2009年06月26日

2009/6/25 swissinfo.ch グアンタナモ収容者受け入れは国内の安全が前提

グアンタナモ収容者受け入れは国内の安全が前提
swissinfo.ch 2009/6/25
http://www.swissinfo.ch/jpn/news/swiss_and_the_world/detail.html?siteSect=126&sid=10869035&cKey=1245831580000&ty=st
エヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ司法相は、イスラム教のミナレットの建設禁止の是非について、冷静な討議を望むと言う。
スイスインフォのインタビューでヴィトマー・シュルンプフ司法相は、グアンタナモ収容者の受け入れは、国内の安全が大前提とも語った。
swissinfo.ch : グアンタナモ収容所の収容者受入れ問題については、スイス政府内でだいぶ以前から検討されています。アメリカ政府はいつ、スイスからの返事をもらえるのでしょうか?
ヴィトマー・シュルンプフ : アメリカ政府は、スイス内閣が収容者の1人もしくは複数を受け入れると最終決定した時点で、スイス政府の返事を受け取ることになります。
swissinfo.ch : 収容者の出身国は?
ヴィトマー・シュルンプフ : 現在答えることはできません。好ましい国というものはありませんが、決して受け入れらない国というのはあります。問題を起こす可能性のある国はどういった国か、端的に分かっているからです。
swissinfo.ch : 収容者個人については、どういったことが拒否の理由になりますか?
ヴィトマー・シュルンプフ : 過去にテロリストであった経歴を持ち、スイス国内でのテロ組織と関係のある人は受け入れられません。国内の安全が危ぶまれるようなことはできませんし、そうしたくはないからです。
swissinfo.ch : 2008年にはグアンタナモの収容者の難民申請を拒否しましたが、今回、政策変更があったのでしょうか。
ヴィトマー・シュルンプフ : 拒否したことは正当です。難民として受け入れる条件が満たされていなかったわけですから。今回受け入れようとしているグアンタナモ収容者は、難民として受け入れるのではなく、解放された収容者としてその受け入れ先を探しているということなので、受け入れるわけです。司法省は、個々の受け入れを外国人法に照らし合わせて検討しているところです。
swissinfo.ch : アメリカ政府に否定的な答えを出すことは、アメリカとスイスの租税条約問題やUBS銀行問題という背景からして、ありえない…
ヴィトマー・シュルンプフ : 受け入れの条件が、賠償責任、スイス社会への融和、安全といった点に抵触するようであれば、スイスとしては「ノー」と答えるしかありません。
ほかの問題と関連付けて答えを出すことはできません。問題は個々に検討されるものです。条件付きであるのかどうかはわたしたちが決めます。もし、受入れが政治的に好意的に見られ、2国間の関係に良い影響を与えるようであればそれは良いことです。
swissinfo.ch : 大臣は、ほかの難民の受け入れ規制は強化しようとしています。なぜでしょうか。
ヴィトマー・シュルンプフ : 一貫した政策をとりたいのです。スイスはほかの隣国と比較しも、近年非常に多くの難民の受け入れ申請が出されています。
swissinfo.ch : ヨーロッパ諸国の間では、難民受け入れの正当な配分が討議されています。イタリア、マルタ、ギリシャなどが正当配分を主張しています。大臣は賛成ですか?
ヴィトマー・シュルンプフ : スイスもその対象国になるということであれば、スイスの負担は確実に軽減するでしょう。
中長期的には、こうした配分制度を敷かなければならないと思います。スイス国内では、州の人口に比例した難民の受け入れ数の設定をしており、すでに配分制度の経験をしています。
swissinfo.ch : ミナレット( イスラム教寺院の塔 ) 禁止の動きについて伺います。今後、国民投票で決定されることになりますが、外国に対して、こうしたことがスイスでは可能であることをどう説明しますか。
ヴィトマー・シュルンプフ : それが直接民主主義です。国民が憲法改正のイニシアチブの是非を決める。たとえ、今回の例にあるような非常に難しいテーマであっても、スイスのこうしたシステムを私は支持します。
法律、基本法、憲法と国際法は常に緊張関係にあります。スイスでは国際法に抵触する場合はそのイニチアチブは無効になります。ミナレット禁止イニチアチブは国際法に違反するとは言い難い。この決定については討論する余地はありますが、直接民主主義の国で、実践の枠組みを単に変えることはできません。
swissinfo.ch : 議会で大臣は、国民を信じていると発言なさいました。
ヴィトマー・シュルンプフ : 州政治、連邦政治に関して、わたしは何年かの経験があります。それから言えることは、国民は客観的であり、一貫性を持って賛成か反対かを判断できる能力があるということです。
すでにさまざまな難しい問題が国民投票で問われてきました。私が望むのは、感情的になるのではなく冷静な判断です。
swissinfo : これとは別に感情的な討論となっているのが、事件の犯人捜しにインターネットで写真を公開することですが。これについての大臣のご意見は?
ヴィトマー・シュルンプフ : 容疑者の写真をインターネットで公開することについては、州の法律で定められています。一般的に言えば、容疑の根拠を明らかにできれば、公開可能になっています。わたしは、解決が難しい事件にのみ捜査にインターネットを使うべきだと思っています。理由は個人情報保護の観点からです。無罪と分かっても、その人のデータをインターネットから消すことが難しいためです。インターネットで公開されたことは、すべての人にアクセスが可能になりますから。 
swissinfo : 大臣としての権力には、連邦制度のスイスでは限りがあるのでは。
ヴィトマー・シュルンプフ : 各州政府も、限界があることについては高い認識があります。私たちも、州の責任者と討議をする予定です。連邦政府の強制をする必要もなく、州間の調整の道が模索されるでしょう。
ゲラルド・ホフマン、エヴァ・ヘールマン、swissinfo.ch 
( ドイツ語からの翻訳 佐藤夕美 )
posted by LMB at 05:04| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/24毎日 アフガン:米軍病院ルポ 終わり見えない生への戦い

アフガン:米軍病院ルポ 終わり見えない生への戦い
毎日 2009/6/24
http://mainichi.jp/select/world/news/20090624ddm007030062000c.html
アフガニスタンにある米軍最大の医療施設、バグラム病院を訪ねた。戦闘に巻き込まれた子供たちが運び込まれる一方で、心に傷を負った米兵たちがカウンセリングを求めていた。医療スタッフには、疲労の色がにじむ。終わりの見えない戦闘の中で、人々は「出口」を求めているようにも見えた。【バグラム米空軍基地(アフガニスタン)で大治朋子】
 ◇戦闘に巻き込まれた子ら、心に傷負った兵士…
 集中治療室のベッドに、ひときわ小さな体が横たわっていた。無数のチューブがつながれている。武装勢力の爆弾で腹部に多数の金属片を受けたが、命を取り留めた。「名前は確認できていません」と看護師が言った。
 車椅子を押しながら、リハビリに励む少年がいた。アジズ・ラハ君(10)。バグラム米空軍基地東方の自宅前で、武装勢力タリバンとアフガン軍の戦闘に巻き込まれ手足に銃弾を受けた。「アメリカ人は優しいよ」と笑顔で話す。だが、兄(22)は「治療はしてもらったが、米国を好きになったわけではない。タリバンも子供たちの遊び場に地雷を埋めるから嫌いだ」と語った。
 病院のベッド(32床)の大半は地元の住民で埋まっていた。1日平均7〜10人の患者が訪れるが、うち8割がアフガン人。その約半数が12歳以下の子供だという。女性のコディントン看護師(49)は「アフガンには十分な医療設備がない。退院した子供たちも、リハビリ治療などを受けられずにいるのではないかと思う」と話し、涙をこぼした。
 病院関係者の一人は「地元の人々の治療は親米感情を促し、武装勢力に関する情報収集にもつながる」と語る。
 米兵の入院患者は全体の2割。記者が訪れた日に入院中の兵士はいなかった。負傷した武装勢力のメンバーらも、毎月数人程度運び込まれるという。
 「戦闘ストレス・コントロール」との表札が掲げられた扉を開けると、待合室に米兵約10人が座っていた。心的外傷後ストレス障害(PTSD)などで米兵が毎月約300人訪れ、カウンセリングなどを受けている。対テロ戦争の長期化に伴い、4割近くの米兵が2回以上の従軍を経験している。女医のスミス中佐(48)は「複数回の配備は、兵士のストレス・レベルを高めている」と指摘した。
posted by LMB at 03:37| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

2009/6/23 HRW イラン:抗議者たちへの暴力的取締りが拡大

イラン:抗議者たちへの暴力的取締りが拡大
Human Rights Watch 2009/6/23
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/23-0#
(ニューヨーク)−6月12日のイランでの選挙結果をめぐる対立が続き、治安目的の弾圧が拡大する中、虐待で悪名高いイランの検察官サイード・モルタザヴィ(Saeed Mortazavi)が、逮捕された改革派指導者や党役員たちの捜査を担当している、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。強権的なイラン治安部隊が、選挙後の抗議運動を鎮圧しようと、既に1週間以上も弾圧を続けている。その中で、過去、拷問、違法逮捕、虚偽自白強要などの事件に関与してきたと見られるモルタザヴィが暗躍していることが明らかになった。
「イランは、改革派の抗議運動参加者に暴力的かつ恣意的な弾圧を行ない、既に幾人もの命を奪い、1,000人以上を逮捕した」、とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ局長サラ・リー・ウィットソンは述べた。「こうした弾圧事件の捜査をモルタザヴィ検察官が担当していることは、イラン当局が、改革派勢力に対し、捏造した容疑を強制しようとしていることを示している。」
6月19日、イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は、その説教の際、選挙結果に対する抗議運動は終結されねばならず、いかなる暴力の責任も改革派政治指導者にあると、強硬な意見を述べた。これを受けて、イランの治安部隊は、6月20日、民衆の抗議運動に対する大規模な弾圧を開始した。
特別機動隊、革命防衛隊、準軍事組織バシジなどが、首都テヘランをはじめとするイランの諸都市の全域に配置され、圧倒的な力を誇示、抗議運動参加者が集まるのを阻止するとともに、更なるデモを行おうとする人々のあらゆる試みに対し、直ちに暴力をもって対応している。そして、治安部隊と丸腰のデモ参加者たちが衝突した際、治安部隊は抗議者を散会させるため催涙ガスとゴム弾に加えて実弾を使用した、と目撃者たちは語る。
6月20日におきた治安部隊と抗議者たちとの衝突で、少なくとも10名が死亡、100名が負傷した。死亡者の中には、カルガル(Kargar)通りで抗議運動に居合わせて、胸を撃たれた哲学専攻の学生ネダ・アグハ-ソルタン(26歳、Neda Agha-Soltan)がいる。家族と目撃者たちによれば、銃撃が起きた時、アグハ-ソルタンは積極的に抗議運動をしていたわけではなかったそうである。アザディ(Azadi)広場での大きな抗議運動の現場から数キロ離れた所で、渋滞に巻き込まれ、個人所有の車から降りた直後だった。彼女が撃たれた近隣では、抗議者と治安部隊の激しい衝突はなかった、と多くの目撃者が語っている。
アグハ-ソルタンの死は携帯電話のビデオが捉え、世界中に流された。イラン政府は、検死も行わないまま、直ちに彼女を埋葬するよう家族に命じ、あらゆる追悼式を禁止した。
6月22日、武装機動隊とバイクに乗った多くのバシジ民兵が、テヘランのハフテ・ティル(Hafte Tir)広場をはじめとするテヘランの各地で、デモ参加者が街頭に出るのを阻止しようとした際、目撃者たちによると、さらなる逮捕が行なわれた。
丸腰の抗議者たちに対する射殺事件に対し、独立した調査を迅速に行なう必要がある。そして、命令を下した者をふくめ、殺害の責任者を訴追しなくてはならない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「6月20日、テヘランの街頭で何が起きたかを明らかにしなくてはならない。しかし、イラン政府は、それどころか、デモ参加者たちを殺害した治安部隊の責任を隠蔽することにかまけている」とウィットソンは語った。「イラン最高指導者が、治安部隊に対し、抗議運動を終結させるためなら、いかなる暴力を行使しても許されるという強いメッセージを送ったことは明確である。」
治安部隊は、政権に反対する改革派勢力を逮捕する全国的なキャンペーンも強めている。国営メディアによれば、日曜日の衝突の際、テヘランだけで少なくとも457名が逮捕されたそうであるが、全国で逮捕された者の数は数千に及ぶ、と改革派勢力は現在報告している。治安部隊が逮捕しているのは抗議運動に参加していた人々のみではない。主要な改革派政治家や聖職者、学生指導者、イラン人ジャーナリスト、ブロガー、改革派政党の役員たち、テヘランをはじめとする諸都市の人権弁護士と人権活動家への逮捕も続いているという情報をヒューマン・ライツ・ウォッチは入手している。
6月12日の選挙結果に対する対立が続く中で逮捕された3名の人々の家族たちと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは話をした。逮捕された人びとに対する捜査のチームを率いているのが、イスラム革命裁判所検察官でありテヘラン検事正でもあるモルタザヴィであることを、家族たちは確認した。ヒューマン・ライツ・ウォッチが以前行なった調査結果は、モルタザヴィが、拷問や違法拘留、虚偽自白強要など、重大な人権侵害に関与していることを示している。
2000年4月、当時公共裁判所1410支部の裁判官だったモルタザヴィは、政府に対する批判的意見が勢いを増していたのに対する弾圧の先頭に立った。そして、100以上の新聞と定期刊行物の閉鎖を命令。2003年6月、イラン系カナダ人のフォトジャーナリスト ザフラ・カゼミ(Zahra Kazemi)は、司法当局と治安当局により収監されている間に、死亡。その統括をしていたのがモルタザヴィだった。ザフラ・カゼミの遺族の弁護士たちは、遺体には頭部への打撃などの拷問の跡があったこと、そして、モルタザヴィが彼女を直接尋問していた、と主張している。
2004年、モルタザヴィは20名以上のブロガーとジャーナリストの恣意的逮捕を指揮し、秘密刑務所に同人たちを拘禁。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、モルタザヴィが、拘束中の人々に対し、長期間の隔離拘禁、虚偽自白強要などの虐待に関与している事実を明らかにした。後に、虚偽自白への署名がテレビカメラの前で繰り返された。
「今回のテヘランでの弾圧事件で、サイード・モルタザヴィが重要な役割をまかされたとう事実は、彼の経歴を知るすべての人びとの懸念を掻き立てるであろう」とウィットソンは述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが連絡を取った家族たちによると、逮捕された多くの人びとは、弁護士や家族の面会も許されず、正式な容疑も知らされないまま、隔離拘禁されている模様。正式な容疑事実の告知がなされていないことは、イランにも適用される国際人権法が、逮捕された者に「速やかに」容疑を知らせることを義務付けていることに違反している。多くの政治犯が収監されているテヘランのエヴィン(Evin)刑務所で、収容された人々と家族との間で通常は許されている制限つきの連絡通信さえも遮断されている、と逮捕者の家族たちは報告している。国連の拘禁に関する諸原則は、すべての拘束された人々が、逮捕の事実及び拘禁されている場所を家族に知らせる権利(又は適切な機関に家族への告知を求める権利)を有することを明らかにするとともに、拘禁された人びとが、弁護人と接見して相談をする権利を有することも明らかにしている。
逮捕された改革派の人物の息子は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに以下のとおり語った:
「イラン政府は、有名な改革派の人物、とりわけイスラム共和モジャヘディン党(Mojahedin of the Islamic Republic Party)のメンバーを即座に逮捕した。この事実は、イラン政府によって選挙前から計画されていた事を示すとともに、当局は逮捕の口実として選挙後の混乱を利用したのだということも明らかにしている。私たちは、イラン政府が、逮捕した人々に、抗議運動での指導的役割を担ったと自白する調書への強制的な署名をさせるのではないかととても心配している。」
逮捕された人びとの多くは、改革派大統領候補たちの戦略担当者や選挙運動担当として著名な人びとだった。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査をした事件の1つは、ミル・フセイン・ムサビ(Mir Hussein Mousav)選挙運動のテヘランの青年部門のリーダーの1人であるアミル・フセイン・シェムシャディ(Amir Hussein Shemshadi)に対する6月15日の逮捕だ。父親によれば、彼は、逮捕以来、隔離拘禁されている模様。
「8日前に逮捕されて以来、息子から、電話も、何の連絡もないんです。私たちは息子が何処にいるのかもわかりません。私たちの質問には誰も答えてくれません。いつ息子を逮捕したのか?私たちには何の令状も見せてくれないし、息子のやった犯罪が何なのかも言ってくれません。私はたくさんの刑務所や拘置所を訪ねました。でも、息子は何処にもいませんでした。」
6月13日に逮捕されたある改革派の指導的な人物の妻は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、逮捕されて以来、夫と話をできていないし、弁護士も夫と面会できていない、と語った。夫が、捏造された容疑を自白させられるのではないかと心配だ、と彼女はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。
「今回の事態で政府が行なった行為を役割を正当化するため、イラン政府は、混乱の責任を負わせる人間を常に探し回っているの。だから、イラン政府は、私たちの家族に、無理強いを続けているのよ。[イランで]刑務所に行ったことがある人ならみんな、自白しろって無理強いされた経験がある。夫は『もし僕が逮捕されたら、拘束中に僕が何を言おうと、君はそれを真に受けてはいけないよ、だって僕は無理強いされているんだから』て言っていたわ。裁判官は私に、『ここにいる連中は暴動の原因で、連中に対する証拠を精査しているところだ』って言ったわ。私は裁判官に『それは違うわ。あなたは、逮捕した人たちの事件をでっち上げているのに忙しいのよ』って言ってやったわ。」
イラン政府は、これまでも、しばしば、政府を批判する者や政治的なライバルを、捏造された犯罪容疑で刑務所送りにしてきた。今回の弾圧の際に逮捕された人々のうち相当数が、以前にもイラン政府によって刑務所行きにされた経験を有している。
イラン政府は、自分たちが行なっている弾圧への関心を逸らす目的で、イランの「テロリスト」が暴力行為を行なっていると組織的に喧伝している。こうしたイランの「テロリスト」を、イランの不安定化を狙う外国勢力が支援している、というのである。
イランのメヌチェフル・モッタキ外相は、テヘランで、諸外国の外交官に向けてスピーチを行ない、「選挙に先立って洪水のように流入した英国情報機関員」が、選挙後のイランを不安定化しようとする陰謀を企てた、と非難した。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は、6月19日、抗議運動の終結を要求する金曜日の説教の中で、改革派政治家を恫喝するとともに、抗議運動の責任が外交官たちにあると非難した。
「全ての紳士諸君(改革派候補者)、全ての兄弟そして友人に助言申し上げる。敵の手をよく監視するように。彼らは私たちを待ち伏せる、外交官というマスクをかなぐりすてた、飢えた狼なのです。見くびってはなりません。私は、他国の外交官がこの数日間マスクを脱ぎ捨て、正体(意図)を表してきている、と皆さんに申し上げているのです。その中で最も邪悪なる者たちは英国政府です。」
改革派指導者に対する逮捕と脅迫が急増する現状を前に、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、治安部隊が、逮捕された人々に、改革派指導者に関する虚偽自白を強要するであろうと懸念している。イラン当局の高官たちは、既に、改革派のムサビ大統領候補に、刑事犯罪容疑を掛けると恫喝している。アリ・シャフロキー(Ali Shahrokhi)議会司法委員会委員長は以下のように言明した。
「ムサビは違法な抗議運動を呼びかけ、挑発的な発言を行なっているが、それはイランにおける先頃の騒乱の源泉となっている。そのような犯罪行為は厳しく対処されるべきである。ムサビを法的に追い詰める素地は固まった。」
「イラン政府は、抗議をしている人びとに治安部隊をけし掛け、抗議運動をピタリと止めようと意図している」とウィットソンは述べた。「しかし、激しい暴力と大量逮捕は最初の1歩に過ぎない。その次には、容疑を捏造していくことが予想される。」
posted by LMB at 20:49| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/23 HRW マレーシア:スーチー氏の誕生日を祝ったビルマ人を釈放せよ

マレーシア:スーチー氏の誕生日を祝ったビルマ人を釈放せよ
Human Rights Watch 2009/6/23
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/23
(ニューヨーク) - マレーシア・スランゴール州プタリンジャヤ市では、2009年6月19日にビルマ民主化指導者アウンサンスーチー氏の64回目の誕生日を静かに祝ったビルマ人庇護希望者が、現在も身柄を拘束されている。「警察当局は彼らを釈放すべきである」ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日(6月23日)このように述べた。
「マレーシア当局は、アウンサンスーチー氏の誕生日を祝う平和的な行事を取り締まることで、まさに物笑いの種になっている」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレーン・ピアソンは述べた。「祖国の民主化を要求していたビルマ人庇護希望者を拘束することで、マレーシア政府は、ビルマを専制的に支配する軍政幹部への支持を宣伝してしまったのだ。」
スーチー氏に対する恣意的な身柄の拘束を非難するとともに、同氏を被告としてラングーンで行なわれている裁判を非難することを目的として世界各地で集会が行われた。マレーシアで予定されていた集会もその一つだった。ノーベル賞受賞者であるスーチー氏は、過去20年のうちの14年間、自由を剥奪された状態に置かれている。
マレーシア当局は、この誕生日祝賀行事の際に、参加者たちを監視したり脅迫しただけでなく、逮捕まで行なった。こうしたマレーシア政府の行為は、表現の自由や非暴力の集会を行う権利を侵害するものだ。当日のイベントは、マレーシア野党連合Pakatan Rakyatとプタリンジャヤ市評議会が祝賀会を共催。イベント内容は、マレーシア人とビルマ人の参加者による出し物などが中心となっていた。午後7時頃から、制服と私服両方の警察官が、公園内で会場準備を行う主催者側の様子や、参加者が集まってくる様子を、ビデオと写真に収めていた。また、マレーシア人やビルマ人の参加者に尋問をする警察官の姿もあった。
参加団体側は、規制について警察と再三にわたって話し合おうとしたが、警察側はこの申し出を完全に拒否。現場責任者の名前すら明かさなかった。警察は、公園に通じるすべての道を封鎖した。総勢100人以上の警官と機動隊が、約50人が参加した今回のイベントに対処するために配置された。
午後9時頃、警察は、祝賀行事に参加するために会場にやってきたビルマ人16人を出入国管理法違反容疑で逮捕した。だが、当初は、「警備上の問題」と「集会の違法性」を理由として挙げていた。この逮捕劇を受け、主催者側は行事を中止した。
逮捕された16人のうち2人は在留資格があったために釈放された。現在も拘束されている14人のうち9人は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発給した証明書を所持していたが、難民認定審査が終了していない人もいる。その他の5人はUNHCRに登録されていない。
アルジュナイディ・モハメド・プタリンジャヤ市警察本部長は報道機関に対し、拘束されているビルマ人は入国管理局に移送されたと述べた。入管への移送は強制送還につながる長いプロセスの第一歩だ。6月22日の時点で、14人全員が警察に身柄を拘束されたままだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチは当局に対し、逮捕された人々全員(UNHCR未登録者も含む)への完全なアクセスをUNHCRに許可するよう求めた。
難民と庇護希望者の拘束は、UNHCR執行委員会(ExCom)が確立した基準に反する。難民および庇護希望者の拘束に関する1986年のUNHCR執行委員会結論第44号(XXXVII)は「拘束は、随伴する苦痛に鑑みて、通常は回避されるべきであるという意見を表明」している。そして「必要な場合、拘束は、身元を確認し、難民の地位もしくは庇護の申請の基礎となる要素を確定し、難民もしくは庇護希望者が庇護を申請しようと意図する国の機関の判断を誤らせる目的で旅行および/もしくは身分証明書を破棄しもしくは不真正文書を使用した場合に対処し、または、国の安全もしくは公の秩序を保護するために、法律で定められた理由にもとづいてのみ行うことができる」と述べている。執行委員会の結論は法的な拘束力を持たないが、執行委員会参加国の同意に基づいて採択されたものであり、国際社会の見解を広く反映したものとして、説得的な権威を有している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、難民と庇護希望者に対するマレーシア政府の処遇をこれまでも何度も非難してきた。難民や庇護希望者たちは、非正規滞在者と同様、いかなる時にも逮捕される可能性がある。また、国際的な保護の必要性に対する十分なスクリーニングの対象とならずに送還されることも多い。収容された人々は劣悪な環境に苦しみ、様々な権利を侵害されている。鞭打ちなどの物理的暴力や虐待、過密収容、粗末な食事、不十分な水、医療に対する不十分なアクセスなどの問題が存在する。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、拘束されているビルマ人が、その生命や自由が脅かされかねないいかなる場所にも絶対に送還されるべきではないと述べた。例えばマレーシア・タイ国境では、人身売買や組織犯罪から更なる脅威を被る恐れがある。国境地帯に送還されたビルマ人のうち、資力がある人たちは、密入国業者や人身売買業者を使ってマレーシアに再び戻ってくるケースも多い。しかし資力がなければ、タイの漁船やプランテーション、売春施設に売られることになる。6月16日に米国国務省が発表した『2009年人身売買報告書』は、マレーシアを一番下の第3階層に格下げし、国境でのビルマ人の人身売買に関して懸念を表明した。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、マレーシア政府に対し、主要な国際人権条約のうち、特に1951年の難民の地位に関する条約と1967年の議定書、1990年の全ての移民労働者とその家族の権利保護に関する国際条約を批准するよう重ねて求めた。昨年2月にジュネーブで開かれた国連人権理事会では、マレーシアに関する普遍的定期審査(UPR)が行なわれた。その際、複数の理事国がマレーシア政府は難民条約を批准すべきという勧告を行ったが、政府側はこれを拒絶した。
「マレーシア政府が移住者と難民にひどい扱いをしてきたのは公然の秘密となっている。同国政府が新たなスタートを切る1つの方法は、同国内で祖国の民主化を求めるビルマ人の処遇を改善することにある」、とピアソンは述べた。
posted by LMB at 20:42| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

2009/6/19 MSF バングラデシュ:容認しがたい虐待を受けるロヒンギャ難民

バングラデシュ:容認しがたい虐待を受けるロヒンギャ難民
国境なき医師団 2009/6/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1866.php
クトゥパロン仮設難民キャンプにおける強制退去、脅迫そして虐待
バングラデシュのクトゥパロン仮設難民キャンプには、ミャンマーから逃れてきたイスラム系少数民族であるロヒンギャ人数千人が身を寄せている。彼らは難民登録を受けられないまま、現地当局により脅迫や迫害を受けた上、避難所の撤去を迫られている。国境なき医師団(MSF)は数多くの負傷者の治療を行っており、その多くは女性と子どもである。さらに、MSFは破壊された無数の家を目撃しており、人びとからは、避難所を撤去しなければ当局が破壊するとの警告を受けたとの報告を多く受けている。
難民キャンプで暮らす住民は語る。「私が仕事に行って帰ってきたとき、住まいは完全に壊されていました。視察官がそこに1人、9人か10人の人と一緒にいました。私はどうして家が壊されたのかを訊きました。彼らはカッターナイフを見せて、『何か話すなら、切りつけるぞ』と言いました。」
現在までに推計2万5千人のロヒンギャ人が、難民認定と援助を求めてクトゥパロン仮設難民キャンプに身を寄せている。しかし、彼らはバングラデシュ政府と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が支援する公設キャンプ(注1)の隣には住めないと言い渡された。さらに、隣にあるバングラデシュ環境森林省森林局が管理する土地に合法的に住むこともできない。ロヒンギャ人らは行き場もなく、基本的なニーズを満たすすべもない。難民キャンプで暮らす別の住民は語る。「移動することが出来ません。薪を集めに行けば逮捕されます。水を汲みに行こうとすれば殴られます。もし家が移動されたら、私たちはどこで暮らせば良いのでしょうか?」
2009年3月、MSFは国内にあるこれらの仮設難民キャンプ内で暮らす人びとが急増している事態を受けて、調査を実施した。推定2万人が劣悪な状況で生活しており、全急性栄養失調率(注2)は緊急状態を示す値を超えていた。食糧不足は90%に達し、水・衛生状態は劣悪で、援助もなかった。
クトゥパロン仮設難民キャンプにおけるMSFのプログラム・コーディネーター、ジェンマ・デーヴィスは語る。「人びとがこのような脆弱な状況にあるときに追い出すなど、あってはならないことです。」
MSFは直ちに重度の栄養失調児の治療にあたり、基礎医療の提供や水源と廃棄物処理施設の改善を行った。
デーヴィスは語る。「プログラム開始から4週間経たないうちに、私たちの栄養治療プログラムで治療を開始した子どもたちの数は千人にのぼりました。雨季が始まったことで水・衛生設備の状況は更に悪化し、伝染性疾患が流行する危険性が高まっています。キャンプの人びとは最も基礎的なサービスすらほとんど受けられず、恐怖の中で避難を余儀なくされ、帰るところもありません。状況は悲惨です。」
残念ながらこのような切羽詰った状況は、ミャンマーで市民権を剥奪され、迫害や差別を受けてきたイスラム系少数民族のロヒンギャ人にとって目新しいものではない。過去20年にわたって数十万人が家を捨てて逃げ、海外に避難した。しかし、難民として認定を得た人はその一部である。ロヒンギャ人の多くは難民として認定されず、援助を受けることもないまま、バングラデシュやタイといった国々で必死に生き延びている。
ロヒンギャ人にとって根本的な解決策が取られることは、長い間苦しみ続けている彼らの健康と尊厳を回復するため、難民として保護を求める国だけでなくその出身国ミャンマーにおいてなされなければならない。
MSFは1992年以来、バングラデシュで援助活動を行ってきた。最近ではチッタゴン丘陵地帯における基礎医療プログラムの開設、サイクロン「アイラ」の被災者救援、クトゥパロン仮設難民キャンプ内にいるロヒンギャ人への緊急援助活動を行ってきた。これらのプログラムでは人も受け入れを行っている。
(注1)クトゥパロンには、公設難民キャンプと非公認キャンプの両方がある。公設キャンプには、難民認定を受けた人しか滞在できない。
(注2)全急性栄養失調とは、ある集団における中程度および重度の急性栄養失調患者の数を合わせたものを指す。
----------------------------------------------------------------
6月20日は「世界難民の日」
MSFは、バングラデシュ、ベルギー、中央アフリカ共和国、チャド、コロンビア、コンゴ民主共和国、フランス、グルジア、ギリシャ、インド、イラン、イタリア、コートジボワール、ケニア、マルタ、モロッコ、パキスタン、パレスチナ、ソマリア、南アフリカ共和国、スリランカ、スーダン、スイス、タイ、ウガンダ、イエメン、ジンバブエの27の国・地域で、難民、国内避難民、移民および彼らを受け入れている社会への援助活動を展開しています(2008年現在)。
posted by LMB at 20:39| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/19 UNHCR 世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける

世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける
UNHCR 2009/6/19
http://www.unhcr.or.jp/news/2009/090619.html
UNHCRワシントン, DC(18日)発:
アメリカでの6月20日世界難民の日に向けた記念イベントで、UNHCR親善大使アンジェリーナ・ジョリーはアントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官とともに、世界中の何百万もの紛争によって家を 追われた人々を重荷としてではなく、可能性ある授かり物としてとらえるよう訴えた。
アメリカ人として、「多様性は我が国に力をもたらした。その我が国が今や難民や移民の受け入れに批判的である。今こそ難民が重荷とされない世界を目指さなければならない。彼らは苦境を乗り越えてきた人々であり、受け入れ先にもたらす影響は大きい」彼女は述べた。
「今までに私が会い、時間を共にした難民の人々は私の人生を大きく変えた」とジョリーは加えた。「今、ここに深く感謝したい」
posted by LMB at 20:26| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

2009/6/22毎日 訪ねたい:銀幕有情 ホテル・ルワンダ(ルワンダ・キガリ)

訪ねたい:銀幕有情 ホテル・ルワンダ(ルワンダ・キガリ)
毎日 2009/6/22
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20090622dde012070007000c.html#
◇憎しみから許しへ
 連なる丘の稜線(りょうせん)を朝もやが包む。静かで美しいと思う。アフリカ中部ルワンダの首都キガリ。この国に悲劇のイメージしか持てなかったのは、他でもない。映画「ホテル・ルワンダ」を見たためだった。旧宗主国ベルギーの統治時代にさかのぼるツチ系住民とフツ系住民の区別は62年の独立以降も深いしこりを残したまま、94年の大虐殺につながっていった。
 06年11月に会ったカガメ大統領は「変わりゆくルワンダの姿を現地で感じてほしい」と語った。ルワンダは今、安定した経済成長を続けている。犯罪や汚職は減り、アフリカの「模範国」と言われるほど順調に再建への道を歩んでいる。確かに先入観を覆す“良い国”だった。しかし、市民と対話を重ねるごとに、逃れられない虐殺の体験や記憶をおもんばかることになった。
 94年4月、フツ系ハビャリマナ大統領の搭乗機が撃墜された。政府軍の指揮下、「インテラハムウェ」と呼ばれるフツ系過激派民兵は、責任の矛先をツチ系住民やフツ系穏健派に向け、虐殺を始めた。7月までの約100日間の犠牲者は80万〜100万人。毎分5人以上が殺された計算だ。キガリ北部の「虐殺記念館」はその過程を教えてくれる。
 映画の舞台となった「オテル・デ・ミル・コリン」(千の丘のホテル)はキガリ中心部にあった。だが、映画の面影は全く無い。当然だった。隣人同士が殺す側と殺される側に分かれた社会の構図は、現在もほぼ当時のまま存在している。和解を掲げる今、誰もがくつろげるホテルの空間に虐殺の証しは不要だからだ。
 中庭のテラスで、輸出量が伸びるこの国の紅茶を飲む。流れるキース・ジャレットのジャズの名盤「ザ・ケルン・コンサート」の抑揚が、波乱に富む現代史と重なるように響いた。
 彩る緑の木々はすべて見ていたのだろうか。近くの坂の途中に立ち、マシェーテ(山刀)やマス(くぎを埋め込んだこん棒)を手に坂道を駆け上がる民兵集団を想像してみた。
 国連部隊が駐留したミル・コリンはツチ系住民が命をつないだキガリで唯一の場所だった。だが、94年4月に部隊のベルギー兵10人が殺害されると、国連安保理は要員の9割削減を決議する。ルワンダは国際社会に置き去りにされた。
 キリスト教徒が8割を超すルワンダでは虐殺時、多くの市民が教会に救いを求めた。キガリ郊外のニャマタ教会。クリスマスに生まれた一人の若者に会った。
 94年4月7日、9歳だったムガベ・チャールズさん(24)は家族と共にこの教会に逃げ込んだ。屋内に約2000人。外にも避難民があふれていた。振り下ろされるマシェーテ、悲鳴……。重なる遺体と血だまりの中、床の排水溝に頭を入れて息を殺した。
 「死んだふりをしたのです。丸1日後、空腹に耐え切れず立ち上がりました。でも……」。ムガベさんは隠れた場所を指さしたまま言葉を詰まらせた。この時、生き残ったのは数人。両親や4人の兄弟姉妹はすべて殺害された。教会は「ホテル・ルワンダ」にはなり得なかった。記憶をとどめるため、教会には血のりの残る犠牲者の衣類が重なるように保管されていた。
 大虐殺から15年。ルワンダ市民は虐殺時のエピソードが「憎しみ」につながらぬよう、努めて慎重に語る。何度も耳にした言葉があった。ムガベさんもそう告げた。「大切なのは、許しです」と。【キガリで高尾具成】
 ◇再生目指す「千の丘の国」
 多くの山々に囲まれ、「千の丘の国」と形容されるルワンダ。四国の約1.4倍の面積があり、国土の大半は丘陵地の内陸国だ。キブ湖など七つの湖と五つの火山、ナイルの水源ニャバロンゴ川を有する。62年に独立。03年就任のカガメ大統領は、IT立国化による「アフリカのシンガポール」を目指し、発展と国家再生を続ける。
 北部のボルカン国立公園は世界に約700頭しかいないと言われるマウンテンゴリラの生息地で、08年の観光収入は前年比で55%増加した。豊富な降水量に恵まれ、良質なコーヒー、紅茶の産地としても世界的な評価が高まっている。
◇1200人の命救ったホテルマン−−06年公開
 94年、アフリカ・ルワンダでの大虐殺(ジェノサイド)の渦中に1200人以上の命を救ったホテル支配人を中心にした実話の映画化。約100日間に80万人(100万人とも言われる)が惨殺された事件を分かりやすく、家族愛の物語としても描いた。大国の無関心や国連平和維持軍司令官のジレンマなど、悲劇を回避できなかった経緯も語られる。

 ルワンダでは、多数派のフツ族と少数派のツチ族との対立をあおる放送が続いていた。フツ族の大統領をツチ族が暗殺したという情報が流れ、「ツチを根絶しろ」と悲劇が一斉に始まる。ホテル支配人のポール(ドン・チードル)はわいろや機知、人間関係を駆使して、助けを求めてきたツチ族をかくまう。西側諸国は惨状を事実上無視し、国連からも見捨てられていく。
 海外での評価は高かったが、日本では買い付け価格の高騰や深刻なテーマから配給が決まらなかった。しかし映画ファンのネットでの署名運動がきっかけになり、東京・渋谷に次いで全国各都市で公開された。テリー・ジョージ監督。2時間2分。2004年作品。インターフィルムからプレミアム・エディションDVD(税込み4935円)発売中。【鈴木隆】
posted by LMB at 15:12| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/22毎日 グッド・イブニングAmerica:言葉をつなぐ人々=大治朋子

グッド・イブニングAmerica:言葉をつなぐ人々=大治朋子
毎日 2009/6/22
http://mainichi.jp/select/opinion/ooji/news/20090622dde012070029000c.html
「僕の顔は撮らないで」。アフガニスタン人男性、ミラッシュさん(23)がカメラを持った私にささやいた。アフガン北部のバグラン米空軍基地にある米軍病院で取材していた時のこと。ミラッシュさんは地元の言葉と英語で、アフガン人の患者と米国人医師らとの会話をつなぐ通訳をしていた。「ここで働いていることは、家族以外には秘密だから」。地元の反米感情や武装組織による報復を恐れているのだ。
 病院にはミラッシュさんのようなアフガン人通訳が24時間態勢で控えている。本来は米兵のための病院だが、地元市民の入院患者も少なくない。戦闘に巻き込まれて負傷し、「医療費が無料」と聞いて訪ねてきた人。重傷で地元の病院から転送されてきた人など、ルートはさまざまだ。
 ミラッシュさんは半年前にこの仕事を始めたが、「あと半年でやめるつもり」という。1年間続けると、米国の大学への留学と、特別な学費ローンに申し込む権利が与えられるからだ。コンピューター科学に興味があり、米国で学んで、いずれは「アフガンの発展に生かしたい」という。アフガンでは多くの人々が米軍の空爆で死傷している。米軍病院での勤務が地元に知られれば家族をも危険にさらしかねないが、「アフガン人患者の治療の手助けをしているのだ」という思いで、複雑な心境を支えているという。
 女性の通訳もいた。ヌリアさん(50)はカブール生まれのアフガン人。30年前、家族と共に米国に移り住んだ。この仕事のため、今年初めからカリフォルニア州に住む夫や5人の子供とは離れ離れの生活だが、「お金をためて早く帰るつもり」。娘たちが大学に通い、学費のためだという。米国では安売りスーパーに勤めていたが、最近、体力的に厳しくなった。かといって不況で他に仕事はない。詳細を話さないように言われているのか通訳の給与の額を聞くと口ごもったが、スーパーの店員よりは高給だという。だが12時間シフトで週休1日の勤務は、容易ではない。しかも戦闘に巻き込まれて負傷した地元の子供たちを見るたびに、アフガン生まれの一人の母親として「いいようのない悲しい気持ちになる」。気分は沈みがちだ。
 基地にあるテレビもない小さな部屋で暮らしている。今日も悲しい現実を見るのか。毎朝そんな思いがよぎるが、「ここまで来た以上、他に選択肢はない」。自分に「生きるため」と言い聞かせる日々だという。(北米総局)
posted by LMB at 12:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

2009/6/21毎日 街角:ミンダナオ 穏やかな彼が戦場へ

街角:ミンダナオ 穏やかな彼が戦場へ
毎日 2009/6/21
http://mainichi.jp/select/world/news/20090621ddm007070104000c.html
「彼は戦場に行ってしまった」。フィリピン南部ミンダナオのコタバト市に住むイスラム教徒の青年(30)が沈んだ声で話した。「彼」とは、イスラム反政府組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」の元兵士(20)で、昨年5月、同市を訪れた際、この青年が紹介してくれた。
 ミンダナオでは昨年8月以降、MILFの一部部隊と、国軍の戦闘が激化している。元兵士は昨年10月、戦場に向かったままだという。
 元兵士と会った当時は、国軍との衝突はほとんどなかった。「平和」という言葉を何度も使い、古着を売って生活費を稼いでいることや、家族との暮らしを楽しんでいることを話してくれた。「生活は苦しいけど、もう銃は持ちたくない。嫁さん探しもあるし」と笑っていた。食事に誘った際、遠慮して、なかなか注文をしようとしない姿にも親近感を持った。
 戦闘の激化で、戦火は一般住民にもおよび、避難民の数は約25万人に上っている。青年によると、イスラム教徒の避難民も多く、元兵士の親類や友人も家を失ったという。元兵士は人伝えに戦闘や避難民の様子を聞くたび、無口になっていったという。
 「人を殺すことになるから行くな」「いや同胞を守るためだ」……。2人の間で、こんなやり取りを何日も繰り返した後、元兵士の姿が町から消えた。
 「説得できなかった……」と話し、しばらく黙り込んだ青年は、こう聞いてきた。「あなたなら、止めることができますか」。答えが見つからなかった。【矢野純一】
posted by LMB at 07:36| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/20読売 20日は「世界難民の日」…国連大学でイベント

20日は「世界難民の日」…国連大学でイベント
読売 2009/6/20
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090620-OYT1T00735.htm?from=main6
難民の保護と援助への関心を高めることを目的にした「世界難民の日」の20日、世界の難民の現状を紹介するイベントが東京・渋谷の国連大学で開かれ、難民キャンプで使われるテントでの生活体験や、日本在住のミャンマー、パキスタン難民らによる伝統の踊りや歌が披露された。
 国連難民高等弁務官事務所によると、世界の難民・国内避難民は昨年末で約4200万人。今年に入り増加傾向にあるという。
 ミャンマー難民でカチン族のラビャ・ラトゥイさん(46)は「身近にいる私たちのことを知ってほしい」と話した。
posted by LMB at 07:28| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

2009/6/20毎日 コンゴ民主共和国:建設現場で生まれた「希望」 家もキャンプも追われ

コンゴ民主共和国:建設現場で生まれた「希望」 家もキャンプも追われ
毎日 2009/6/20
http://mainichi.jp/select/world/news/20090620ddm041030109000c.html#
◇5家族身寄せるアパート
 【ビンゴンベ(コンゴ民主共和国東部)田中龍士】コンゴ民主共和国のアパート建設現場で、イボン・タバレーシャさん(33)は昨年のクリスマスに男児を出産した。戦禍で家を追われ、移り住んだ避難民キャンプも襲撃に遭遇。避難生活を送る夫婦は、男児に「バハティ」(スワヒリ語で「希望」の意味)と名付けた。
 北キブ州主要都市ゴマ郊外のビンゴンベで建設が進むアパートには、タバレーシャさん一家や、夫と生き別れたカクル・ファイダさん(40)ら5家族25人が身を寄せている。
 タバレーシャさんは約1年前、北キブ州ルチュル地区ブザンザの自宅が武装グループの襲撃に遭い、夫や子どもと同地区キワンジャの避難民キャンプに移った。しかし、昨年10月、キャンプでも、武装グループによる襲撃があり、再び避難を余儀なくされた。
 アパートは、オーナーのバギラキッゾ・ジャンクロードさん(46)が、周辺で野宿する人たちを見かねて「完成するまでなら」と提供している。5人で暮らすタバレーシャさんは、バハティちゃんを抱きしめて「奇跡だ」と感謝する。
    ◇
 「世界難民の日」は00年、「OAU(アフリカ統一機構)難民条約」発効を記念した「アフリカ難民の日」を改め、国連総会で制定された。
 コンゴ民主共和国の隣国ルワンダで94年に起きた大虐殺をきっかけに周辺国を巻き込んで起きた地域紛争では、98年8月から約9年間で540万人が命を落としたと推計される。コンゴ民主共和国では02年に武装グループとの和平協定調印にこぎつけたが、現在も東部を中心に紛争や略奪、レイプが横行している。
 ◇海外難民救援金を募集
 災害や戦争、貧困などで苦しむ子どもたちを支援する海外難民救援金を募集しています。郵便振替または現金書留で送金いただくか、直接ご持参ください。なお、お名前・金額などを紙面に掲載しますので「匿名希望」の方はその旨を明記してください。〒100−8051 東京都千代田区一ツ橋1の1の1 毎日新聞東京社会事業団「海外難民救援金」係(郵便振替00120・0・76498)
posted by LMB at 14:27| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/20毎日 コンゴ民主共和国:紛争の傷跡、今も−−きょう世界難民の日

コンゴ民主共和国:紛争の傷跡、今も−−きょう世界難民の日
毎日 2009/6/20
http://mainichi.jp/select/world/news/20090620ddm001040021000c.html#
【ビンゴンベ(コンゴ民主共和国東部)田中龍士】「落ち着いて暮らせる住まいがほしい」。カクル・ファイダさん(40)=写真(右から2人目)・森田剛史撮影=はアパート建設現場で、子ども7人と暮らす。20日は「世界難民の日」。
 隣国ルワンダ共和国の大虐殺(94年)を機に起きた地域紛争の死者は第二次大戦以降の紛争の中で最多で、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の国内避難民も東部2州だけで143万人という。
 ファイダさんも約1年前、自宅を武装グループに襲われ、故郷を離れた。間もなく娘のネイマちゃん(1)が生まれたが、夫(35)とは生き別れた。
 建設現場には5家族が身を寄せるが、アパートは来年6月には完成予定。ファイダさんは「ここにいられるのもあとわずか。どこへ行ったらいいのか」と首を振った。
posted by LMB at 14:24| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/20 AFP 世界の飢餓人口10億人超える、農業投資拡大を FAO


【6月20日 AFP】国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization、FAO)は19日、世界的な金融危機と食糧価格上昇の影響で、世界の慢性的な栄養不足の人の数が前年から1億人以上増え、過去最高の約10億2000万人になると予測した報告書を発表した。
 アジア太平洋地域で6億4200万人、アフリカ大陸のサハラ砂漠以南で2億6500万人、ラテンアメリカとカリブ海地域で5300万人、中東と北アフリカで5200万人だとしている。うち途上国の栄養不足の人は1500万人だという。この報告書では栄養不足の人の数は2009年に11%増加すると予測されている。
 記者会見したFAOのジャック・ディウフ(Jacques Diouf)事務局長は、1年間の増加幅としては過去最悪で、人類の6人に1人は十分な食糧を得ることができていないと述べた。
 また7月にイタリアで主要8か国(G8)首脳会議が開かれることをふまえ、ディウフ事務局長は食糧安全保障は世界的に緊急にとりくむべき政治の問題だと指摘し、農業部門への投資拡大を訴えた。
 記者会見に同席した世界食糧計画(World Food Programme、WFP)のジョゼット・シーラン(Josette Sheeran)事務局長は、過去2年間に食糧不足が原因でいくつかの途上国で発生した発生した暴動について語り、「空腹な世界は危険な世界だ」と警鐘を鳴らした。(c)AFP
posted by LMB at 12:38| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

2009/6/17 MSF イエメン、ラゼ行政区における紛争:負傷者41人が治療を受ける

イエメン、ラゼ行政区における紛争:負傷者41人が治療を受ける
国境なき医師団 2009/6/17
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1860.php
5月初旬以来、イエメン北部では政府軍とフーシ師率いる反政府武装集団との間で戦闘が再燃している。国境なき医師団(MSF)は負傷者41人をラゼ病院で治療した。
--------------------------------------------------------------------------------
5月初旬以来、北部イエメンのラゼでは、政府軍と宗教的な要求を掲げたフーシ師率いる反政府武装集団との間でほぼ毎日のように衝突が起きている。
これまでのところ、MSFはラゼの市営病院において活動を継続することができ、これまでに負傷者41人を治療した。負傷者のほとんどは民間人(男性22人、女性9人、子ども6人)であり、うち6人はMSFチームが容態を安定させた後、地方の拠点病院に移送した。他方、病院での通常の活動(緊急治療部門、入院、母子保健、栄養治療)は、病院の近くで戦闘が起き、患者が病院に近づきずらくなっているため、しだいに低下している。
治安は大幅に悪化している。5月初旬以降、流れ弾が病院にあたったり、砲弾が病院やMSFスタッフの宿舎近くに落ちた事件が数回起きており、医療スタッフの安全が脅威にさらされている。それでも、MSFの外国人派遣スタッフであるプログラム・コーディネーターを含む小人数のチームは病院にとどまっている。
アル・タール地方では、今のところ戦闘は起きておらず、現地スタッフとMSFの外国人派遣スタッフが病院にとどまり、特に外科チームの支援を受けながら活動を続けている。
MSFは2007年9月以降、イエメン北部のサアダ州で活動を行っており、2004年に始まった政府軍とフーシ師率いる反政府武装集団との間の闘争で被害を受けた人びとに医療ケアを提供している。MSFはラゼ病院とアル・タール病院で活動し、また周辺の複数の町でも一次医療の提供、拠点病院の支援を行っている。
posted by LMB at 10:00| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/17 UNHCR アンジェリーナ・ジョリー、難民の現状伝えるビデオを公開

アンジェリーナ・ジョリー、難民の現状伝えるビデオを公開
UNHCR 2009/6/17
http://www.unhcr.or.jp/news/2009/090617.html
UNHCR親善大使、アンジェリーナ・ジョリーが今週、6月20日の世界難民の日に向けてメッセージビデオを公開した。 この30秒のビデオは、アンジェリーナ・ジョリーとUNHCRが共同制作したもので、世界中の難民、紛争を逃れた人々の映像を紹介している。世界中の何百万人もの人が視聴すると、見込まれている。
映像はテレビ放映されるほか、1日13万人が利用するアムステルダム・スキポール空港のスクリーンでは、3分に1度の頻度で上映される。 ワシントン・ダレス空港、ワシントン・レーガン空港では172のスクリーンで上映される。
また、ユーチューブ(YouTube)で公開された初日だけで、2万5000人もの人が視聴した。
2001年にUNHCRの親善大使になって以来、アンジェリーナ・ジョリーは、難民や現地職員との直接の対話を求め、20カ国以上を自ら訪問している。 さらに政策決定者などと共同で公開イベントを行い、国際社会、および市民社会レベルで難民問題に対する理解を深めるべく、活動してきた。
世界難民の日には、ワシントンDCで行われるUNHCRのイベントにアントニオ・グテーレス高等弁務官と共に出席する。
メッセージビデオの中でアンジェリーナ・ジョリーは、「難民は最も弱い立場に置かれている人たちである。彼らは日々、懸命に生き抜いている。 一人ひとりの人間として受入れられるべきである。 世界難民の日を機に、もう一度考えてほしい」と強調した。
posted by LMB at 09:57| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/18 CNN 米政府のイラク難民支援は不十分、早急な対処必要と NGO報告

米政府のイラク難民支援は不十分、早急な対処必要と NGO報告
CNN 2009/6/18
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200906180024.html
(CNN) 米NGOの国際救援委員会(IRC)は16日、米政府が実施するイラク難民への支援が不十分で、早急な対処が必要だとする報告書を発表した。世界的な景気後退により、仕事が得られない状態で支援を打ち切られる難民が多く、日々の生計が立てられずに命の危険にさらされている状態だと警告している。
イラクでは、米軍通訳や情報提供者として協力したり、基地で働いていた人々が地域で敵視されることも相次ぎ、米国が難民として受け入れている。2008年に米国が受け入れたイラクからの難民は1万3823人だった。
米国務省は難民1人あたりにつき450ドル(約4万3000円)を支給。現金の支給期間は8カ月間で、また医療も受けられるが、この支援期間に仕事が見つからず、自立できない人が多くなっている。
特に、ジョージア州アトランタ地域では職に就けない割合が高く、米国に到着して半年以内に仕事が見つかったのは25%と、IRCが過去30年間に難民などを対象にした統計では最悪水準だという。
IRCアトランタ地区担当局は、支給される450ドルはあっという間になくなるうえ、慣れない土地で英語を新たに習得するまで十分な時間が与えられていないと指摘。
政府は早急に、イラク難民が自立できるまで支援を継続することが必要だと訴えている。
posted by LMB at 05:43| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

2009/6/15 HRW インド:植民地時代の偏見を永続化させる「ソドミー」法

インド:植民地時代の偏見を永続化させる「ソドミー」法
Human Rights Watch 2009/6/15
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/15-0
(デリー)成人同性間の同意に基づく性行為を違法とする現行インド法の合法性が問われている訴訟について、デリー高等裁判所の判断がまもなく示される。本判決に先立ち、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インドの新政権は法律改正に反対するのをやめるべきだ、と述べた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、世界中の「ソドミー法」の大多数が、英国植民地支配の時代遅れの遺物に過ぎない実態をとりまとめたレポートのヒンズー語訳を本日発行した。
報告書「植民地時代の遺物:英国植民地主義における『ソドミー法』の起源」(90ページ)は、「自然界の理法に反した性交渉」を、最高刑で終身刑としているインド刑法(IPC)第377条が、英国の社会支配の道具としてインドに課された事情を詳述している。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インド政府に、問題視されている規定の改正を支持するよう求めるとともに、同様の古い法律を維持し続けている他の国の政府に対しても、成人同性間の同意に基づく性行為の犯罪化を廃止する方向で速やかに改革を行なうよう求めた。成人同性間の同意に基づく性行為を犯罪化するインド刑法第377条は、プライバシーの権利及び差別からの自由という個人の基本的権利を侵害している。
「世界最大の民主主義国であることを誇りにしている国が、なぜあからさまに人権を侵害する法律を維持し続けようとするのか?」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのレズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー(LGBT)の権利プログラム調査員 ディピカ・ナスは述べた。「活発なLGBT人権保護運動を含む、市民活動が盛んな国が、なぜ、植民地時代の道徳法を守り続けているのか?」
2009年6月12日から25日にかけて、コルカタ(Kolkata)市、チェンナイ(Chennai)市、ムンバイ(Mumbai)市、バンガロール(Bangalore)市にあるインドのLGBT権利保護団体は、本レポートと高等裁判所に係属中の裁判に関して、議論やイベントを主催。それらのイベントを主催したグループは、 "Pratyay Gender Trust and Sappho for Equality in Kolkata," "Shakti Center in Chennai," "LABIA in Mumbai," "Alternative Law Forum, Sangama, and LesBiT in Bangalore"の各団体である。デリーの高等裁判所は、今夏にも判断を示すと考えられる。
インド刑法は、英国が植民地に対して作成した最初の包括的刑法であり、イギリス帝国全域で、刑事法のモデルとされた。インド刑法第377条も、アジアやアフリカ全域の同様な法律のモデルとなった。成人同性間の同意に基づく性交渉を違法とする国々の多数は、旧宗主国からそうした法律を引き継いだ。しかし、中には、現在になって、ソドミー法は、植民地化される前からの伝統と民族のアイデンティティであったと主張している国もある。
現在デリー高等裁判所に係属中の事件(同性愛行為の非犯罪化を目指した事件)で、インド政府は、ソドミー法は伝統的文化価値を保護するものである、と主張してきた。この主張に反し、ヒューマン・ライツ・ウォッチの本レポートは、インドが西側から輸入したのは同性愛行為ではなく、同性愛を嫌悪する法律のほうであることを明らかにしている。植民地時代の道徳法は、ヒジュラ(男性から女性へトランジェンダーした労働者階級の人びと)のような人々を、公共の場に現れるだけで逮捕できる「犯罪者集団」に分類していた。
「インド刑法第377条は、他の旧植民地国の同様の法律に似て、英国植民地時代の遺物である。」とナスは述べた。「植民地からは独立したインドのような民主国家が、ソドミー法のような非民主的で差別的な法律を、強制されたものではなく伝統として扱っていることは遺憾である。」
更に、インド刑法第377条や他の英国植民地時代のソドミー法は、同意に基づく性行為と同意のない性行為や、或いは成人間の性行為と子どもへの性的虐待を、区別していない。結果として、インドの現行法は、多数のレイプ被害者や、虐待の被害に遭った子どもたちを、効果的な法的保護の外に放置している。
カルナタカ市民の自由のための住民連合(People's Union for Civil Liberties-Karnataka)が作成した2001年の事実調査レポートは、警察が刑法第377条をつかって人権を侵害している実態を明らかにした。警察が、刑法第377条をつかって、ゲイやバイセクシャル男性を脅し、個人を違法に逮捕し、レズビアンや同性間性交渉を行っている女性を脅迫している実態を明らかにしたのである。デリー高等裁判所で係属している裁判事件の原告たちは、刑法第377条が、HIV/エイズ陽性の労働者に嫌がらせなどの人権侵害を行なうために利用されてきたこと、とりわけ、既に社会の片隅に追いやられたヒジュラのような共同体のメンバーを標的にするために、利用されていると主張してきた。
1994年、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約:ICCPR)についての解釈権限を有する国連規約人権委員会は、ソドミー法はプライバシー権と差別されない権利を侵害していると断じた。
「マレーシアからウガンダまで、各国政府は、この法律を、市民団体や言論の自由に対する制限のためや、政治的な敵の信用を失墜させ、生活を破滅させるために使っている」とナスは述べた。
英国のソドミー法類似の法律を今も維持し続ける旧植民地の国や地域は以下に掲げる国である。
●アジア太平洋地域:バングラデッシュ、ブータン、ブルネイ、ビルマ、インド、キリバス、マレイシア、モルディブ、マーシャル諸島、ナウル、パキスタン、パプアニューギニア、シンガポール、ソロモン諸島、スリランカ、トンガ、ツバル、西サモア(同じ英国法を引き継いだ政府であるがソドミー法を廃止した国は、オーストラリア、フィジー、香港、ニュージーランド)
●アフリカ地域:ボツワナ、ガンビア、ガーナ、ケニア、レソト、マラウィ、モーリシャス、ナイジェリア、セイシェル、シエラレオネ、ソマリア、スワジランド、スーダン、タンザニア、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ
カリブ海の旧英国植民地11カ国が、インドに押し付けられたソドミー法ではない、別の英国モデルに由来するソドミー法を維持したままである。
posted by LMB at 09:53| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

2009/6/12 CNN 最悪は仏伊、日米加は「合格」の報告書 対アフリカ資金援助で

最悪は仏伊、日米加は「合格」の報告書 対アフリカ資金援助で
CNN 2009/6/12
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200906120022.html
ロンドン(CNN) マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏と著名なミュージシャンらが支援する援助団体ONEは11日、主要国首脳会議(G8サミット)の加盟国によるサハラ砂漠以南の貧困国に対する資金援助活動の「評価」報告書を発表し、イタリアとフランスが約束を最も守っていない国と糾弾した。
同団体には、ロックバンド「ブームタウン・ラッツ」のボーカリストのボブ・ゲルドフ氏やU2のボノ氏も協力している。資金援助額で約束を順守しない最悪の国はイタリアと主張、フランスは2005年レベルよりも劣ったとしている。
半面、世界的な景気後退に襲われる中で、米国、日本、カナダは約束を守る金額を提供していると評価。今年のG8サミットはイタリアで開かれるが、ゲルドフ氏は「約束を守らない国が世界を指導出来るだろうか」との不信感を表明した。
主要国首脳会議は英スコットランドで2005年に開いたサミットで、アフリカ向け援助額を2010年まで倍増の500億ドルにすることを約束している。ゲイツ氏は報告書の中で、アフリカ向け援助の大多数は衛生、教育や農業振興などに充てられるとして、10億ドルがワクチンに使われれば、50万人の命が助かるとも強調した。
posted by LMB at 15:49| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

2009/6/15 MSF 中央アフリカ共和国:活動責任者へのインタビュー − 「避難民たちは終わりの見えないこの不安定な情勢に疲れ切っており、常に恐怖に支配されています」

中央アフリカ共和国:活動責任者へのインタビュー − 「避難民たちは終わりの見えないこの不安定な情勢に疲れ切っており、常に恐怖に支配されています」
国境なき医師団 2009/6/15
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1858.php
中央アフリカ共和国(CAR)では、長年にわたる紛争を終結させるために策定された和平プロセスが実施されているにも関らず、政府軍や反政府勢力などさまざまな武装勢力が現在も北部の多くの地域で戦闘を続けている。さらに、複数の地元集団や武装強盗団同士の対立も、同地方の不安定な情勢や暴力を一層悪化させている。国境なき医師団(MSF)のCARにおける活動責任者として1年間の活動を終えて帰国したばかりのガブリエル・サンチェス・イバラは、インタビューで自身の見解と体験について語った。
--------------------------------------------------------------------------------
Q. CARでは和平合意が成立したにも関わらずここ数ヵ月間で暴力が激化していますが、その理由は?
A. 暴力は常に存在し続けてきました。政府と反政府武装勢力との政治的な対立が原因の場合もあれば、強盗団同士や地域社会内部の集団の対立が原因の場合もあります。今回の場合は数ヵ月にわたり、2007年と2008年に停戦協定に署名したいくつかの集団や反政府勢力などが、和平プロセスに関して意見の相違が生じたため戦闘を再開し、これが政治的暴力の再燃する契機となったのです。
Q. そうした襲撃が人びとに与える人道・医療上の影響は?
A. 直近の襲撃による最大の影響は人びとが避難民となったことです。もっともこの国では人びとの避難はもう何年にもわたって常に発生している現象となっていますが。今回は特定の地域で著しく影響があらわれ、人びとは戦闘や報復攻撃の可能性を恐れて避難しました。戦闘地域から遠く離れた、人びとが避難していた場所でさえも襲撃は発生しました。避難が発生した時期も決定的な意味を持っていました。1年のうちでマラリアへの感染がピークを迎える雨季の始めで、畑に種を播く季節でした。これらの要因が重なって避難民キャンプや人びとが逃げ込んだ森林地帯における生活環境は一層厳しくなり、通常の農業活動が妨げられたために従来から既に厳しかったこの地方における食糧確保がさらに脅かされました。
Q. そうしたニーズに対処するために、MSFはどのような活動を行っていますか?また、直面している課題は?
A. 紛争地域での活動には、常に困難が伴います。患者やチームのスタッフの命を危険にさらすことなく、必要としている人びとの元に援助を届けることは、引き続き課題となっています。さらに、CARでは、緊急事態の発生時にMSFが援助する必要のある人びとは交通不便な遠隔地にいる上に、極度の恐怖の中で生きています。人びとの援助ニーズは常に最も基本的なものです。なぜなら、人びとは何のインフラもない森の中での避難生活によって、極めて弱い立場に置かれているからです。避難民や行政機関からは、この地方で活動する数少ない援助団体に対して、一次医療、避難所、調理器具、食糧に関する援助の要請がありました。これまでのところ、MSFはこの地方で作戦行動を行っている武装勢力との交渉や、他の援助団体との活動の調整を支援することができています。独立性を保ちながら、避難民のもとに安全が確保された上で赴くことができるためには、日ごとの交渉が必要となっています。
Q. MSFは現在どのような活動を行っていますか?
A. カボにおけるMSFのプログラムは、2種類の要素を基に組み立てられています。1つ目は恒常的なサービスであり、ベッド数100床の病院を建設し、外来部門、入院病棟、緊急手術室、HIVや結核などのさまざまな病気に対するプログラム、あるいは母子保健といった幅広いサービスを人びとに提供することです。もう1つは、この地方を定期的に襲う緊急事態や危機に素早く対応して、暴力、流行性疾患、避難生活の直接の影響を受けた人びとに対して避難所や医療の提供を試みる活動です。ここ数ヵ月にわたる紛争の間、この2つの機能は十分に機能しました。病院は1日も休むことなく、チームは各種の活動を続け、医療施設は常に稼働し続けました。問題は、一部の住民は恐怖、戦闘、または避難生活のために自由に医療施設に足を運べないことでした。このため、MSFはこちらから路上や避難民キャンプで暮らす人びとの元に赴き、彼らを診察し、救援物資を配布し、そして診療所へ行くことのできない人びとに治療を提供せざるを得なかったのです。
Q. その詳しい活動方法は?
A. 避難民たちは森の中でさえも襲撃を受けていたため、道路からはるかに遠く離れたより奥地へと逃げ込んでいました。彼らに援助を届けることや彼らと接触することさえ難しくなっており、このため、MSFはバイクまたは徒歩で12kmも森の奥深くに分け入り、新たな形態の移動診療を行わなければならなかったのです。
Q. 人びとに心の傷の問題は見られますか?それに対する活動計画は?
A. 3年間も暴力にさらされ続けたことで、人びとに心的外傷や恐怖が蓄積し、問題行動が生じているのは明らかです。避難民の中には、1年半のうちに3回も避難を強いられ、こうした不安定な状況に常に直面していることに疲れ切っていると語る人びともいました。避難民たちは常に恐怖にとらわれています。身体的な暴力への恐怖や、自宅が燃やされたり略奪されたりするのを目の当たりにする恐怖です。MSFはこうした恐怖に関係していると思われる、不安感や不眠症など原因不明の症状やストレス傾向の増大を確認することができました。
CARで活動するMSFのチームは、直接的に暴力の被害を受けた負傷者の治療や、避難生活における健康管理の経験は豊富ですが、被害者の心理・社会的支援という側面においては改善の余地があります。暴力の渦中でMSFが提供する一連のサービスは包括的なものであり、この1ヵ月の戦闘の間、私たちは心理・社会的支援の要素も盛り込むように努めました。
Q. 紛争のさなかアフリカ睡眠病に取り組むことの難しさは?人びとが暴力にさらされ避難を強いられれば、そうした不安定な状況の中で治療を続けることは困難ではありませんか?
A. 治療薬の服用規定の遵守の面ではかなりの進歩がみられ、ほぼすべての患者が治療を終えています。バタンガフォの近郊一帯とその周辺地域では積極的な探索を行ったことで、患者の発見においても改善がみられました。しかし問題は、伝統的に治安の悪い地域の奥深くまで危険を冒して入り探索を行う必要があるという点であり、しかもこうした地域における罹患率が非常に高いことはほぼ確実なのです。CAR北部地方は現在世界でもアフリカ睡眠病の最も活発な発生地の1つであることを考慮する必要があります。
人びとの避難による最も大きな影響は、治療の提供だけではなく、再発の発見に役立つその後の経過観察や監視、そして回復過程のフォローアップに及びます。バタンガフォではこれらを実施できない状況が続いています。
Q. 都市周辺地域へのアクセスに問題はありましたか?積極的な患者の探索を行うことにより生じる課題は?
A. MSFのチームは2006年以来3万人を超える人びとを診断し、千人を超える患者を治療することができました。人びとの参加率は非常に高く、全住民の80%以上に達しています。目下の課題は、MSFが他の場所でも実行することができたこの有効な戦略を、他の伝統的に治安が悪い地域や国のインフラがないために人びとが医療を十分に受けられない地域にも移すことです。現在の目標は、プログラムを危険にさらすことなく(注)、診断と治療の能力を増強することです。
(注)2007年6月にMSFのスタッフが反政府軍の銃撃を受けて亡くなった後、MSFはCARでの活動を一時的に縮小していた。(http://www.msf.or.jp/special/Top10_2007/crisis08.html )
posted by LMB at 21:01| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/6/12朝日 収容所からのバースデーケーキ−日本の難民の状況―

収容所からのバースデーケーキ−日本の難民の状況―
朝日 2009/6/12
http://www.asahi.com/international/shien/TKY200906110219.html
6月20日は国連で定めた「世界難民の日」。難民への関心を高め、難民の保護と支援への理解を深める日である。
多くの先進国に比べるとその数は少ないが、日本にも保護を求めて逃れてくる難民の人びとがいる。日本において難民申請をした人は、2003年までは毎年400人以下で推移していたが、2007年には816人、2008年には1599人に増加している。一方、難民として認定をうけた人は、2007年に41人、2008年に57人と低い水準である。日本での難民申請者の圧倒的多数はビルマ(ミャンマー)出身者であり、トルコ、スリランカが続く。 
なお、難民申請件数の増加は、審査期間の長期化も招いており、現在では異議申し立て手続きまでを含めると平均約2年を要している。2007年度に難民認定を受けた41人のうち、7人は4年以上かかっているなど、数年にわたって結果を待つ人びとが多くいる。 
■絵にこめられた難民のメッセージ 
 「ミャンマー軍事政権の行い」と題された絵は、日本で難民申請をしているビルマ出身の男性による作品である。左には、軍事政権に反対した活動家たちが長期収容されている古びた刑務所が描かれ、踏みつけられた本は、人びとの権利が軍事政権に踏みにじられ、人権保障は政権の気分に左右されるビルマの状況を表したという。 
抗議行動に参加した民主化運動や少数民族への抑圧が強まるビルマで、この絵を描いた男性は、国内を転々として軍から逃げていた。銃を突きつけられた経験もあり、命の危険からビルマ出国を決め、日本に来た。後から来日した妻は、難民申請の結果を待つ中で病気になり、手術を受けた。しかし難民申請者は健康保険に加入できないため、多額の医療費を借金することとなった。また、日本で生まれた子どもは現在も無国籍であり、一家は将来に大きな不安を抱えて暮らしている。 
バースデーケーキの絵は、難民申請中にもかかわらず収容されていた父親が、一緒に祝うことのできない息子の4歳の誕生日に、茨城県の収容所で描いて贈ったものである。このトルコ出身のクルド人家族は4人で来日し、成田空港で難民申請を行ったが、そのまま収容された。母親と子どもたちは数日で仮放免されたが、父親はその後約1年間にわたって収容された。 
「お父さんは何で捕まったんですか? いつ帰ってきますか? 学校の友だちに、お父さんは悪いことをしたから捕まったって言われて嫌だ。お母さんも弟も元気がないし、これからどうすればいいですか?」 
 父親不在の状態で、母親と弟を気遣う長男は、まだ小学校低学年である。入国管理センターでは30分間の面会ができるが、収容生活で弱っている父親とガラス越しに会うことはしたくないと言う。実際、収容施設を訪れると、面会室から泣きながら出てくる子どもや母親を見かけることがある。ならば本国に帰って家族一緒に暮らせばいいと思うかもしれないが、そうできない事情があるため、苦しいながらも日本にいるのだろう。 
■困窮する生活 
 日本に保護を求めて逃れてきたが、難民申請の結果を待つ数年間、社会保障からは除外され、就労は許可されないことが多く、生活は苦しい。収容や送還の心配もある。将来についても見通しがたたない中、ただただ結果を待つしかない。 
今年4月、外務省は、難民申請中で生活に困窮している者に提供している生活費などの保護措置について、支給要件を厳格化する決定を行い、重篤な病気の人、妊娠中の人や子ども、合法的な滞在者に限定した。 
アムネスティでは、合法的滞在を条件とすることに懸念を持っている。難民申請者の多くは、正規の旅券や査証を取得することが難しく、不法に到着または入国することを余儀なくされることが多い。そのため、難民申請者の法的地位を安定化することを意図した仮滞在許可を与える制度がある。しかし、実際に仮滞在許可を得る人は非常に少なく、今も多くの難民申請者は非正規滞在状態に置かれる結果となっている。 
難民かどうかを判断するのは法務省入国管理局である。そのため、外務省は難民申請者が生活に困窮しているかどうかに重点を置いて、保護費の支給について判断してきた。この方針を変更して支給対象を限定するよりも、必要な予算をきちんと確保すべきではないか。また、一定の審査期間を経ても難民申請の結果が出ないのであれば、就労を許可することを検討すべきではないだろうか。 
■見えない存在になる危険 
 現在国会では、外国人登録法の廃止により外国人登録証に代わって「在留カード」を発行し、在留管理情報を法務省に一元化する「新たな在留管理制度」を導入する入管法改定案、および、外国人を住民基本台帳に包摂する住基法改定案が審議されている。 
一連の改定案では、在留カード、住民基本台帳の対象から非正規滞在者が除外されている。実際には存在しているにもかかわらず、社会から「見えない存在」となって把握することが困難となり、また教育や母子健康などの最低限の行政サービスさえ受けられなくなることが懸念される。非正規滞在の状態に置かれる難民申請者が多い現状では、非正規滞在者を除外する流れの中で、難民申請者についても保護よりむしろ排除の対象になっていくことが懸念される。 
(アムネスティ・インターナショナル日本 難民支援担当:石井知子)
■■■インフォメーション■■■
●アムネスティ日本の難民支援活動
アムネスティは、海外から日本に来て難民として保護を求める人びとの人権が守られるよう、下記のような活動を行っています。
<難民申請者に対する活動>
・難民認定制度に関する情報提供や国内での支援団体などの紹介、アドバイス
・難民申請や裁判などに必要な出身国情報の提供
・収容されている難民申請者の訪問面会による状況確認
<政策提言活動>
・政府に対し、難民認定制度、入国管理制度の改善などを求める提言
*入管法および住基法の改定に対するNGO共同声明
*アムネスティ日本支部声明:抜本的な難民保護のための制度の確立を
<市民社会に対する活動>
・難民問題について広く知ってもらうための勉強会、講演会、セミナーなどの開催
・*「世界難民の日」オンライン・アクション(6月20日より)
●難民支援緊急キャンペーン
保護費支給の厳格化により、月100人以上の難民申請者が支援を打ち切られる見込みとなっています。アムネスティ日本を含むキャンペーン呼びかけ団体では、保護費が必要な人に届くよう、十分な予算の確保、難民申請者の生存を確保するための法制度の整備を求めています。また、緊急に支援団体共同でカンパを集め、困難に直面している難民申請者への生活資金を支援しています。
●映画『扉をたたく人』
孤独な大学教授と、非正規滞在者である青年との心の交流を描いた映画。非正規滞在者が直面する収容や送還についても考えさせられます。6月27日より全国ロードショー。
●「ヴィットリオ広場のオーケストラ」上映とトーク @なごや地球ひろば
多民族がそれぞれの個性を尊重しながらともに生きるにはどうしたらいいか、映画『ヴィットリオ広場のオーケストラ』を見て一緒に考えましょう。トークゲストはZIP−FMミュージックナビゲーターの空木マイカさんほか。
☆☆☆ アムネスティの活動に参加しませんか? ☆☆☆
アムネスティ・インターナショナルの人権活動は、世界中のひとりひとりのサポーターの存在に支えられています。すべての人に人権が守られる世界のために、あなたもアムネスティの活動にサポーターとして参加しませんか? 
日本支部でも、人権侵害をやめさせるためのオンライン署名など直接的なアクションを企画したり、各国の人権状況を知らせるためのイベントを開催するなど、アムネスティの活動は様々な分野で全国のサポーターのみなさんが支えています。サポーター入会申込手続きは、ウェブサイトからも簡単にできます。
入会申込みはこちらから。
オンライン寄付はこちらから。
☆☆☆ メールマガジンに登録しませんか?  ☆☆☆
アムネスティ日本の活動状況や国際ニュース、イベントなどの情報を週1回メールでお届けします。購読は無料です。ぜひこちらからお申し込みください。
お申し込みはこちらから。
☆☆☆ 「人権パスポート」プレゼント ☆☆☆
今なら、アムネスティ日本のウェブサイトから資料請求をしてくださった方全員に、谷川俊太郎さんの言葉でやさしく語られた「世界人権宣言」全文を収録した特製「人権パスポート」を差し上げています。
posted by LMB at 06:38| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。