2009年07月13日

2009/7/9毎日 スーダン:ダルフール紛争 バシル大統領の容疑に集団殺害−−ICC検察官上訴

スーダン:ダルフール紛争 バシル大統領の容疑に集団殺害−−ICC検察官上訴
毎日 2009/7/9
http://mainichi.jp/select/world/news/20090709ddm007030121000c.html
【ブリュッセル福島良典】国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)のモレノオカンポ主任検察官は7日、訪問先のエチオピアで、スーダン西部ダルフール地方の紛争を巡り、バシル同国大統領の逮捕状発行の容疑に集団殺害(ジェノサイド)の罪を含めるようICC上訴裁判部に上訴したことを明らかにした。上訴裁判部の判断が出るまでには数カ月かかる見通し。
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2009年07月10日

2009/7/5毎日 AU首脳会議:スーダン大統領逮捕に協力せず

AU首脳会議:スーダン大統領逮捕に協力せず
毎日 2009/7/5
http://mainichi.jp/select/today/news/20090705k0000m030047000c.html#
【カイロ和田浩明】アフリカ連合(AU、53カ国・地域)はリビアのシルトで3日閉幕した首脳会議で、バシル・スーダン大統領に対する国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状の執行に協力しないことを決めた。アラブ連盟(22カ国・機構)も同趣旨の声明を3月の首脳会議で採択しており、国連加盟国の約4割が参加する二つの国際機構が、ICCの権威を否定する事態になった。
 AU加盟国・地域のうち30カ国はICC設立を決めたローマ規定の締約国。うちコンゴ民主共和国など4カ国に関しICCは捜査や公判を行っている。
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2009/7/4 47NEWS スーダン大統領逮捕をAUが拒否 国際刑事裁に反発

スーダン大統領逮捕をAUが拒否 国際刑事裁に反発
47NEWS 2009/7/4
http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009070401000127.html
【アディスアベバ4日共同】リビアのシルトで1日から始まったアフリカ連合(AU)首脳会議は3日、ダルフール紛争での戦争犯罪でスーダンのバシル大統領に逮捕状を発付した国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)との協力を拒否、バシル氏を支持する決議を可決、閉幕した。AP通信などが伝えた。
 AU加盟国のうち30カ国がICCに加盟しているが、今後バシル氏がアフリカ各国を訪問しても逮捕される可能性は低く、ICCの限界を露呈した形となった。
 決議は「AU加盟国はバシル氏の逮捕、身柄引き渡しについて、ICCといかなる協力もしない」と明言した。
 APによると、スーダン政府高官は「起訴が政治的な意図に基づくものであるというわれわれの主張が確認された」と述べ、決議を歓迎した。
 一方、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部ニューヨーク)は「独裁者にプレゼントを与えるようなものだ」と反発している。
 ICCは3月、現職の国家元首として初めてバシル氏に逮捕状を発付。アラブ連盟は同月、バシル氏を支持し、逮捕状の発付を非難する宣言を採択していた。
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2009年06月24日

2009/6/19 MSF コンゴ民主共和国/スーダン:戦闘が多発する地域の人びとへの援助

コンゴ民主共和国/スーダン:戦闘が多発する地域の人びとへの援助
国境なき医師団 2009/6/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1868.php
ウガンダの反政府勢力「神の抵抗軍(LRA)」は、国境を接するコンゴ民主共和国の北東部とスーダンの南部の住民に対し、極めて過激な暴力を振るっている。この攻撃は、コンゴ、ウガンダ、スーダン南部の政府軍がLRAに対して行った掃討作戦に対抗するものである。その結果、数十万人もの住民がキャンプや知人宅などへの避難を強いられ、非常に厳しい環境で生活している。国境なき医師団(MFS)は、コンゴとスーダンの各地にチームを派遣し、避難民と地域住民の双方に緊急援助と無償の医療を提供している。
コンゴ民主共和国
コンゴ北東部に位置するオー・ウエレ地方の町、ドゥングでは、外国人派遣スタッフ8人とコンゴ人スタッフ60人で構成されるチームが、2008年9月から人びとの援助にあたっている。MSFが支援する総合病院では、過去3週間に25件の帝王切開手術を含む60件の外科治療が行われた。また30人の子どもが小児病棟に入院し、重度の栄養失調児52人が栄養治療プログラムに登録された。
MSFはまた、ドゥング近郊にある2つの診療所を支援し、一次医療、および性暴力の被害を受けた女性への専門ケアを含む医療活動を実施している。
現在MSFチームはドゥングの南側で、人びとが集団で避難している場所の状況を調査している。また、治安状況が許す場所では、はしかの集団予防接種を行い、ビニールシート、たらい、石けんなどの救援物資を配給している。さらに衛生環境の改善に努め、伝染性疾患のリスクを監視している。
チームは、ドゥングにおける活動が落ち着きしだい、ドゥングの北にあるンギリマとドゥルのニーズを調査する。また、ディンギラ、リメイ、バンガディ、ドルマの各地域でも調査を実施している。
スーダンとの国境に近いニアンガラの総合病院では5月11日から、14人のスタッフで構成されるチームが、緊急手術や性暴力の被害者への専門ケアを含む無償の医療を提供している。またMSFは、病院内に薬局を設置したほか、病院の医療従事者に、マラリア、急性呼吸器感染症、性感染症などの最も一般的な病気を見分けるための研修を行った。
さらにワウェでは、別のMSFチームが診療所を支援し、この地域の避難民に医療援助を提供している。
ニアンガラの医療ニーズは深刻である。MSFチームは、主に避難民を対象に、週に約千件の診察を行っている。現在、ニアンガラの中心部には約1万人、郊外には1万5千人の避難民がいる。
さらに東では、外国人派遣スタッフ6人で構成されるチームがファラジェの総合基幹病院を支援し、無償で医療を提供している。このチームは、週に平均千件以上の診察を行っている。患者の3分の1は5才未満の子どもである。マラリア、急性呼吸器感染症、腸内感染等の疾患が多く、治療しなければ命取りになる。
またチームは、病院における医療の質の改善に取り組み、負傷者が急増した場合でも、患者を受け入れて効果的に治療できるよう、緊急設備を整えた。
ファラジェとアバで発生した暴力を避けて、2万2千〜2万5千人が隣のイトゥリ地方にあるアリワラ地域とインゴコロ地域に避難した。ここでは55人のスタッフで構成されるMSFチームが、避難民に対して医療の提供、栄養支援、はしかの予防接種を行っている。また、救援物資を配給し、キャンプ内の衛生環境も改善した。
スーダン
ウガンダの反政府勢力は、2008年の後半、スーダン国内のコンゴとの国境付近およびコンゴ側の多数の村を攻撃したため、数千人のスーダン人が家を追われ、またコンゴ人が国境を越えてスーダンに避難することとなった。この状況を受けてMSFは、西エクアトリア州のコンゴとの国境近くにあるガングラとサクラの診療所の支援を開始した。
2008年12月から翌1月にかけて千人が殺害されたため、暴力を逃れて、西エクアトリア州の多くの地域から避難する人が増加した。避難民と難民の移動に伴い、MSFはガングラとサクラでの援助活動を終え、2009年2月にエゾ、ナーンディ、マクパンドゥで新しいプログラムを開始し、キャンプで避難生活を送る約2万2千人の人びとを援助している。イバやアンダリなどの場所でも活動を行っている。
キャンプにおける生活環境はたいへん厳しく劣悪な状態にあるため、MSFは水・衛生関連の設備を整備中である。チームは状況を注意深く監視し、状況が悪化した際には適切に対応できるよう備えるとともに、近隣地域における人道的状況の調査も続けている。
MSFチームは保健省と協力して診療所を支援し、医薬品やその他の物資を提供している。また、毎週、移動診療を運営して患者の搬送を行うほか、医療従事者への指導と研修を行っている。さらに、伝染性疾患のリスクを監視し、はしかの集団予防接種を実施するほか、暴力や虐待の被害者への心理ケアも提供している。
2009年2月、隣の中央エクアトリア州のMSFチームは、コンゴとの国境から約50km離れたラスで、コンゴからの難民に対し緊急医療およびその他の人道援助活動を開始した。当初MSFは、6千人以上が避難していたリボゴとニョリの2つの仮設難民キャンプで援助活動を行っていた。両キャンプでは、コンゴからの難民が大半を占めており、彼らは日常生活に最低限必要な物資も欠いていた。MSFは石けん1250個を配給し、別の組織が女性と子どもに毛布などの救援物資を配給した。
リボゴでは、避難していた2千人以上の人びとに清潔な水を提供するため、MSFチームは井戸を急遽修復した。
ニョリでは、樹木の陰以外に避難する場所のない人びとがいたため、MSFは5つの避難所を建設した。これらの避難所は66区画に分けらており、1区画に1〜2世帯が滞在できるようになっている。また、近くの川から避難民が滞在している学校に水を引き、シャワー室10室とトイレ10基を設置した。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、3月にニョリにコンゴ人難民を受け入れるキャンプを開設した。MSFはこのキャンプ内に入院設備と薬局を備えた医療施設を設置した。この施設では、週平均500件の診察と、産前ケア、分娩、栄養失調治療が行われている。またMSFチームは、キャンプに合計39基の共同簡易トイレを設置し、新たに2つの井戸を掘った。
さらにMSFは、キャンプ内で結核、マラリア、水因性の感染症への注意を促す活動を実施するため、6人の健康教育担当者を手配した。
4月には、MSFはキャンプ内の子ども1638人に対して、はしかの集団予防接種を実施した。
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2009年06月23日

2009/6/21 HRW 南部スーダン:民族間抗争への対処を改善せよ

南部スーダン:民族間抗争への対処を改善せよ
Hunan Rights Watch 2009/6/21
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/21
(ニューヨーク)−南部スーダン政府、国連、ODA供与国(海外の資金提供国)は、民族間抗争で、民間人を保護することに失敗した。この重大な失策に、至急対処するべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表したレポートで述べた。南部スーダン人民解放運動と国民会議党間の間で、長きにわたったスーダン内戦は、2005年の包括和平合意によって終結した。この合意の関係国、資金提供国、海外の支援国は、2009年6月23日、治安関係を含む和平合意の実施状況を審査するための会議をワシントンDCで行なう予定である。
本報告書「見捨てられた人びと:南部スーダンでの民間人保護の欠如」(15ページ)は、近頃急増している民族間抗争の実態、そして、南部スーダン政府とスーダン国連ミッションのがこの抗争の下で民間人を保護できていない現状を取り上げている。2009年3月と4月、スーダン・ジョングレイ州(Jonglei)で、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)族とムルレ(Murle)族の武装した民間人の間で激しい攻撃とその攻撃に対する反撃が行なわれ、抗争が多数発生。この抗争の結果、推計1,000名の男性・女性・子どもが殺害され、約150名の女性と子どもが誘拐された。政府当局者は、紛争が起きつつあるのを知りながら、紛争を予防する手段や民間人を保護する手段をとらなかった。また、国連ミッションも、差し迫る暴力に対処しなかった、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「南部スーダンの人々は、政府が自分たちを保護してくれると期待する権利がある。」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ジョージェット・ギャグノンは述べた。「しかし、ジョングレイでおきた残虐な暴力は、実際には人びとがまったく保護されていない実態を明らかにした。」
「南部スーダン政府の指導者幹部は、暴力と人権侵害を防ぐために紛争地域に出向き、その地域の警察を増員・増強し、兵士に民間人保護のための訓練を施すべきである」、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
南部スーダン警察局(Southern Sudanese Police Service)は、ジョングレイでおきた襲撃現場のほとんどに、警官たちを配置していなかった(あるいはごく少数しか配備されていなかった)。また、警官たちは、民間人を守るための訓練を受けておらず、必要な装備も持っていない。伝えられるところでは、南部スーダン政府軍であるスーダン人民解放軍は、被災地域の近くに基地があるにも拘らず、兵士と武装した民間人との衝突がおきる懸念から、兵士たちに対し、民間人保護のための介入をすることを禁じた模様である。
政府当局者は、暴力が差し迫っていることを警告されていたにも拘わらず、3月に襲撃が起きるまで、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)族とムルレ(Murle)族の地域に足を運ばなかった。加えて、政府の設置した委員会は、襲撃の後の調査を行なったものの、重大犯罪の犯人を訴追するための措置は何も講じなかった。
民間人を保護し、包括的和平合意への違反を監視することをマンデートとする国連平和維持軍も、襲撃現場に不在だった。州都ボル(Bor)に駐屯している平和維持軍は、3月の襲撃以降、被災地への視察を増やしたが、民間人が殺害された遠隔地には殆ど行っていない。平和維持軍は、5月、平和構築活動を支援するため、約120名の軍と民間人スタッフを、一時的に被災地2箇所へ派遣した。
「ジョングレイでの平和維持部隊の存在は重要だが、更なる襲撃を予防するため、そして民間人を保護するため、基地を増やしたり、定期的な視察・パトロールなどを行い、危険地域での活動を増やすべきである」、とギャグノンは述べた。「全ての襲撃容疑に対し徹底した人権侵害の調査を行い、遠隔地域における法の正義の実現に向け、南部スーダン政府を支援しなければならない。」
南部スーダン政府と平和維持軍が、民間人保護に失敗した例はこれにとどまらない。中央部及び西部エクアトリア(Equatoria)州でのウガンダの神の抵抗軍による激しい襲撃や、2009年2月に民間人30名以上を殺害したマラカルでのスーダン人民解放軍とスーダン軍の衝突など、他の場所での民族間抗争でも、民間人を保護しなかった。
2010年2月に予定されている国政選挙、そして2011年の民族自決に関する南部スーダンでの国民投票に向け、南部スーダン全域での暴力発生の危険性は、今後数ヶ月間高まる可能性がある。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、6月23日の会議に出席する南部スーダンの代表団、海外の資金提供国、外交官らに、民間人保護を最優先議題とするよう強く求めた。
選挙に先立ち、危険が高まっている地域に駐在する警察(訓練と装備が必須)と政府指導者たちの数を増加させることを優先課題とするべきである。国連と海外の資金提供国は、暴力事件の捜査と犯罪の責任者の法的責任追及の確保という点でも、南部スーダン政府を支援しなければならない。
「緊張が高まる中、国連と海外の資金提供国は、南部スーダン政府と協力し、治安改善と民間人保護を進めるべきだ。」
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2009年06月18日

2009/6/17 MSF スーダン南部:MSFの活動状況 −6月5日現在−

スーダン南部:MSFの活動状況 −6月5日現在−
国境なき医師団 2009/6/17
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1861.php
国境なき医師団(MSF)はスーダン南部の6州において数十万人もの人びとに援助を提供している。ここ数ヵ月間、さまざまな部族間の戦闘を主因として暴力の激化と治安の悪化がすすみ、武装解除構想から一転して緊張が高まっている。ジュバにおける犯罪の多発や路上での強盗も、MSFのチームが援助を必要とする人びとの元へ赴くことを妨げている。スーダン南部における援助ニーズは依然として膨大であり、チームは基礎医療と二次医療を確実に提供し、緊急事態に対応するために懸命の活動を続けている。
不安定な情勢に直面しながらの活動:暴力の被害者の治療
2009年の初めに、ジョングレイ、上ナイル、レイク、ワラップの各州で部族間の衝突が急増した結果、数百人が死亡し数千人が避難民となった。
5月には、ジョングレイ州との州境にある上ナイル州のトルケシュ村が襲撃され、MSFが病院を運営するナーシルに多数の負傷者が到着した。同病院は入院施設も備えており、栄養治療、妊産婦ケア、結核やカラアザールの治療、そして外科治療を含めた基礎医療および二次医療を提供している。合計で57人の被害者が病院にたどり着いた。多くの患者が多数の銃創を負っており、追加の外科手術や治療を必要としていた。被害者の大多数は女性と子どもであった。現在も続く衝突によって数千人の一般市民が避難し、およそ2千人がナーシルとジグミールの郊外へと逃れた。
2009年の3月と4月にはジョングレイ州のピボール郡とアコボ郡でも激しい衝突が2回発生した。1万5千人を超える人びとが暴力から逃れてエチオピアとの国境に近いナーシルの南に位置するアコボに到着した。これに対応してMSFはアコボ病院を支援するためにチームを派遣した。36人の負傷者を治療したが、そのほとんどが銃撃による負傷者であった。このうち8人は、追加手術のためMSFが運営するユニティー州のレール病院に飛行機で移送された。MSFはこの他にもアコボの病院に医療物資を寄付し、負傷者とその世話をする人びとのために蚊帳、食糧、毛布を配布した。
ジョングレイ州の反対側では、3月初旬にピボール郡レクウォンゴルで襲撃が発生したことを受けて、別のMSFチームが負傷者をピボール病院へ搬送した。銃撃による激しい外傷を負った40人以上の患者を治療し、最も重傷の22人は緊急手術のためにジュバとボマの病院に飛行機で移送した。
コンゴ民主共和国(DRC)との国境に位置する村々への襲撃
2008年末にかけては、ウガンダの反政府組織である神の抵抗軍(LRA)がスーダンのDRC国境付近およびDRC国内を襲撃したため、数千人のスーダン人が家を捨てて避難し、またコンゴ人も国境を越えてスーダンに逃げ込んだ。これに対してMSFはDRCとの国境に近い西エクアトリア州のガングラとサクレの2ヵ所で一次医療診療所への支援を開始し、2008年末までに現地の住民および難民に対して合計7200件の診察を行った。
2009年1月、この地方にさらなる避難民が到着し、MSFは西エクアトリア州で緊急援助活動を開始することを決めた。移動診療チームがエゾ、ナーンディ、マクパンドゥで活動を開始し、一次医療診療所を支援して、心理ケアのカウンセリング、栄養治療のスクリーニングと患者の移送、保健省職員の指導、医療・救援物資の提供などを行った。
2月には隣接する中央エクアトリア州でもMSFのチームがDRCとの国境から約50kmの地点に位置するラスでコンゴ人難民への援助を開始した。当初、MSFは6千人を超える人びとが避難していたリボゴとニョリの仮設キャンプで援助活動を行った。どちらも避難民の大半はDRCから逃れてきた人びとであり、彼らは生活必需品を何も持ち出せていなかった。チームは各キャンプで住居の提供、井戸の修繕、シャワーとトイレの建設を行った。
3月、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がニョリに避難民キャンプを新設し、MSFは入院施設と薬局を備えた医療施設を建設した。この施設では一般的な診察、産前ケア、分娩、そして栄養失調の治療を取り扱っており、最初の1週間で500件の診察を行った。チームはこの他にもキャンプに39の共同トイレを設置し、新たに2つの井戸を掘った。また、結核、マラリア、水が媒介する感染症などの病気に関する注意を喚起するため、健康教育を担当するスタッフを採用した。さらにキャンプ内で1638人の子どもに対してはしかの予防接種を行った。
病気の発生や流行への対応
スーダンでは髄膜炎、はしか、コレラ、そしてマラリアの大規模な流行が頻繁に生じている。2009年初めの数ヵ月間、MSFのチームはバハル・エル・ガザル州北部東アウェイル郡のペス、ジョングレイ州のピボール、そしてワラップ州のゴグリアルの町でコレラの急激な発生に対応した。MSFは可能な限りスーダン保健省と共に活動し、必要に応じて治療、医療物資、テント、スタッフを提供した。
毎年コレラが発生している中央エクアトリア州のジュバ郡では、発生の危険性が高いカトールやムヌキなどの地域において、健康増進活動や清潔な水の提供などの予防活動を開始している。衛生環境を改善して水が媒介する感染症による死者の数を抑制するために、MSFは既に存在する井戸を修繕し、また診療所4ヵ所内も含めた複数の場所に井戸を新たに堀り、清潔な水を提供している。
2009年2月には東エクアトリア州のカポエタで髄膜炎が発生し、MSFはこれに対応して6万5322人に予防接種を行い、医療機関を支援して患者の治療にあたった。また、ユニティー州北部で発生した髄膜炎への対応を、他の援助機関と調整した上で実施した。
あらゆるレベルでの医療ケア
MSFはスーダンの他の地域でも活動を続けている。医療スタッフ、医療機関、道路、輸送手段、他の援助機関、そして医療への投資が不足する中、地域によっては現地で活動している唯一の医療援助団体がMSFという場合も珍しくない。バハル・エル・ガザル州のアウェイルでは、MSFは病院を支援し、母子医療や栄養治療を重点的に提供している。紛争地域であるワラップ州のアブエイおよび隣接するアゴクでは、外来診療所を運営し、常設の診療所と移動診療所の双方で栄養治療を提供している。2008年の外来診察件数は8950件に上り、1200人を超える重度の栄養失調児の治療を行った。また2009年に入り、産前ケアと安全な分娩のためのリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)プログラムをアブエイ地方で開始した。
ジョングレイ州のピエリ、ランキエン、ピボール、上ナイル州のナーシル、そしてユニティー州のレールでは、医療スタッフが呼吸器感染症の診察から救命手術まであらゆるレベルの医療を提供している。医療チームは2008年、36万件を超える外来診察、約2万件の産前ケアの診察、1098件の外科手術を行った。手術の多くは銃創に対する緊急外科手術であった。入院患者は約8300人であり、結核の治療を開始した患者は492人であった。マラリアに対する懸念は高まり続けている。2007年にレール病院で治療したマラリア患者の数は4400人であったが、2008年には2万5500人に増加し、2009年は4月までで既に1万4千人に達している。
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2009年06月17日

2009/6/16 HRW 国連人権理事会:スーダンの人権状況の監視の継続を

国連人権理事会:スーダンの人権状況の監視の継続を
Human Rights Watch 2009/6/16
(ジュネーブ)−国連人権理事会は、スーダンの人権状況に関する特別報告者のマンデートを終了させるというスーダン政府の要求を拒否するべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチ本日、理事会メンバー国に宛てた書簡で述べた。
シマ・サマル(Sima Samar)特別報告者は、国連の主要な人権機関である国連人権理事会に対して、6月16日、スーダン全域で人びとが直面する様々な重大人権問題を取りまとめた最新報告書を提出する予定である。スーダンでの人権状況にほとんど具体的改善が見られない、というサマル特別報告者の結論にも拘らず、スーダン政府とその友好国グループは、サマル特別報告者のマンデートが人権理事会で延長されるのを阻止しようとしている。
「スーダンでは、重大な人権危機が進行中であり、何百万人もがその影響を受けている」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのジュネーブ アドボカシーディレクターのジュリエット・デ・リヴェロは述べた。「この重要局面でスーダンに対する特別の監視を取り止めることは、重大な人権侵害の監視と解決という人権理事会の責務から逃れることを意味する。」
サマル特別報告者は、スーダン国民統一政府と南スーダン政府の両者と協力して、両政府の人権保護義務の履行を支援するなど、スーダンにおける建設的役割を追求してきた。サマル特別報告者の報告書は、スーダンの重大な人権問題をとりまとめており、ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査して取りまとめてきたスーダンの人権問題も多く触れられている。スーダン治安部隊による人権活動家に対する嫌がらせ、恣意的逮捕・拘留、そしてメディアに対する検閲と制約の増大などが、ヒューマン・ライツ・ウォッチが取り上げ、サマル報告者も触れたスーダンの重大な人権問題の例である。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、こうした制約は、現時点で2010年2月に予定されている選挙を、自由かつ公正に行なう障害になると懸念を表明してきた。
サマル特別報告者は、ダルフールと南部スーダンにおける治安問題、そして、民間人保護と法の支配のためのメカニズムの欠如が続いている問題も取り上げた。2009年も、武力紛争の結果、これまでに千名を越す民間人が死亡したと報告されている。しかも、北部スーダンなどで援助の40%を提供していた人道援助機関を政府が追放しため、極めて多数の人びとが危機的状態に置かれている。
サマル特別報告者は、2008年5月、アビエイ (Abyei)で、北部のスーダン軍(SAF)と南部のスーダン人民解放軍(SPLA)との間に起きた戦闘の際の人権侵害など、過去の重大な人権侵害の責任者を、スーダン政府が捜査・訴追せずに放置し続けている問題もはっきり指摘した。
スーダンの特別報告者制度は、国連その他の国際機関も含め、現時点で、スーダン全域の情勢を監視し調査結果を公けにする唯一のメカニズムとなっている。ダルフール アフリカ連合・国連合合平和維持ミッション(UNAMID)にも人権担当官が配属されているものの、担当範囲はダルフールに限られる上に、ダルフール全域で活動し報告を公けにするという権限も制限されている。同様に、国連スーダンミッション(UNMIS)に配属されている人権担当官も南部スーダンに焦点をあてており、同じく、報告を公けにする権限が制限されている。
スーダン政府による3月の国際援助機関の追放の後、スーダン政府による現地団体の閉鎖や人権活動家やジャーナリストへの弾圧がますます強まっており、国連人権理事会の任命する特別報告者の役割は、ますます重要になっている。
「スーダンでの人権侵害に対し、なかなか声があげられない状況になっている。この静けさは危険な兆候だ」とデ・リヴェロは述べた。 「人権理事会のメンバー国は、スーダン人の被害者たちの支援のため、特別報告者のマンデートを延長すべきである。」
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2009年06月16日

2009/6/15 AFP ダルフールでの外国NGOの活動再開、スーダンは否定


【6月15日 AFP】スーダン政府は14日、西部ダルフール(Darfur)地方から3月に追放された外国の援助団体の活動再開をスーダン政府が認めたとする国連(UN)のジョン・ホームズ(John Holmes)国連人道問題調整官(事務次長)の発言を否定し、「新たな名称」と「新しいロゴマーク」を伴う「新たなNGO」以外の国内での活動は認めないとの方針を示した。
 ホームズ氏は11日、追放された13の援助団体のうち、ケア・インターナショナル(CARE International)、Mercy Corps、セーブ・ザ・チルドレン(Save the Children)、PADCOの4団体の活動が認められたと述べていた。
 これについてスーダン当局は「追放した団体の活動再開を認める意思はない」と述べた。 
 スーダン政府は3月、国際刑事裁判所(International Criminal Court、ICC)がオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領に対し、ダルフール紛争における人道に対する罪と戦争犯罪で逮捕状を発行したことに抗議、ダルフールで活動していた外国のNGO団体はICCのスパイだとして追放処分にした。
 国連(UN)の潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)事務総長は、「100万人の生命が危機にさらされている」との危ぐを表明している。(c)AFP/Guillaume Lavallee
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2009年06月14日

2009/6/14 47NEWS スーダン、ボート襲撃40人死亡 国連の援助物資運搬狙う

スーダン、ボート襲撃40人死亡 国連の援助物資運搬狙う
47NEWS 2009/6/14
http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061401000510.html
【ナイロビ14日共同】ロイター通信などによると、スーダン南部のエチオピア国境近くの川で12日午後、武装グループが国連の緊急援助物資を運んでいたボート27隻を襲撃、護衛していた元反政府勢力スーダン人民解放軍(SPLA)兵士を含む少なくとも40人が死亡した。スーダン政府高官が14日明らかにした。
 援助物資は武装グループが所属する民族と敵対する別の民族の支配地域に運ばれる途中だったといい、民族対立が襲撃の背景にあるとみられる。
 SPLA報道官は「銃撃されたり川に飛び込んだ後におぼれたりして乗っていた女性や子どもらも死亡した」と語った。
 スーダン中・南部では最近、民族対立による武力衝突が深刻化。中部南コルドファン州でも5月下旬、家畜の水場をめぐる争いが発端とみられる遊牧民族同士の衝突で240人以上が死亡した。
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2009年06月13日

2009/6/12 CNN スーダン政府、追放した一部NGOの受け入れを再開

スーダン政府、追放した一部NGOの受け入れを再開
CNN 2009/6/12
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200906120014.html
国連本部(CNN) スーダン政府が今年3月、国際NGOを追放した問題で、ホームズ国連事務次長(人権問題担当)は11日、同国が一部のNGOについて受け入れを再開していると述べた。
ホームズ氏によると、これまでにケア・インターナショナル、セーブ・ザ・チルドレン、マーシーコーなどのNGOが新たな登録を済ませ、再入国を認められた。そのほかの団体について、同氏は「最近の情勢をみてスーダンに戻ろうとするかどうかは、各団体の判断次第だ」と語った。
同国では、バシル大統領への逮捕状を出した国際刑事裁判所(ICC)にNGOから捜査協力があったなどとして、NGO17団体が追放されていた。
ホームズ氏によれば、スーダン政府の代表者は、人道援助機関やNGOを同国が「歓迎し、尊重する」と言明しているという。
同国では例年、5月から10月にかけての端境期に飢餓が深刻化するため、国連世界食糧計画(WFP)が300万人以上の住民に食料を配給する。
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2009年06月09日

2009/6/7 CNN スーダン大統領、また逮捕状無視して外遊

スーダン大統領、また逮捕状無視して外遊
CNN 2009/6/7
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200906070013.html
(CNN) 中東スーダンのバシル大統領は6日、東部南部アフリカ共同市場(COMESA)首脳会議のため、アフリカ南部ジンバブエの首都ハラレに到着した。
バシル大統領に対しては今年3月4日、スーダン西部ダルフール紛争の人道罪などで、国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)が逮捕状を出した。同大統領は西側諸国がスーダンの再植民地化を図っていると主張して容疑を否認するとともに、13の国際人道支援団体に国外退去命令を出した。
バシル大統領は逮捕状が出て以来、カタールとエチオピアを訪問している。COMESA首脳会議は景勝地ビクトリア瀑布で開かれ、スーダンを含む加盟19カ国の首脳が出席する予定。
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2009年06月05日

2009/6/5 MSF スーダン・ダルフール地方、スーダン北部におけるMSFの活動状況 - 2009年5月 -

スーダン・ダルフール地方、スーダン北部におけるMSFの活動状況 - 2009年5月 -
国境なき医師団 2009/6/5
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1837.php
スタッフ数
− 外国人派遣スタッフ23人
− 現地スタッフ567人
− MSFが報奨金を支給している保健省職員48人
活動状況
2009年3月に国境なき医師団(MSF)のオランダ支部とフランス支部がスーダン北部から追放された後も、他のチームがダルフール地方の5ヵ所で引き続き援助活動を行っている。
北ダルフール州では、シャンギル・トバヤとカグロで活動を行っている。エル・ファシールの南65kmのシャンギル・トバヤでは、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)サービス、暴力の犠牲者に対する治療、栄養治療プログラムを含む一次医療と二次医療を実施している。ジャベル・シ地域のカグロは反政府勢力に掌握されているため、その周辺地域に、大小6ヵ所の診療所を設けている。診療所では、外来患者と入院患者のケア、妊産婦のケア、栄養支援、予防接種を行い、診療所では、外来患者と妊産婦へのケアを提供している。
西ダルフール州では、セレイヤの町に診療所と移動診療地点を数ヵ所設け、これを通して数千人の地域住民が医療を受けている。ジェベル・マラのゴロでは、MSFチームは町の病院で活動に従事し、入院患者と外来患者のケア、妊産婦のケア、栄養ケアなどの一次医療と二次医療を提供している。反政府勢力の支配地域であるキリン近郊では、外来形式の栄養治療プログラムに加え、一次医療を提供し、町の診療所では小規模の緊急処置室を運営している。
ジェベル・マラにて。 南ダルフール州では、MSFの追放により、現在、活動は行われていない。北ダルフール州でも、ケブカビヤで起きた複数の事件と、2009年3月のサリフ・ウムラでMSFスタッフが5人拉致された事件により、この2ヵ所で行われているプロジェクトは、4月初めに終了せざる得なくなった。また、北ダルフール州の別の町タウィラでも、スタッフの安全に拘る深刻な事件があり、2008年12月以降、活動を一時中断している。
スーダン北部のダルフール以外の地域では、紅海州のポート・スーダンでプロジェクトを実施しており、特に女性器切除を受けた女性に焦点を当てたリプロダクティブ・ヘルスケアを提供している。紅海州では、推定97.6%の女性が女性器切除をしており、その多くが生涯にわたる深刻な合併症を引き起こしている。分娩の際、新生児出産のため切開あるいは「陰部封鎖解除」を行わなければならない。出産後は、縫合または「再封鎖」するのが一般的である。しかし、ポート・スーダンのタガドム病院でのMSFのプロジェクトでは、女性器切除に対し「ゼロトレランス(不寛容)」方式を取っており、いかなる妊婦に対しても出産後の再封鎖は行っていない。ポート・スーダンにおけるMSFの活動の要は、タガドム病院においてカウンセリングと教育を実施すると共に、コミュニティー出身者にトレーニングを行い、彼らによる家庭訪問を通じて基本的な保健教育を行うことと、女性器切除の医学的見地からの危険性について意識向上を図ることである。
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2009/6/4 MSF【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―小口隼人、ロジスティシャン―

【難民特集】私にとって「難民・避難民」とは... ―小口隼人、ロジスティシャン―
国境なき医師団 2009/6/4
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1836.php
難民・国内避難民への援助にかかわることは、彼らの持つ人としてのさまざまな面に触れることでもあります。MSF日本から、世界各地の難民・避難民援助の現場に派遣されたスタッフに、援助活動の現場で抱いた思いを聞きました。以下は、スーダンのダルフール地方でロジスティシャンとして活動した、小口隼人さんへのインタビューです。
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Q: 難民・避難民となった人びとと接するなかで、自分自身が「助けられている」と感じたことはありますか?
私の避難民との接点は、ダルフールの避難民キャンプの中に国境なき医師団(MSF)の診療所を建設し、運営するという仕事を通してでした。避難民の人たちは、住んでいた村を追われて大きな町に避げてきており、避難先では収入源が十分ではないか、もしくは何もなく、日々の生活にも苦労しています。
しかし、それが避難民たちの現実のすべてではもちろんありません。避難してきたことは事実ですが、そんな中でも彼らの普通の生活があります。私がよく一緒に仕事をした現地スタッフの1人、Aさんは、私の避難民に対する「すごく大変な生活をしている人たち」という偏ったイメージを変えた人でした。彼は、避難民とは明日への活路を見出そうと地道に努力している人たちでもあるということを私に教えてくれました。
Aさんは、ダルフール紛争以前は、首都ハルツームで仕立て職人をしたり、ダルフールのある村で牛の面倒をみたりして生活をしていました。しかしある日、彼の村にジャンジャウィード(民兵)が押し寄せ、財産を奪っていき、彼は隣国チャドに避難しました。その後、西ダルフール地方の町エル・ジニーナに避難し、この町で日雇い労働者としてMSFで働き始めました。私が彼と出会ったのはこの町です。彼はこの町で、草と木と援助機関から配布されたプラスチック・シートで作った、高さ2m、縦3m、横3mくらいの小さな家、というよりもむしろ掘っ立て小屋で生活していました。
私がAさんと一緒に働いた期間、彼は自分の生活が苦しいことは一度も口にせず、よりよい仕事をしようと常に努力していました。具体的には、英語で話し、読み書きができるようになることなどです。彼は記憶力・理解力が抜群によく、新しいことをどんどん学んでいました。私が彼と知り合った頃には、車・機械・発電機・建設関係についての彼の知識は、MSFのロジスティック・スタッフとしてかなりハイレベルでした。私は新米ロジスティシャンだったので、多くのことを彼から学び、彼は何か問題があれば休日でも助けに来てくれました。
避難民の現実は努力だけでは報われない不確かなことが多く、この先どうなるかは分からないと知っていながらも、Aさんは結婚を目標にコツコツと貯蓄をしていました。彼はMSFで職を得られたので避難民としては非常に恵まれていますが、現状に甘んじず、常によりよい仕事をして自分の生活を安定させようとする姿は、私にとって大きな励みでした。かといって、働いているばかりでもなく、仕事が終わるとオフィスの玄関先で警備スタッフとおしゃべりをしながらトランプをしていたのがとても印象的でした。
彼はまた、限られた給料のなかから、私をレストランやお茶によく誘ってくれました。さらに、私が毎日同じジーパンを履いていると、新しいズボンを市場で買ってきてくれたりもしました。Aさんだけが特別というわけではなく、私はこのようにとても親切な避難民と数多く出会いました。彼らとの出会いは、一生忘れられない大切な出来事でした。苦境に立たされている人びとほどたくましく、とても人に親切だということを、この経験を通して知りました。Aさんの親切さ、日雇い労働者からMSFスタッフになったというたくましさに接して、本当に勇気付けられました。
Q: 難民・避難民となった人びとに援助を提供するなかで、ほっとしたこと、楽しかったことはありますか?
MSFが避難民キャンプに診療所を建設し、運営するまでのプロセスは、決して一筋縄ではいかず、多くの時間と労力を要します。いろいろな問題を外国人・現地スタッフが協力しあって解決し、診療所がオープンし、子どもたちが栄養治療食を受け取って食べているのを見た時が一番うれしかったです。ダルフールまで来て良かったと思えた瞬間でした。
Q: 反対に、難民・避難民となった人びとに援助を提供するなかで、困難だと感じるのはどんな時ですか?
避難民支援で難しいことの一つは、ある日突然押し寄せてくる不特定多数の避難民たちに、短期・中期的な計画に基づいて、必要なものを的確に提供しなければならないということです。それができないと彼らの健康は脅かされ、最悪の場合には死に至ります。このような事態に対応するには、さまざまな状況に対応できる外国人・現地スタッフから成るバランスのいいチームが必要不可欠です。しかし、言語・宗教・文化や考え方が異なる多くの外国人スタッフと現地スタッフが一緒に仕事をするのは簡単なことではありません。もちろん、このような難しさは、外国人スタッフ間、現地スタッフ間でも存在します。それに加えて、ダルフールという場所でMSFが活動するには、対処していかなくてはならない課題が数多くあります。しかし、これらの困難を乗り越え、MSFや他の団体が協力した結果、避難民たちが食料や水を受け取り、医療サービスなどにアクセスできるようになるのを見るとうれしいですね。ダルフール問題はなかなか解決に至りませんが、私たちは避難民たちのことを忘れているわけではありません。そんな状況に少しはほっとしますが、一向に改善されないこの問題を現場や日本からみていると、苛立ちも感じるのも事実です。
Q: どんな時に、難民・避難民となった人びとの深い悲しみや絶望を感じましたか?
ダルフール紛争により生活が壊され、悪循環の渦に巻き込まれていく避難民たちを目前にした時です。
ダルフールでは、女性たちがキャンプの外へ薪を集めに行きますが、この仕事は無法者たちによるレイプや暴力と常に隣合わせです。男性が蒔を集めに行くと、最悪の場合殺されてしまうので女性が行っているのです。食料が乏しくなれば、その影響を一番受けやすいのは幼い子どもたちです。いつの時代でもそうですが、紛争の犠牲者の多くは女性と子どもたちです。
避難民キャンプに住んでいる人びとは、自らの身を守るために武器を調達し武装します。キャンプに住む青年たちは反政府勢力の新しい兵士として、武器を持って戦いに参加していきます。
畑仕事をしていたらライフルで撃たれて死亡した農夫、反政府勢力の兵士たちと銃撃戦になって負傷し、病院へ運ばれたものの死んでいった政府軍の一兵士など、たくましく生きようとする人びとの間で生と死が常に隣合わせなのが紛争地域です。
テレビ・新聞を見ても、ダルフール問題の解決に向けた明るいニュースは流れてきません。
このような出口の見えない紛争に直面している避難民たちの現実、彼らの不安定な日々、紛争の犠牲になっていった人びとのことを考えるとやりきれなくなります。
Q: 一言でいうと、「難民・避難民」とは、どのような人びとだと思いますか?
一日でも早い紛争の解決を願っている人びとです。
親しかった同僚の話によると、ダルフール紛争以前は、家の庭先のオレンジをもぎ取り、訪れたお客さんに差し出す、というのが日常の風景だったそうです。紛争によって多くのオレンジの木が燃やされてしまいました。人びとは大きな町へ避難してきましたが、ここではオレンジはお金を出して買うものになってしまいました。彼らが自分たちの村に戻れる日がきたら、オレンジなどの木を再び植え、ゆっくりと育て、収穫するのを楽しみにすることでしょう。
南ダルフールの第一の都市ニャラの大学を卒業した、優秀な同僚が言っていたこともとても印象的でした。彼は、紛争が終わったら、自分の出身のカス村に戻り、家を建て、結婚し、羊の放牧で生計を立てるのが目標だと教えてくれました。私はそれまで、彼はMSFでの経験や人脈を活かしてニャラのような町でビジネスでもやるのかなと勝手に想像していました。しかし、彼は便利な都会の生活も悪くはないが、田舎ののんびりとした中で暮すほうが好きだと言いました。カスという田舎で育ったから、そこが一番居心地がいいんだ、と。彼は避難民ではありませんでしたが、彼のように思っている避難民がほとんどなんだと思います。
彼らが、以前に送っていた平凡な生活を再び送れるようになることを、心底願っています。
Q: 難民・避難民となった人びとに援助を届ける活動で必要とされることは何でしょうか?
健康であるということは、日本人であるか、ダルフールの人であるかに関係なく、誰にでも認められている権利です。MSFのダルフールでの活動は、多くの人が健康でいられるように大きく貢献していると、私はダルフールでの2回の活動を通じて実感しました。しかし、MSFを必要としている人びとは、ダルフールだけでなく、他の地域・国々にも数多く存在しています。
このような人びとが存在する限り、私たち一人一人が自分に何ができるかということを常に考え、可能であれば行動に移していくということが非常に大事だと思います。緊急医療の分野に限らず、教育、開発、貧困削減、平和構築などの分野から取り組むことももちろん重要です。形はどうであれ行動に移すことが大事です!
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2009年05月31日

2009/5/31四国 ガファル・ヌメイリ氏死去/スーダン元大統領

ガファル・ヌメイリ氏死去/スーダン元大統領
四国 2009/5/31
http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20090531000029
ガファル・ヌメイリ氏(スーダン元大統領)ロイター通信によると、30日死去、79歳。政府当局者が明らかにした。
 69年のクーデターで実権を握り、71年に大統領に就任。83年にイスラム法を導入、反発する南部の有力黒人民族を主体とするスーダン人民解放軍(SPLA)がゲリラ闘争を拡大、内戦に発展した。
 85年の軍事クーデターで政権の座を追われ、エジプトに亡命したが、99年にスーダンに帰国した。(ヨハネスブルク共同)
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2009/5/30毎日 スーダン:アラブ系の部族衝突で244人死亡

スーダン:アラブ系の部族衝突で244人死亡
毎日 2009/5/30
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20090530k0000e030038000c.html
【カイロ和田浩明】スーダン南部でアラブ系部族が2日間にわたり衝突し、事態収拾のため配備された警官を含む244人が死亡した。AP通信が29日報じた。南部では08年に部族間衝突で女性や子供など900人が死亡しているという。
 衝突が発生したのは、西部のダルフール地方と南部の南コルドファン地方の境界付近。南コルドファンはスーダンの南北内戦の激戦地だった。石油資源が豊富で中国やインドなどの企業が採掘活動を行っているが治安は依然不安定だ。
 スーダンのハミド内相によると、ミセリヤ、リゼイカトの両部族で169人、警官75人が死亡した。
 AP通信によると、ミセリヤの部族長は、リゼイカト族の2000人が26日、馬やトラックに乗って攻撃してきたと話している。スーダン政府は原因を調査中。両部族は、過去にも家畜の飲み水などをめぐり衝突を繰り返した模様だ。
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2009/5/26産経 ダルフールで63人死亡 スーダン軍と反政府組織が戦闘

2009/5/25産経 ダルフールで63人死亡 スーダン軍と反政府組織が戦闘
産経 2009/5/26
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/090526/mds0905261325002-n1.htm
 ロイター通信によると、スーダン政府軍報道官は25日、西部ダルフール地方のチャド国境近くの政府軍基地で、政府軍と反政府組織「正義と平等運動」(JEM)との間で激しい戦闘があり、政府軍兵士20人とJEMメンバー43人の計63人が死亡したと語った。
 国連平和維持活動(PKO)の国連・アフリカ連合(AU)ダルフール合同活動(UNAMID)は声明で、多くの住民らが避難を余儀なくされ、人道危機が広がっているとして、戦闘を非難した。
 スーダン政府はダルフールの反政府勢力を支援しているとしてチャド政府を非難、両国の関係が悪化している。(共同)
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2009年05月26日

2009/5/25 searchina マイクロソフト:北朝鮮などで「メッセンジャー」停止

2009/5/25マイクロソフト:北朝鮮などで「メッセンジャー」停止
searchina 2009/5/25
http://blog.so-net.ne.jp/MyPage/blog/home/
中国のIT関連情報サイト、賽迪網によると、米マイクロソフト社は25日までに、キューバ、シリア、イラン、スーダン、北朝鮮の各国内のユーザーが、ウインドウズ・ライブ・メッセンジャー(Windows Live Messenger)が使えないようにした。
  ログインしようとするとエラー・メッセージと「マイクロソフトは、米国が制裁を実施している国に対する当該サービスを停止しました。詳細情報は、米国対外資産管理局にあります」との理由が表示される。
  米国政府が5カ国に対する同制裁を始めたのは約10年前。マイクロソフト社の広報担当者は、5カ国内のユーザーに対する措置を始めたことを認めたが、なぜこの時期に政府方針を順守することを決めたかは、明らかにしなかった。(編集担当:如月隼人)
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2009年05月24日

2009/5/23毎日 人模様:スーダン選挙支援に奔走−−栃林昇昌さん

人模様:スーダン選挙支援に奔走−−栃林昇昌さん
毎日 2009/5/23
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090523dde007070068000c.html
内戦が終結したスーダン南部。栃林昇昌(とちばやしのりまさ)さん(33)は国連スーダン派遣団(UNMIS)の一員として、国政選挙(来年2月実施)の支援活動に参加した。村の人口や投票所の建物を調査。原始的生活を続ける裸族もおり、課題は選挙の必要性を理解してもらうことだ。
 「人の役に立つ仕事を」とジャーナリストを目指したがかなわず、システムエンジニアに。04年末、スマトラ沖大地震の被災地をテレビで見て、忘れていた思いがよみがえった。格安航空券でインドネシア・バンダアチェへ。赤十字の遺体回収作業を手伝い、国連ボランティア計画(UNV)に参加。東ティモールなどを経て昨年スーダンに赴任した。
 スーダン南部では今も強盗が横行している。「紛争の最大の原因は宗教や民族の対立ではなく貧困。平等に豊かになれば紛争は無くなる」と語る。今春からシンガポールの大学院で応用経済学を学ぶ。テーマは「紛争予防と貧困撲滅」。自分なりの解決策を手にしてから現場に戻るつもりだ。【佐藤賢二郎】
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2009年05月22日

2009/5/17HRW ICC/ダルフール:アフリカ出身の平和維持部隊の保護のための事件 進展

ICC/ダルフール:アフリカ出身の平和維持部隊の保護のための事件 進展
HRW 2009/5/17
http://www.hrw.org/ja/news/2009/05/17/icc
(ニューヨーク) -国際刑事裁判所(ICC)が、ダルフールでのアフリカ連合平和維持部隊の殺害の責任者という容疑で反政府指導者を召喚したことは、民間人を保護するため配備された部隊を攻撃することが重大な法違反であることを明白にするもので重大だ、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。反政府勢力指揮官バハル・イドリス・アブ・ガルダ(Bahar Idriss Abu Garda)は、召喚に応え、明日、裁判所に自主的に出頭するものとみられる。
バハル・イドリス・アブ・ガルダは、2007年9月30日に南ダルフール(スーダン)にあるハスカニタ(Haskanita)のアフリカ連合基地を襲撃した際、スーダン・アフリカ連合ミッション(AMIS)の12名の平和維持部隊要員と文民警官を殺害した戦争犯罪で訴追(charge)された。少なくとも他に8名が重傷を負った。アブ・ガルダは、2005年6月にICCのダルフール捜査が開始されて以来、ダルフールの事態の関連で初めて裁判所に出廷する人物となる。
「本事件の訴追に向けた動きは、民間人を保護する平和維持部隊を計画的に攻撃することが極めて深刻な法違反であることを明らかにしている」とヒューマン・ライツ・ウォッチのインターンナショナル・ジャスティス・プログラムのディレクター、リチャード・ディカーは述べた。「我々は、バハル・イドリス・アブ・ガルダが自ら裁判所に出頭することを歓迎する。こうした対応は、スーダン政府が、ダルフールにおける犠牲者に法の正義をもたらすのを容赦なく妨害し続けているのと全く対照的である。」
ICCローマ規程は、本人の裁判所への出頭を確保するのに召喚状で十分であると裁判官らが判断した場合、予備審判部が逮捕状ではなく召喚状を発付することを認めている。ICC検察官は2009年2月に召喚状を要請した。
平和維持部隊は、女性や少女たちが草や薪や水を集めるため避難民キャンプを離れる際に彼女たちを保護するパトロールなど、極めて重要な民間人の保護活動を行う責任をおっている。こうした平和維持部隊のエスコートの結果、ダルフール中でなお頻発するレイプや他の性暴力のリスクが下がった。しかし、国際平和維持隊要員への攻撃が繰り返されたため、ダルフールでの平和維持活動は効率性を低下させざるをえなかった。つまり、ハスカニタの攻撃後数ヶ月間、AMISは、より厳しい安全ガイドラインを採用し、すべての活動を縮小し、要員を基地内活動にとどめたため、民間人保護のキャパシティーが大幅に制限された。
2007年12月31日にダルフールにおける平和維持活動を引き継いだアフリカ連合国連合同平和維持ミッション(UNAMID)にとっても、治安上の懸念が、活動の深刻な障害となっている。平和維持隊要員たちは、反政府武装勢力とスーダン政府軍双方から、何度も直接攻撃されている。2008年7月以来約十数人の平和維持隊要員が殺害され(2009年3月からの2名を含む)、さらに多くが負傷した。以来、ダルフール全域は、二番目に高いセキュリティー・レベルである「国連セキュリティー・レベル4」に引き上げられたままであり、その結果、人道援助活動に深刻な影響がでている。
「平和維持部隊への攻撃は、すでに脆弱なダルフールの治安状況をさらに悪化させる」とディッカーは述べた。「反政府勢力の攻撃の規模は、スーダン政府が対ゲリラ軍事作戦のなかで犯した犯罪ほど重大なスケールではないが、しかし、民間人に大きな影響をもたらす深刻な犯罪であるという点には変わりない。」
ハスカニタ基地への攻撃で殺害された人々には、アフリカの4カ国から来た平和維持隊要員たちもいた。アフリカ連合は自ら捜査を行い、2007年10月に「容疑者を国際的な司法の場で裁く」必要性を明記した声明を発表。その後、ICC非締約国である北アフリカの数カ国は、ICCの今日までの捜査・裁判手続きがアフリカに集中しているとして近年、ICCへの批判的を強めてきている。ICCが現在捜査中の4つの事態はすべてアフリカの事態であるが、うち3件は犯罪が行われた国の政府が自らICCに事態を付託したものであり、ダルフールに関しては国連安保理が事態を付託した。
「裁判所が反アフリカ的だというICC非締約国数カ国からの批判は、ICCが幾多のアフリカ人の被害者たちを保護するために闘っているという事実を不可解にも無視している」とディッカーは述べた。「この批判は、ボツワナ、マリ、ナイジェリア、セネガル出身の平和維持部隊要員に対する攻撃の責任者を裁く努力を裁判所が行っている事実に照らすと、さらに不可解というべきである。」
2009年3月4日、ICCは、ダルフールにおける戦争犯罪と人道に対する罪でスーダンのオマル・バシル大統領に対し逮捕状を発付。スーダン政府はこれに対し、100万人以上の人命を守るための人道支援を提供していた国際援助団体をスーダンから追放。これをICCのせいだと非難した。バシル大統領はすでに様々な人権侵害の責任者と疑われているが、この追放行為により、同大統領は、さらに人権侵害を重ねたこととなる。
背景
2005年3月31日、国連安全保障理事会はダルフールの状況をICC検察官に付託した。決議は、スーダン政府及びすべての紛争当事者に対しICCと検察官に完全に協力すること要求している。バシル大統領に加え、裁判所は人道問題担当国務大臣アハメド・ハルーンと「ジャンジャウィード」民兵指揮官アリ・ウシャイブの2名に逮捕状を発付。スーダン政府は、これまで、すべての容疑者の身柄引き渡しを拒否してきている。
2008年11月1日、ICC検察官は、裁判官らに対し、ハスカニタの攻撃について、バハル・イドリス・アブ・ガルダを含む3名の反政府武装勢力指導者に対する逮捕状を請求。検察官は、平和維持隊要員を殺害しそして重度の傷害を負わせたこと、平和維持ミッションの人員、装備、物資、機材、車両に対する意図的な攻撃を行ったこと、そして略奪という戦争犯罪の容疑で3名の逮捕状を請求した。裁判官らは、残りの二人の反政府武装勢力容疑者(氏名は公表されていない)に関する申立を審理中である。2009月2月、ICC検察官は、ICCに対し、3名の指揮官らが自主的に裁判所に出頭する旨述べているため、召喚状で十分である旨伝えていた。
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2009/5/19MSF スーダン南部:上ナイル州の村で新たに発生した襲撃の犠牲者57人を治療

スーダン南部:上ナイル州の村で新たに発生した襲撃の犠牲者57人を治療
MSF 2009/5/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/05/1806.php
5月8日、ジョングレイ州との州境にある上ナイル州トルケシュ(Torkej)村で襲撃が発生し、多くの負傷者がナーシルにあるMSFの診療所にたどり着いた。患者たちの話によれば、多くの死者が発生しており、数千人が避難を余儀なくされたという。トルケシュはMSFが基礎医療、入院施設および外科的治療を提供する診療所を運営しているナーシルからわずか20kmの位置にある。
5月8日の未明から被害者たちがナーシルのMSF診療所に次々とたどり着き始めている。これまでに合計57人が病院にたどり着いた。MSFの外科医はすぐさま銃創を負った患者の治療を開始した。5月10日までに赤十字国際委員会(ICRC)の移動外科治療チームが空路で現地に赴き、援助を開始することができた。多くの患者がたくさんの銃創を負っており、追加の外科的処置と看護を必要としている。15才の少年1人は、頭部に負った深い銃創が原因で死亡した。被害者の大半は女性と子どもである。
この数ヵ月間にジョングレイ州と上ナイル州のいたる所でさまざまな部族間の襲撃が激しさを増している。その結果、数百人が命を落とし、数千人が避難を余儀なくされた。トルケシュでは襲撃者たちが未明に村を取り囲み急襲した。現地からの情報源によれば、少なくとも住民66人が殺害され、うち大部分が女性と子どもであったという。多くの世帯が逃げるとき所持品をすべてうち捨ててきた。
これまでに数千人の一般市民が避難しており、既に千人を超える人びとがナーシル郊外にたどり着いている。
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MSFチームは、1978年からスーダンで活動を開始し、緊急医療人道援助を提供している。この地域では、武力衝突や襲撃が頻繁に発生することに加えて栄養失調が蔓延しており、妊婦死亡率も世界で最も高くなっている。また結核とカラアザールの感染が継続的な問題となっており、髄膜炎、はしか、コレラ、マラリアが頻繁に発生している。つい3週間前には、アコボ郡で起きた武力衝突による負傷者に対応した。
posted by LMB at 11:30| Comment(0) | スーダンとダルフール紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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