、過去の発言を撤回した。
 医師らは戦況が激しさを増した今年5月、英BBCなどに対し、政府軍の砲撃によって病院が破壊され、民間人の犠牲が出ていると伝えた。陣地から脱出した後、治安当局に拘束され、約2カ月間にわたり尋問を受けてきた。
 LTTE側では当時、1千人以上の死者が出たという情報が流れた。治安機関の施設内で開かれた会見で医師らは「死亡した民間人は推定600〜650人」としたうえで「民間人は逃げようとしてLTTEに撃たれたり、LTTEが保持していた爆弾の爆発に巻き込まれたりした。政府軍による砲撃のためではない」などと政府軍の主張に沿った証言をした。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルはAP通信に対し「医師らの今回の会見での証言が自発的なものかどうか、重大な疑念がある」と指摘している。(コロンボ=武石英史郎)
posted by LMB at 06:57| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/7/6毎日 ’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井

’09記者リポート:内戦終結のスリランカ 今も苦しむ避難民 /福井
毎日 2009/7/6
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20090706ddlk18040219000c.html
◇国際社会の支援必要
 スリランカで25年以上続いた内戦が5月に終結した。だが、四半世紀も続いた内戦は多くの犠牲者を出した。多くの避難民が今も苦しんでいることを多くの人に知ってほしい。仏教徒の多い同国の紛争に興味を持ち05年から計6回に渡って現地を取材した京都市の僧侶兼カメラマンの岸野亮哉さん(34)が先月20日、同市内で緊急報告会を開いた。NGOメンバーとして同国で活動した経験のある記者も、報告者の1人として参加した。【幸長由子】
 ◆内戦の経緯
 発端は、少数派のタミル人が多数派のシンハラ人支配からの分離独立を求めての武装蜂起だった。83年からは過激化した反政府武装集団「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)と、政府の間で戦闘が続いた。背景には、英国植民地からの解放後、政府が進めたシンハラ語の公用語政策や進学や就職でのタミル人への差別があったとされている。
 内戦は、政府軍がLTTEの実効支配していた地域を掌握して終結した。だが、多くの民間人が戦闘に巻き込まれて犠牲になり、生き残った人たちも劣悪な環境の避難民キャンプで暮らしている。
 ◆避難民の訴え
 報告会には市民ら約60人が集まった。岸野さんは「同地で出会った人たちの安否が心配。彼らが未来を描けるようになるには時間と支援が必要だ」と訴えた。壇上には私と神戸市在住の教諭で同国西部でインド洋大津波の被災者を支援していた岡本茂さん(38)も上がり、それぞれの立場から内戦後の社会に対する思いを話した。
 私は04年から1年間、NGOスタッフとして同国北部、東部、南部での医療支援プロジェクトに参加した。帰国後もスリランカの人権活動家らを通じて現状を知り、関心を持ち続けてきた。この報告会に参加したのは、彼らから「この状況を伝えてほしい」というメッセージを受け取ったからだ。
 ◆制限される取材活動
 スリランカ国内では、いまだに避難民キャンプでの自由な取材が許されていない。政府批判につながるような内戦中の民間人犠牲や避難民キャンプの問題などを記事化したり発言すると、LTTEの支持者との嫌疑をかけられる可能性があるという。内戦後、ジャーナリストが何者かに誘拐されて暴行を受ける事件も発生した。
 私はこれら実質的な言論統制を、同国の記者や人権活動家から直接聞いた。報告会では現状が詳しく報道されていない避難民キャンプで、水やトイレなどが不足していることを紹介した。26万人もの避難民が出ている危機的状況に、「何ができるか考えてほしい」と訴えた。
 ◆国際社会が関心を持ち続けることが大切
 質疑応答で、難民支援にかかわっている会場の男性から「日本にもスリランカからの難民申請者が増えている」との報告があった。昨年の申請者数は90人で、国別の難民申請者数は3番目に多い。この事実を初めて知ったという参加者も多く、驚きの声が上がった。
 日本は同国に多額のODA(政府開発援助)を供与している。決して関係ない遠い国の話ではない。内戦では北部に住むタミル人のほぼすべてが、少なくとも家族の1人を亡くしたといわれている。これだけの被害からの復興は、時間がかかる。参加者の中にも支援活動を計画している人がいたが、そういう人たちは日本国内ではまだ少数だ。スリランカ社会が平和を取り戻すためには、国際社会が見守り続け、支援することが必要だと強く思う。
==============
 ■ことば
 ◇スリランカ
 インド洋に浮かぶ島国で、首都はスリジャヤワルデネプラ・コッテ。北海道の0・8倍にあたる6万5610平方キロメートルほどの面積に、約2000万人が暮らす。主な産業は紅茶や米などの農業と繊維業。
posted by LMB at 06:48| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

2009/6/30インド新聞 明石日本政府代表、スリランカへ派遣:内政終結後は2回目

明石日本政府代表、スリランカへ派遣:内政終結後は2回目
インド新聞 2009/6/30
http://indonews.jp/2009/06/2-74.html
日本は6月28日から7月1日、今年5月に内戦が終結し、復興に向けて本格的に歩み始めたスリランカへ明石康政府代表(スリランカの平和構築及び復旧・復興担当)を派遣することを決定した。
 明石政府代表はスリランカ滞在中、政府関係者等と会談を行い、国内避難民への支援及び再定住に向けた取組みや国民和解のための政治プロセスの早期進展を働きかけるほか、スリランカで開催される経済サミットで日本の取組みに関する講演を行う予定である。
 今回のスリランカ訪問は明石政府代表にとり、内戦終結以降で2回目。通算では19回目となる。(09年6月26日の日本外務省発表から)
posted by LMB at 13:31| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

2009/6/21毎日 スリランカ:「現状に関心を持って」 京都で内戦後の報告会 /福井

スリランカ:「現状に関心を持って」 京都で内戦後の報告会 /福井
毎日 2009/6/21
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20090621ddlk18040203000c.html
内戦後のスリランカの現状を伝える報告会「光り輝く島から」が20日、京都市北区小山上総町の大谷大学で開かれた。主催者で同国の取材を続けている京都市在住の僧侶で写真家、岸野亮哉さん(34)は、内戦中に出会った人の写真を示しながら、「これらの人たちも犠牲になっているかもしれない。内戦後の様子を伝え続けることが私の義務だ」と話し、同国に関心を寄せるよう訴えた。
 報告会は先月内戦が終結したことを受けて緊急に企画され、約60人が聴講した。トークセッションでは、同国でNGOを立ち上げ04年のインド洋大津波の支援にあたった神戸市在住の教諭、岡本茂さん(38)や別のNGOで同国の支援活動をした経験のある毎日新聞の幸長由子記者(28)も参加し、同国への思いを語り合った。
 岡本さんは「スリランカの人たちは津波から力強く立ち上がった。人災である内戦からもあるべき姿を見つけてほしい」と願った。幸長記者は、キャンプの現状が自由に取材できない点を指摘し、「現地に入ったボランティアの情報によると、難民たちの食料や水が不足している」と話した。
posted by LMB at 05:48| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

2009/6/17 HRW スリランカ:国際的調査が必須

スリランカ:国際的調査が必須
Human Rights Watch 2009/6/17
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/17-0
(ニューヨーク)−内戦中におきた人権侵害を特別に調査する政府委員会を終了するとスリランカ政府が発表。この発表は、スリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)が犯した国際法違反を調査する国際調査委員会を設立する必要性を更に明確にしている、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「スリランカ大統領の調査諮問委員会は、まさに竜頭蛇尾だった」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理 エレーン・ピアソンは述べた。「両陣営による人権侵害に対する国際調査の必要性は、以前にもまして増大している。」
殺人・強制失踪などの16件の重大な人権侵害を調査するために2006年に設置された大統領調査諮問委員会のマンデートは2009年6月14日に終了したが、更新されなかった模様。同委員会議長の、前最高裁判所主任裁判官ニッサンカ・ウダラガマ(Nissanka Udalagama)は、16件のうち7件が調査されたと述べたが、同委員会の報告書は何も公表されておらず、何らの訴追も報告されていない。同委員会が調査した事件には、トリンコマリー(Trincomalee)で起きた学生5名に対する残虐な殺人事件、ムートル(Mutur)で起きた援助活動従事者17名に対する即決処刑事件、ケビティゴレワ(Kebitigollewa)でバス乗客68名が死亡した爆撃事件などが含まれていた。調査が進まないことや、マヒンダ・ラジャパクサ(Mahinda Rajapaksa)大統領に調査報告書を公表する意思がないことに、ヒューマン・ライツ・ウォッチは懸念を表明し続けてきていた。
内戦終結直前の数週間におきた残虐な事件の数々の結果、中立的で公平な調査を行なう必要性が高まった。スリランカ北東部での戦闘は、1月の初旬から、政府が5月にLTTEを破るまで激化し続けた。その間、両陣営とも数多くの重大な戦時国際法(戦争法)違反を犯した。LTTE部隊は避難民を「人間の盾」として使い、戦闘地域から脱出しようとする民間人に発砲。政府軍は、負傷者の手当てをしている病院など、人口密集地域に繰り返し重砲を撃ち込んだ。
5月に開催された、国連人権理事会のスリランカに関する特別会期で、国連人権高等弁務官ナビ・ピレー(Navi Pillay)は、「中立かつ信頼性の高い国際的調査団が、国際人権法及び国際人道法に対する違反行為の発生の有無、その内容や規模、加えて、具体的な責任の所在を確かめるため、派遣されるべきである」、と述べた。
5月23日、ラジャパクサ大統領と潘基文(Ban Ki-moon)国連事務総長は、スリランカで共同声明を出した。そこでスリランカ政府は、国際人権法及び国際人道法の違反に対する法的責任を明らかにし有責者の責任を追及するプロセスの必要性について、「措置を講ずる」と述べた。
「大統領諮問委員会を解散する決定は、ラジャパクサ大統領には、潘国連事務総長と結んだ約束を実行する意思が殆どない、という事を示している」、とピアソンは述べた。「今こそ、関係諸国が立ちあがり、スリランカの長かった内戦における人権侵害の被害者たちのために、法の正義の実現を確保するべきである。」
スリランカでは、2008年にヒューマン・ライツ・ウォッチが発表したレポート「悪夢の再来」で報告した様に、数万件に及ぶ未解決の強制失踪や、非合法殺人事件が起きている。現在も深刻な人権侵害が続いているが、ごく少数の訴追しか実現していない。
大統領調査諮問委員会は、深刻な人権侵害を調査して犯人を訴追するという目的のためには、もともと不適切で不十分な措置に過ぎなかった、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。スリランカ政府が人権侵害の解決のために設置したその他のアドホック機関なども、情報の収集や訴追の実現などの成果をほとんどもたらしていない。
posted by LMB at 20:08| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

2009/6/11 HRW スリランカ:国内避難民の違法な拘束やめよ

スリランカ:国内避難民の違法な拘束やめよ
Human Rights Watch 2009/6/11
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/11
(ニューヨーク)−スリランカ政府は、スリランカ内戦により避難を余儀なくされた30万近いタミル人の違法な拘禁を止めるべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。スリランカ内戦は5月に終結したばかり。
スリランカ政府は、国際法に反し、北部での戦闘により移動を余儀なくされた人々を、1年以上にわたり事実上全員(家族全員を含む)、軍が運営するキャンプに拘禁してきた。スリランカ政府は、年末までに殆ど全員が故郷に帰れるだろう、と述べる。しかし、過去のスリランカ政府の行い、そして拘禁中の人々の解放に向けた具体的な計画がないことを考慮すると、無期限拘束の懸念が募る、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「30万人のタミル人の男性・女性・子どもを、まるでタミルの虎の戦闘員のように扱うのは、国家的な恥と心得るべきだ」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長 ブラッド・アダムズは述べた。「避難民となったタミルの民間人には、他のスリランカ人と同じように、自由に対する権利と移動の自由がある。」
スリランカ当局が、タミルの虎の戦闘員を探しだすために、戦闘地域から逃れてきた人々をスクリーニングすることは理解できる。しかし、人びとを恣意的に拘束したり、移動の自由に対する不必要な制限を設けることは、国際法により禁止されている。よって、拘束された者を、速やかに裁判官と面接させた上で刑事犯罪で訴追するか、さもなくば、釈放しなくてはならない。人権法は、安全上の理由による移動の自由の制約を認めているが、その制約は、明確な法律的根拠に基づき、必要な範囲に制限され、脅威に比例するものでなくてはならない。
2008年3月以来、スリランカ政府は、タミル・イーラム・解放の虎が支配していた地域から逃れてきたほぼ全ての民間人を、「福祉センター」及び「暫定救援村」と政府が呼ぶ施設に拘束してきた。解放されたのは、高齢者を中心とする少数の人びとだけで、受け入れ家庭や高齢者用施設に行くことができた。しかし、圧倒的大多数は今も拘束されたままである。6月5日現在、スリランカ当局は北部のヴァヴニヤ(Vavuniya)、マナー(Mannar)、ジャフナ(Jaffna)、トリンコマリー(Trincomalee)の4地域にある40のキャンプに278,263名の人々が拘束されている、と国連は報告した。
拘束されている者の多くは、この地域に近い親戚がいて、キャンプを出ることが許されれば、こうした親戚たちと一緒に暮らすことが出来る。
「多くの人々は、他に行く所がないからキャンプにいるのではない」とアダムスは述べた。「政府が出て行くのを許さないために、キャンプに閉じ込められているのである。」
近時の国内避難民の大量流入以前は、スリランカ政府は、最大3年間、避難民をキャンプに拘束する提案をしていた。その計画によれば、キャンプ内に親戚がいる者は、最初の検査の後、出入りを許されるが、若者や単身者はキャンプを出ることは許されない、というものだった。国際社会からの抗議の後、政府は計画を変更し、「2009年の終わりまでには、国内避難民の80%を再定住させる」とした。しかし、スリランカ政府が、これまでに、厳重な通行証システムや、キャンプを出ることへの厳しい制限を通して、国内避難民の権利を制約してきたことを考えると、国内避難民は何年間もキャンプに閉じ込められる可能性がある、との懸念が高まっている。
2年前の戦闘により、北西部のマナー地域の故郷から逃れざるを得なくなった2000名以上の人々が、収容されていたキャンプから解放されたのは、やっと今年の5月である。
キャンプの環境は劣悪である。事実上全てのキャンプは過密状態であり、一部には、国連難民高等弁務官事務所が適切とする人数の2倍も収容している所もある。食糧配給は無秩序状態であり、水は不足し、衛生施設も不十分だ。キャンプに暮らす人々は、適切な医療を受けられず、感染病がキャンプ内で発生している。
5月16日以来、スリランカ軍が管轄するキャンプ管理組織は、キャンプ内で活動する人道援助団体に、キャンプ内に入れる車両やスタッフの数を制限するなど、数々の制約を強いてきた。こうした制限のため、緊急に必要な援助の供与が遅れている。スリランカ軍は、支援団体が人びとの保護活動のためにキャンプに立ち入ることを許さず、住民との会話も禁止しているため、国内避難民を更に孤立化させている。スリランカ軍は、軍が主催・監視する視察を除き、キャンプ内にジャーナリストが立ち入りることも禁止している。
「こうしたキャンプ内の劣悪な環境は、雨季の到来で更に悪化する可能性がある」とアダムズは述べた。「親戚や友人のもとで暮らしたいと願う民間人を拘束し続けるのは、無責任なだけでなく、違法である。」
posted by LMB at 20:53| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

2009/6/12 MSF スリランカ:マニク農園テント病院からの報告 ―6月5日現在―

スリランカ:マニク農園テント病院からの報告 ―6月5日現在―
国境なき医師団 2009/6/12
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1855.php
スリランカ保健省が避難民キャンプ内で傷病者に手当てを施すシステムを確立したものの、避難民のニーズは依然として膨大である。全ての緊急処置に対応するためには、24時間体制での医療を行うため、MSFチームがキャンプ内に常駐する必要がある。許可が下り次第、MSFはキャンプ内の避難民を対象とする外科処置および医療ケアを拡大する用意がある。
--------------------------------------------------------------------------------
スリランカ北部にあるマニク農園キャンプに住む避難民22万人にとって、MSFの空気で膨らませるエアーテントをつかった病院は、最も近い基幹病院となっている。入院病棟用に6つのテントが併設されたこの病院には、2つの手術室と集中治療室が設けられている。このテント病院で活動しているMSFの医療チームは、戦闘による負傷者と、肺炎やその他の重度呼吸器感染、下痢による脱水症状を患う患者の治療にあたっている。ベッド数100床のこの施設には5月22日に最初の患者が来院し、5月26日には最初の手術が行われた。
5つの区画に分けられたマニク農園キャンプから、入院を必要とする避難民を乗せて救急車が次々と到着する。およそ70人の患者がマニク農園から道路一本隔てただけのMSFの白いテント病院に入院している。
病院内の手術室では、何人かのMSFの外科医が毎日、6件〜10件の軽微な手術を、爆弾の爆発、銃弾もしくは事故によって負傷した人に行っている。必要であれば数回にわたる手術で、壊死もしくは感染した組織を傷口から切除する。切断を避けるためである。MSFの外科医であるマイク・D・ニューマンは語る。「戦闘による負傷で、処置が不十分なものが沢山あります。負傷から数週間、時には数ヵ月経ってから治療を受ける方がいます。」
患者で満員のテント病院の中で、包帯を頭に巻いた女性、セルヴァが診察を待つ。セルヴァは5月19日に同じくかつての紛争地帯、バンニ地方で負傷した。彼女の夫と長女も怪我をした。彼らは止血するため、傷にきれを巻きつけた。次の日、3人は戦闘を避けてオマンタイ検問所にたどり着き、ここで政府軍に検問所付近にある診療所に行く事を勧められた。しかしセルヴァは、診療所に行っている間に家族がバスに乗せられて避難民キャンプに連れて行かれ、離れ離れになることを恐れてこれを拒否した。(避難民キャンプ間での移動は厳しく制限されている。MSFにおいても、4月27日付けのニュースで、スリランカにおける前の活動責任者、アンマリー・ルーフは、避難民は家族と連絡をとることもできないと述べた。http://www.msf.or.jp/news/2009/04/1757.php) 2日後、マニク農園キャンプに着いてすぐ、セルヴァは混雑したキャンプの病院で治療を求めた。医師がセルヴァを治療するまでにはまた2日かかり、その頃にはセルヴァの傷は感染症を起こしていた。
彼女の隣のベッドでは、幾つもの外傷を負った18才になる少年、ディランがいる。腕と肩には負傷後3ヵ月になる銃創があり、膝には榴散弾の破片が入ったまま、1週間が経つ。ディランは膝にありあわせの布を巻いた状態でかつての戦闘地帯から2日間歩いた後、マニク農園キャンプで包帯を巻いてもらった。強い痛みを抱えたまま、彼はキャンプ内の病院へ行き、包帯を換えてもらい、いくらか薬ももらった。しかし、ここ3日間、経過観察を受けていない。薬で痛みは和らいだが、感染症が広がっていた。負傷してから8日後、ディランはMSFのテント病院に着いた。
ディペシュやディランのように、戦闘による負傷者が必要とする丁寧な経過観察を受けていない人は、何百人もいるとみられる。キャンプで活動している保健省の医師たちはベストを尽くしている。しかし、このような数の患者に対応するためには、24時間体制で患者の同定、治療、搬送にあたる必要がある。できるだけ早く負傷者や緊急処置を要する人をテント病院へ送り出すためである。
MSFはキャンプにおけるこれらの外科処置および医療ケアを拡大する用意があり、この件についてコロンボの当局と協議を続けている。
posted by LMB at 20:04| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

2009/6/10 MSF スリランカ:医療を求めたある患者の旅

スリランカ:医療を求めたある患者の旅
国境なき医師団 2009/6/10
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1853.php
ディペシュはマニク農園キャンプで生活する避難民22万人にとって最も近い基幹病院であるMSFのテント病院の患者の1人である。1ヵ月前に負傷してから、ディペシュは治療を受けられる医療施設を探して渡り歩いていた。
ディペシュはMSFによる手術を終えて、目を覚ましたところである。37才になる彼のがっちりした顔には不安が宿り「手術はどうでしたか?お医者さんは何と言いましたか?」と訊く。歩けなくなってから1ヵ月になる。そのため、思うように妻と2人の子どもを助けることができない。
ディペシュは4月20日に負傷した。スリランカ北部にあるかつての紛争地帯であるバンニ地方から脱出してきた時のことだった。大きく深い傷を右足に負ったまま歩き続けて前線を横断した。最初の検問所で、スリランカ軍の担当官が彼の足に包帯をし、バブニヤへの主要な通過点であるオマンタイ検問所で治療してもらうようにと話した。しかしオマンタイ検問所は非常に混雑しており、ディペシュは診療を受けることなく避難民キャンプに送られた。キャンプに入った際、ディペシュは再び病院に行きたいと申し出たが、登録手続きが済むまでは治療のためにキャンプを出る許可が下りなかった。登録には4日かかり、その後やっと彼は近隣のバブニヤにある病院へと搬送された。
バブニヤ病院で初めて、外科医による傷の消毒が行われた。政府が支配する地域にたどり着いて1週間ほども経つころであった。しかし、病院はあまりにも混雑しており、経過観察のために入院することは不可能であった。このため、ディペシュは避難民キャンプに戻らなければならなかった。同じ日の5月2日、このキャンプ内にいる全ての避難民はマニク農園キャンプに移された。
マニク農園キャンプでも、現地の診療所は非常に混雑しており医者にかかるまでに4日かかった。傷口の感染があまりにすすんでいたため、担当医師は彼を別な病院に搬送せざるをえなかった。5月9日〜27日までの3週間、ディペシュは患者搬送のために特別に手配されたバスに乗って、チェディックラムにある病院へと毎日通った。5月27日、ディペシュはマニク農園キャンプの外に設けられたMSFのテント病院に搬送され、ここでようやく外科手術を受けることができた。
ディペシュの包帯を換えながら外科医は語る。「今は以前ほど悪くはないです。よくなりつつあります。」彼がディペシュに創縁切除(壊死もしくは感染した組織を取り除く手術)を行うのは2度目である。傷口は治癒したというには程遠いが、感染症は抑制できている。
posted by LMB at 21:04| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/9 MSF スリランカ:バブニヤで、戦闘による負傷患者の術後ケアとリハビリを継続

スリランカ:バブニヤで、戦闘による負傷患者の術後ケアとリハビリを継続
国境なき医師団 2009/6/9
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1851.php
スリランカ北部の内戦が激化していた今年1月8日、18才のラマチャンドラは戦闘の中で負傷し、バンニの病院で切断手術を受けた。その8日後、彼女は赤十字国際委員会(ICRC)の救急車でバブニヤの中核病院に搬送された。若くして左手と左脚、そして右脚の半分を失った彼女は、術後ケアと理学療法を受けなければ、一生寝たきりになってしまう。
ラマチャンドラは、現在、スリランカ北部のバブニヤに近い、プムパイマドゥ・アーユルヴェーダ病院に入院している。この地域にある他の病院は患者で一杯であり、それと比べると、プムパイマドゥ病院は小さな天国のようである。ここには床にマットを敷いて寝ている負傷患者はいない。玄関先で救急車が渋滞を起こすこともない。ベッドのそばには、NGOのハンディキャップ・インターナショナルから寄贈された沢山の車椅子と松葉杖が置かれている。入院患者の30人以上は切断術を1回以上受けており、他の25人は麻痺患者である。最大で200人の患者が、ここで小規模な手術と理学療法を含む術後ケアを受けている。
MSF緊急援助チームの医師は語る。「バブニヤ病院が過密状態にあるため、保健省がアーユルヴェーダ病院に術後ケアユニットを開設しました。国境なき医師団(MSF)は、5月初めからこのユニットを支援しています。ここは、小規模な手術や日常的な包帯の交換からリハビリまで、戦闘による負傷患者が必要とする医療ケアをすべて受けられる別空間です。」
理学療法士が、包帯でラマチャンドラの手首を松葉杖に固定する。ラマチャンドラは、ゆっくりと立ち上がり、歩き始める。MSF、保健省の医師と看護師、および赤十字社のボランティアは、6つの仮設建物に収容されている患者を静かにひとりずつ診て回る。ほとんどの患者は、いくつもの傷に巻いた包帯を定期的に交換しなければならない。病院の小さな部屋では、MSFの外科医と麻酔科医が皮膚移植や創縫合などの外科処置を行っている。
年配の女性が、松葉杖を使ってひとりで立ち上がろうとして転び、大声で泣き出した。精神的に疲れ果てた患者にとっては再び歩こうとするだけでも膨大なエネルギーが必要なのだ。隣のベッドでは、ティーンエイジャーの少女たちがおしゃべりを始めた。その一人、アガンサ(17才)の両足は、ひざ上で切断されている。
14才の少女の患者は、理学療法士が歩くように励ますと、微笑んだ。理学療法士は、彼女を車椅子から立ち上がらせようと、小さなひざを押さえながら、「彼女は1ヵ月で歩けるようになります」と言う。少女は、訓練の間は終始笑顔だったが、理学療法士が行ってしまうと、取り乱した母親が見守る中、泣いて痛みを訴えた。「この子が立ち上がるのは5ヵ月ぶりのことです。病院やキャンプには、彼女のように術後ケアと理学療法を必要としている患者が多くいます。」と理学療法士は説明する。
posted by LMB at 21:02| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/10 NHK 明石氏 難民キャンプを視察

明石氏 難民キャンプを視察
NHK 2009/6/10
http://www.nhk.or.jp/news/k10013532621000.html
20年以上に及んだ内戦が、先月、終結したスリランカでは、およそ28万人の人々が住む場所を失って不自由なキャンプ生活を強いられており、キャンプの実態を視察するため、日本政府代表の明石康元国連事務次長が現地を訪れました。
日本政府の明石代表は、9日午前、スリランカ北部のワウニヤにある避難民のキャンプを訪れました。訪れたキャンプは、およそ22万人が生活する国内最大のキャンプで、日本政府からもテントや寝具などの支援物資が提供されています。明石代表は、避難民から直接話を聞いたり、キャンプの中の病院を視察したりしたあと「明らかに栄養失調の人がいたり、水やトイレの整備なども深刻な問題となったりしていて、日本をはじめ、国連などが支援を続ける必要がある」と話していました。スリランカ政府は、年内にも避難民の人たちに元の北部での生活を再開させたいとしていますが、激しい戦闘で道路や建物が破壊されたうえ、地雷も多く残されているとみられます。一方で、キャンプ生活の長期化は深刻な健康被害をもたらすおそれがあり、大勢の避難民を支援する国際社会の協力が求められています。
posted by LMB at 20:54| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

2009/6/8 MSF スリランカ:緊急対応コーディネーター、ローレン・クーニーとのインタビュー(6月2日付)

スリランカ:緊急対応コーディネーター、ローレン・クーニーとのインタビュー(6月2日付)
国境なき医師団 2009/6/8
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1848.php
私たちは、バブニヤ地域に避難してきた人びとが最初に到着する検問所で活動しました。大勢の人が到着したこの時期、1日に16時間活動して約150人から200人の患者を治療していました。患者はそれで全てという訳ではなく、トリアージ(治療の優先順位を決める医学的ふるいわけ)をした上で、その場で治療を受けた人の数です。
傷を負い、本当に恐ろしい状況や出来事を生き抜いてきたと告白する人びとを目の当たりにするのはとてもつらいことでした。皆自分の身がどうなるのかわからないまま、怯えた様子で到着します。ひどい傷や非常に大きな傷を負っていたり、骨折している患者もいました。ある16才の少女は、地雷を踏んで脚の下部を吹き飛ばされていました。本当に筆舌に尽くしがたい、対処しきれないほどの状況です。緊急対応の経験が豊富なスタッフが多いのですが、それでも今回のように大規模な人びとの移動やその心痛の深さは、私たち全員にとってこれまでの経験でも最悪の部類に入ります。
病院で活動するチームは、まさに昼夜を問わず活動していました。スリランカ保健省のチームとMSFのチームが、最も急を要する症例に対応するため24時間活動していたのです。言うまでもなくこの他にも直ちに命にかかわるわけではないため処置を後回しにした患者が大勢います。彼らの治療も必要であるため、現在でもチームは極めて長時間の活動を続けています。
さまざまな優先事項が重なっていますが、至急優先すべきなのはあらゆるレベルでの緊急ニーズに対応することだと思います。病院レベルでは、MSFの仮設病院など病院を増設してこの地方の大幅な人口増加に対処できなければなりません。また、バブニヤ病院などの保健省が運営する病院も大幅な人口増加に対処しなければならず、病院レベルでの治療を必要とする大勢の人びとのために、二次医療を提供できる能力を備えることが真の優先課題となっています。避難民キャンプでは、緊急対応のできる一次医療が必要とされています。そのために保健省がキャンプの中に診療所を設置し大勢の医師や看護師が治療にあたっていますが、こうしたサービスをできる限り早急に増強する必要があります。
診療所や基幹となる医療施設を設置するというしっかりとした計画は存在し、その一部は既に実施されています。しかし、当面のニーズに対応するための緊急サービスも必要なのです。これには基礎医療、医療サービス、そして基礎的な外傷治療が含まれます。
また、これらすべての根底には、キャンプ内の水・衛生設備や衛生状態を良好に保つという課題があります。キャンプ内は過密状態で大勢の人びとが共同生活をしており、感染症の広がる危険性が非常に高いため、これも重要な優先事項です。
しかし、さらに重要な項目として、心理ケアサービスをすぐに始める必要があります。多くの人びとが心的外傷を負っており、高度な精神科医療やカウンセリングが必要であろう個々の症例に対処するだけでなく、自分たちの身に起きたことを話し合うために、グループ療法にも取り組まなければなりません。
posted by LMB at 03:42| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/8 MSF スリランカ:バブニヤにおけるMSFの活動 − 5月30日現在 最優先事項は依然として負傷者の治療と緊急医療ケア

スリランカ:バブニヤにおけるMSFの活動 − 5月30日現在 最優先事項は依然として負傷者の治療と緊急医療ケア
国境なき医師団 2009/6/8
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1847.php
この数週間、数万人の人びとがスリランカ北部にあるかつての紛争地帯バンニ地方から避難している。その間、国境なき医師団(MSF)のチームはスリランカ保健省の医療スタッフと共に活動を続け、戦闘に巻き込まれた人びとに外科処置や医療ケアを提供してきた。バブニヤ郡にある病院や26万9千人の国内避難民の状況は、今も依然として非常に懸念される状況にある。
MSFチームが保健省の医療スタッフと共に活動している3ヵ所の病院では、連日500人を超える負傷者が治療を受けている。
MSFは、5月22日にマニク農園キャンプ近くに仮設病院を開設した。マニク農園に暮らす22万6千人の国内避難民にとっては、最も近い基幹病院となる。同病院では、現在の医療緊急事態を受けて、24時間体制で外科処置と医療ケアを提供する予定である。外科手術は5月26日に開始された。外科チームは、主に創面切除を扱い、一日あたり6例から10例の手術を実施している。
MSFの医療コーディネーター、セブリーヌ・ラモンは語る。「患者は主に、マニク農園キャンプ内にある保健省の診療所から搬送されています。最初の1週間で100人以上の患者を受け入れました。大半は創傷感染、重度の呼吸器感染症の子どもたち、そして下痢による脱水症状でした。しかし、現在キャンプへのアクセスが制限されており、国内避難民の医療ニーズに対応しようとしている私たちの活動能力は抑制され、迅速な対応がしづらくなっています。」
MSFは保健省が運営するバブニヤ病院の、外科およびその他の医療部門を支援している。同病院にはベッド数450床の収容能力の少なくとも3倍を超える患者が入院している。MSFは病棟の近辺に包帯交換を専門に行う診療所1ヵ所を開設し、チームが一日あたり約60人の包帯交換にあたっている。また、介護スタッフ100人が食事や介助面で入院患者を援助している。
これまでに数十人の患者が、理学療法などの術後ケアを受けるためにバブニヤ病院から近隣のプムパイマドゥ・アーユルヴェーダ病院へと搬送された。同病院では軽微な手術を行うための小規模な手術室が設けられた。
posted by LMB at 03:37| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/8 MSF スリランカ:バブニヤにおけるMSFの活動 − 5月30日現在 最優先事項は依然として負傷者の治療と緊急医療ケア

スリランカ:バブニヤにおけるMSFの活動 − 5月30日現在 最優先事項は依然として負傷者の治療と緊急医療ケア
国境なき医師団 2009/6/8
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1847.php
この数週間、数万人の人びとがスリランカ北部にあるかつての紛争地帯バンニ地方から避難している。その間、国境なき医師団(MSF)のチームはスリランカ保健省の医療スタッフと共に活動を続け、戦闘に巻き込まれた人びとに外科処置や医療ケアを提供してきた。バブニヤ郡にある病院や26万9千人の国内避難民の状況は、今も依然として非常に懸念される状況にある。
MSFチームが保健省の医療スタッフと共に活動している3ヵ所の病院では、連日500人を超える負傷者が治療を受けている。
MSFは、5月22日にマニク農園キャンプ近くに仮設病院を開設した。マニク農園に暮らす22万6千人の国内避難民にとっては、最も近い基幹病院となる。同病院では、現在の医療緊急事態を受けて、24時間体制で外科処置と医療ケアを提供する予定である。外科手術は5月26日に開始された。外科チームは、主に創面切除を扱い、一日あたり6例から10例の手術を実施している。
MSFの医療コーディネーター、セブリーヌ・ラモンは語る。「患者は主に、マニク農園キャンプ内にある保健省の診療所から搬送されています。最初の1週間で100人以上の患者を受け入れました。大半は創傷感染、重度の呼吸器感染症の子どもたち、そして下痢による脱水症状でした。しかし、現在キャンプへのアクセスが制限されており、国内避難民の医療ニーズに対応しようとしている私たちの活動能力は抑制され、迅速な対応がしづらくなっています。」
MSFは保健省が運営するバブニヤ病院の、外科およびその他の医療部門を支援している。同病院にはベッド数450床の収容能力の少なくとも3倍を超える患者が入院している。MSFは病棟の近辺に包帯交換を専門に行う診療所1ヵ所を開設し、チームが一日あたり約60人の包帯交換にあたっている。また、介護スタッフ100人が食事や介助面で入院患者を援助している。
これまでに数十人の患者が、理学療法などの術後ケアを受けるためにバブニヤ病院から近隣のプムパイマドゥ・アーユルヴェーダ病院へと搬送された。同病院では軽微な手術を行うための小規模な手術室が設けられた。
posted by LMB at 03:36| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

2009/6/3 HRW スリランカ:戦の後の魔女狩りを避けよ

スリランカ:戦の後の魔女狩りを避けよ
Human Rights Watch 2009/6/3
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/03-1
(ニューヨーク)−スリランカ政府は、タミル・イーラム・解放のトラ(LTTE)の軍事的敗北が、新たな"失踪"、非合法殺人、政府批判者の投獄をもたらさないことを確保すべきである、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
内戦中に政府を批判した個人・団体に対して、スリランカ政府が処分を下す準備をしていることが、政府の声明から読み取れる、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。2009年6月3日、メディア相ラクスマン・ヤパ・アベイワルダナ(Lakshman Yapa Abeywardana)は、LTTEを支援したジャーナリスト、政治家、武装部隊要員、ビジネスパーソンを追訴する準備を、国防省が進めていると述べた。
「スリランカが今最も避けるべきことは、魔女狩りである。」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長 ブラッド・アダムスは述べた。「この国には癒しがとても必要だ。政府は、国民全て、とりわけタミル人に対し、彼らの人権を尊重することを明らかにするべきである。」
メディア相の声明に加え、軍司令官のサラス・フォンセカ(Sarath Fonseka)大将は、5月末のテレビインタビューで、政府は、LTTEを利する報道を行ったジャーナリストを渡航禁止処分とし、反逆罪容疑で起訴すると述べた。警察監察長官ジャヤンサ・ウィクレメラトネ(Jayantha Wickremeratne)は、シンハラ人でメディアの自由を求めている活動家(名前は未開示)を、LTTEから賄賂を受け取り、軍の戦争犯罪を示すために偽の報道を行っていたと非難した。
スリランカ治安部隊は、LTTEの拠点を奪取した後、長期にわたり強制失踪や非合法殺人に関与していたと見られている。1995年12月に、政府軍がLTTEから北部の町ジャフナ(Jaffna)を奪還した後の12ヶ月間で、600名以上のLTTEとの関係を疑われていた若者が"失踪"した 。多数の遺体が埋められた場所が幾つか発見されているが、大半の失踪者の消息は今も不明であり、治安部隊が訴追され処罰された事例はほとんどない。
LTTE支持者と疑われた人々の強制失踪や殺害は、2006年末と2007年頭に、政府がスリランカ東部のLTTE支配地域を奪取した際にも発生した。2006年8月に政府軍がLTTEから北東部の町ムートル(Mutur)を取り戻した直後、17名の人道援助要員がマフィアのような方法で虐殺された事件にも、政府治安部隊が関与していると見られている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2008年末に東部で起きた多数の深刻な人権侵害について報告している。
北部、東部、そして首都コロンボで、タミル人が治安部隊構成員若しくはタミル人武装集団の手によって"失踪"している問題は、今も深刻である。
「スリランカ政府は、過去にLTTEの拠点が陥落した際に起きた人権侵害が、再度発生しないことを確保する必要がある。」とアダムスは述べた。「それは、コミュニティー間の信頼関係を構築するのに、非常に重要である。」
25年に及ぶ破滅的な紛争の後、スリランカ政府は5月18日にLTTEに対する勝利宣言を出した。戦闘の最後の数ヶ月間は、推定7000名以上の民間人の死者と、14000名以上の負傷者という、莫大な民間人への犠牲を伴った。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、両陣営による深刻な国際人道法違反を報告した。しかし、人権侵害の完全な実態把握は、政府がメディアや人道援助団体の紛争地帯への立ち入りを制限しているため、いまだ不可能である。
2008年以来、戦闘を避け政府支配地域に逃げることのできた、ほぼ全ての民間人は、スリランカ北部にある政府の強制収容所に送られた。現在、家族全員での収容も含め、約30万の人々がこれらの収容所に拘禁され、労働や他の家族との共同生活などの理由により、自らの権利や移動の自由を奪われている。
ここ数ヶ月において、スリランカ政府は、LTTE戦闘員とみなされた者や、LTTEと関係があったと疑いをかけられた者も9000名以上収容した。国連やその他の国際機関は、収容者を決定するプロセスに殆ど若しくは全くアクセス出来ず、政府は、多くの場合、収容者の家族に何の情報も提供していない。多くの家族は、自分の家族の消息や居場所を今尚知らない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカ政府に、収容されている民間人とLTTE戦闘員両者の安全を確保するよう、強く求めた。この要求は、 LTTE支配地域にいた全ての人々についての情報を登録・公開することと、それらの情報を処理する過程への国際的人道機関の参加を承認することなどを含んでいる。収容されている人々を、速やかに家族及び弁護士に会わせるべきである。
野党政治家らは、スリランカの非常事態令の解除と、LTTE支援者や政府批判者と疑われた者を逮捕し無期限に拘禁するために利用されてきた厳しい対テロ対策法の撤廃を求めているが、スリランカ政府はこれを拒絶している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはスリランカ政府に対し、国内避難民を国連の国内避難に関する指導原則に沿って扱い、彼らの基本的人権を尊重するよう求めた。
「政治的ライバルや批判者、国内避難民化した民間人、捕らえた戦闘員など、全ての市民の権利を尊重する事が、スリランカの将来にとって、長期的に重要な影響を持つという事を認識するべきである。」とアダムスは述べた。
posted by LMB at 19:56| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

2009/6/3産経 内戦の民間犠牲者数調査を拒否 来日のスリランカ大臣

内戦の民間犠牲者数調査を拒否 来日のスリランカ大臣
産経 2009/6/3
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/090603/asi0906032102008-n1.htm
来日したスリランカのペイリス輸出開発・国際貿易相は3日、都内で記者会見し、同国の反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」の掃討作戦に巻き込まれた民間人の犠牲者について、「国際的な調査は必要ない」と述べ、政府として国際調査団の受け入れを拒否する姿勢を鮮明にした。
 政府側の和平交渉役を務めたこともあるペイリス氏は、LTTEを打倒した成果を強調した上で、「今、必要としているのはわれわれへの理解であり、制裁措置や国際的な調査を行うという脅しではない」と強調。日本には、経済復興に向けた支援を求めた。
 スリランカ内戦では最終局面で、政府軍が民間人に対する無差別砲撃を行ったり、人権侵害を強いたりした可能性があるとの懸念が、国連や人権擁護団体から出ている。避難民キャンプなどで攻撃を受け死亡した民間人の数は公式統計の3倍にあたる2万人に達するとの指摘もある。
posted by LMB at 11:17| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

2009/6/1読売 内戦25年の傷跡

内戦25年の傷跡
読売 2009/6/1
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_090601_01.htm?from=yoltop
スリランカで、約25年に及ぶ内戦が終わった。だが、国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、北部バブニアでは26万人以上が避難民キャンプで暮らす。反政府武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)が最後まで人間の盾として利用した避難民には、多くの子供が含まれ、戦場から逃れた後も体や心の傷は癒えていない。
 キャンプを訪問した5月26日、薬や生活用品の配給を待つ長蛇の列ができていた。窓口は一つしかなく、周囲には体調を崩して列に並ぶことの出来ない子供たちの姿があった。
 LTTE最後の拠点だった激戦地ムライティブから逃れてきた少年は、深刻な栄養失調に陥っていた。やせ細って肩甲骨は飛び出し、腕は肘など関節の方が太い。体が食べ物を受けつけず、水で命をつないでいるという。
 炎天下、薬をもらうため5時間並んだ少女は、発熱でぐったりとゴザに横たわったまま、意識を失った。母親は「病院に連れて行きたいが、許可が出ない」と途方に暮れた。
 土の上に並ぶ無数の白いテントは、真新しい有刺鉄線で囲まれ、銃を持った武装警官が監視する。キャンプの外に自由に出ることは許されない。避難時の混乱で親と生き別れた子供も多いが、安否もわからぬ状態が続く。
 現地で支援活動を展開する国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」の山本俊輔さんは「ほとんどの子供たちが悲惨な光景を目の当たりにし、心に深い傷を負った。物資の支援と同時に精神的なケアも重要だ」と話す。
 戦場となった村や森では、軍や国際NGOなどが約16万個の地雷を除去したが、まだ多数の地雷が埋まったまま。長期にわたった戦争の爪跡は深い。
写真と文・尾崎孝
posted by LMB at 12:32| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

2009/6/1朝日 国際機関の調査拒否 「人間の盾」めぐりスリランカ外相

国際機関の調査拒否 「人間の盾」めぐりスリランカ外相
朝日 2009/6/1
http://www.asahi.com/international/update/0601/TKY200906010163.html
【シンガポール=中野渉】スリランカのボゴラガマ外相は5月31日、スリランカ内戦の最終盤で反政府武装勢力タミル・イーラム解放の虎(LTTE)に「人間の盾」にされ、巻き添えになった民間人の死者数について「わが国の法律の下で独立機関による調査が行われるだろう」と語り、国際機関を通じた調査の実施を拒否する意向を示した。同日閉幕したアジア安全保障会議(英国際戦略研究所主催、朝日新聞社など後援)で述べた。
 ミャンマー(ビルマ)のエイ・ミン副国防相は演説で、国家防御法違反の罪に問われた同国の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんについて「国の法律を犯した人に何もしないことはない」と述べ、裁判を正当化した。
posted by LMB at 20:45| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

2009/5/29 CNN LTTE掃討で住民死亡者2万人以上と、スリランカ政府は否定

LTTE掃討で住民死亡者2万人以上と、スリランカ政府は否定
CNN 2009/5/29
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200905290025.html
(CNN) スリランカ政府が5月19日に終結宣言をした、同国北部、東部での少数派タミル人の反政府武装勢力「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」による武装闘争で、英紙タイムズは29日、軍による掃討作戦が本格化した4月終盤から5月19日までの間の一般住民の犠牲者は2万人以上に達する、と報じた。
国連の文書を引用している。国連は当初、「非戦闘地帯」に避難しながらも、交戦に巻き込まれて死亡した住民数は今年1月から5月までの間、約7000人としていた。軍とLTTEは共に、住民死亡の直接的原因は相手側の砲撃などによるものと責任をなすりつけ合っていた。
同紙は国連外交筋の情報として4月下旬から5月19日までの間、1日平均1000人の住民が死亡した、とも伝えた。
一方、スリランカ外務省当局者は、2万人以上との数字について「有り得ない」と否定、根拠もないと語っている。5月に入ってからの掃討作戦では、巻き込まれている住民を安全に退避するため国連、国際援助団体などは戦闘や重火器使用の中止を要請したが、拒否されていた。
軍の掃討作戦は今年に入ってから加速。LTTEの拠点を次々と陥落させ、同勢力の残党は北東部の海岸沿いに後退、多数の民間人を「人間の盾」にして立てこもっていた。スリランカ政府は、作戦でLTTEにとらわれていた住民約26万人を救出したと主張している。
北部、東部の分離独立を求めるLTTEの武装闘争は1983年7月ごろから本格化し、犠牲者の総数は戦闘に巻き込まれた民間人を含め少なくとも7万人とされる。
posted by LMB at 20:17| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/5/29 MSF スリランカ: 内戦による負傷者の治療にあたる日々

スリランカ: 内戦による負傷者の治療にあたる日々
2009/5/29 国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/news/2009/05/1828.php
5月16〜20日の5日間で、スリランカ北部にあるかつての紛争地帯を出てバブニヤの町に到着する人の数は7万7千人にのぼった。その多くは緊急医療ケアを必要としている。これを受けて複数のMSFチームが、かつての前線付近にある検問所からバブニヤ内にある病院にかけての一帯で、日夜医療援助を行っている。
5月16日以降、1日で約1万人がバブニヤに到着する前に、旧前線に近いオマンタイ検問所を通過した。4人からなるMSFチームはバブニヤ病院への搬送を必要とする傷病者を特定し、搬送できるように容態を安定させ、その場で可能な限りの医療ケアを施している。
5月20日、オマンタイにいるチームを救援するために到着したばかりのMSFの外科医、ジャン=ポールは、背中に榴散弾のかけらが入った13才の少女を診た。かけらを取る間、ジャン=ポール医師は少女に動かないようにと伝える。
オマンタイで活動しているオランダ人医師、アレクサは説明する。「病院が満員を越えた状態なので、可能な限り人びとをここで治療してしまうようにしています。難しい判断です。その場で治療するか、その場は行かせて、追加対応ができる避難民キャンプへ行かせるか、もしくは既に1つのベッドに4人の患者がいるバブニヤ病院へ送るかです。
1日に平均して20人の負傷者がバブニヤ病院へ搬送されている一方、1日あたり150人ほどが、オマンタイ検問所に設けられた「出張診療所」で3人のMSF医療チームによる治療を受けている。「私たちのうち、1人は長い待ち行列を見て回って医療ケアを最も必要とする人を先に診療所に送っています。」アレクサは続ける。「最後に紛争地帯から出てきた人の多くには銃弾や爆撃による負傷や傷跡があります。多くの人は紛争地帯内で外科措置を受けました。日が経って傷が治った人もいますが、出血している人もいます。負傷したのが最近のことか、または傷口がいったん癒着した後にまた開いたかしたものです。」
バブニヤ病院にある緊急処置室は混雑しており、移動が困難なほどである。バブニヤ病院には400床のベッドがあるが、現在この病院には1900人以上の人で一杯である。ここで、MSFチームは傷病者の治療にあたるスリランカ保健省の職員を支援している。
バブニヤ病院で援助活動に当たっている4人のMSFの外科医の1人、マテューは語る。「ここ数日間、1日あたり30件の手術を行ってきました。通常は5件です。時には共同で、同じ1人の患者の手術にあたることもあります。1人が肢を切断し、もう1人が腕を切断します。もしくは、1人が足の怪我を治療している間に他の人たちは胸部の負傷を治療するなどです。損傷は比較的軽いものですが、爆風によるものが20ヵ所もあったりするなど、1人の患者が沢山怪我をしているのです。
MSFにとって差し迫った課題は、かつての戦闘地帯から出てくる傷病者の治療である。バブニヤ病院支援のほか、複数のチームがプムパイマドゥ・アーユルヴェーダ病院における経過観察といった術後ケアの支援を行っており、また、16万人を収容するマニク農園周辺の避難民に向けた緊急医療ケアのために、マニク農園の外にベッド数100床の仮設病院を設置したところである。
posted by LMB at 20:08| Comment(0) | スリランカ内戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。