2009年06月26日

2009/6/24シブヤ経済新聞 フィリピン「ごみ集積場」で生きる人々に迫る映画−恵比寿で単館上映

フィリピン「ごみ集積場」で生きる人々に迫る映画−恵比寿で単館上映
シブヤ経済新聞 2009/6/24
http://www.shibukei.com/headline/6207/#
 フィリピンの「ごみの山」で生きる人々の日常に迫ったドキュメンタリー映画「BASURA(バスーラ)」が6月27日より、東京都写真美術館(恵比寿ガーデンプレイス内)1階ホールで単館上映される。
 1995年、マニラ北部の「ごみ捨て場」の街「スモーキーマウンテン」の実情に迫ったドキュメンタリー「忘れられた子供たち―スカベンジャー」で国際的評価を集めた四ノ宮浩監督の最新作。「忘れられた−」の公開後、ラモス旧大統領の決定で突如閉鎖したスモーキーマウンテンから徒歩10分。政府が用意した住宅には住まず、廃棄物の一時集積場近くで暮らしながらごみ拾いで生計を立てる人々の「現実」に迫った。
 30歳を過ぎた四ノ宮監督が「ライフワーク」を求める旅の中でフィリピンに訪れたのは約20年前。次々に持ち込まれるごみの山で年中メタンガスの煙が上がることから「スモーキーマウンテン」と呼ばれた漁村で懸命に生きる子どもたちをフィルムに収め、第2作「神の子たち」(2001年)では、その後村の閉鎖に伴い起きた問題に迫り、2002年トリノ「シネマアンビエンテ環境映画祭」コンペティション部門でグランプリを受賞した。
 スモーキーマウンテン近くの廃棄物一時集積場「アロマゴミ捨て場」では今も、掘っ立て小屋に住みながらごみ収集で生計を立てる「スカベンジャー」の姿が後を絶たない。2,000世帯、約1万4,000人とも言われるスカベンジャーの中には、四ノ宮監督が20年前の撮影時に出会ったかつての「子ども」たちの姿も。
 同作では、20年前、16歳で妊娠・結婚を経験し、現在は4人の子どもをもうけボランティア支援を受けながらアロマゴミ捨て場裏のウリガン地区で子どもの支援活動に参加するクリスティーナさん(35)や、当時スモーキーマウンテンに20年以上暮らし、現在はミンダナオ島で暮らすイルミナダさん(61)らのインタビューを中心に、変わらない劣悪な生活環境や環境汚染、健康被害などの問題を提起する。
 公開初日には四ノ宮監督が舞台あいさつを行うほか、同作公開を記念して、第1作、第2作もそれぞれ、6月27日〜7月3日・11日〜17日(第1作)、7月4日〜10日、18日〜24日(第2作)に上映する。料金は、一般=1,800円、学生=1,500円ほか。月曜休館。
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2009/6/25 swissinfo.ch グアンタナモ収容者受け入れは国内の安全が前提

グアンタナモ収容者受け入れは国内の安全が前提
swissinfo.ch 2009/6/25
http://www.swissinfo.ch/jpn/news/swiss_and_the_world/detail.html?siteSect=126&sid=10869035&cKey=1245831580000&ty=st
エヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ司法相は、イスラム教のミナレットの建設禁止の是非について、冷静な討議を望むと言う。
スイスインフォのインタビューでヴィトマー・シュルンプフ司法相は、グアンタナモ収容者の受け入れは、国内の安全が大前提とも語った。
swissinfo.ch : グアンタナモ収容所の収容者受入れ問題については、スイス政府内でだいぶ以前から検討されています。アメリカ政府はいつ、スイスからの返事をもらえるのでしょうか?
ヴィトマー・シュルンプフ : アメリカ政府は、スイス内閣が収容者の1人もしくは複数を受け入れると最終決定した時点で、スイス政府の返事を受け取ることになります。
swissinfo.ch : 収容者の出身国は?
ヴィトマー・シュルンプフ : 現在答えることはできません。好ましい国というものはありませんが、決して受け入れらない国というのはあります。問題を起こす可能性のある国はどういった国か、端的に分かっているからです。
swissinfo.ch : 収容者個人については、どういったことが拒否の理由になりますか?
ヴィトマー・シュルンプフ : 過去にテロリストであった経歴を持ち、スイス国内でのテロ組織と関係のある人は受け入れられません。国内の安全が危ぶまれるようなことはできませんし、そうしたくはないからです。
swissinfo.ch : 2008年にはグアンタナモの収容者の難民申請を拒否しましたが、今回、政策変更があったのでしょうか。
ヴィトマー・シュルンプフ : 拒否したことは正当です。難民として受け入れる条件が満たされていなかったわけですから。今回受け入れようとしているグアンタナモ収容者は、難民として受け入れるのではなく、解放された収容者としてその受け入れ先を探しているということなので、受け入れるわけです。司法省は、個々の受け入れを外国人法に照らし合わせて検討しているところです。
swissinfo.ch : アメリカ政府に否定的な答えを出すことは、アメリカとスイスの租税条約問題やUBS銀行問題という背景からして、ありえない…
ヴィトマー・シュルンプフ : 受け入れの条件が、賠償責任、スイス社会への融和、安全といった点に抵触するようであれば、スイスとしては「ノー」と答えるしかありません。
ほかの問題と関連付けて答えを出すことはできません。問題は個々に検討されるものです。条件付きであるのかどうかはわたしたちが決めます。もし、受入れが政治的に好意的に見られ、2国間の関係に良い影響を与えるようであればそれは良いことです。
swissinfo.ch : 大臣は、ほかの難民の受け入れ規制は強化しようとしています。なぜでしょうか。
ヴィトマー・シュルンプフ : 一貫した政策をとりたいのです。スイスはほかの隣国と比較しも、近年非常に多くの難民の受け入れ申請が出されています。
swissinfo.ch : ヨーロッパ諸国の間では、難民受け入れの正当な配分が討議されています。イタリア、マルタ、ギリシャなどが正当配分を主張しています。大臣は賛成ですか?
ヴィトマー・シュルンプフ : スイスもその対象国になるということであれば、スイスの負担は確実に軽減するでしょう。
中長期的には、こうした配分制度を敷かなければならないと思います。スイス国内では、州の人口に比例した難民の受け入れ数の設定をしており、すでに配分制度の経験をしています。
swissinfo.ch : ミナレット( イスラム教寺院の塔 ) 禁止の動きについて伺います。今後、国民投票で決定されることになりますが、外国に対して、こうしたことがスイスでは可能であることをどう説明しますか。
ヴィトマー・シュルンプフ : それが直接民主主義です。国民が憲法改正のイニシアチブの是非を決める。たとえ、今回の例にあるような非常に難しいテーマであっても、スイスのこうしたシステムを私は支持します。
法律、基本法、憲法と国際法は常に緊張関係にあります。スイスでは国際法に抵触する場合はそのイニチアチブは無効になります。ミナレット禁止イニチアチブは国際法に違反するとは言い難い。この決定については討論する余地はありますが、直接民主主義の国で、実践の枠組みを単に変えることはできません。
swissinfo.ch : 議会で大臣は、国民を信じていると発言なさいました。
ヴィトマー・シュルンプフ : 州政治、連邦政治に関して、わたしは何年かの経験があります。それから言えることは、国民は客観的であり、一貫性を持って賛成か反対かを判断できる能力があるということです。
すでにさまざまな難しい問題が国民投票で問われてきました。私が望むのは、感情的になるのではなく冷静な判断です。
swissinfo : これとは別に感情的な討論となっているのが、事件の犯人捜しにインターネットで写真を公開することですが。これについての大臣のご意見は?
ヴィトマー・シュルンプフ : 容疑者の写真をインターネットで公開することについては、州の法律で定められています。一般的に言えば、容疑の根拠を明らかにできれば、公開可能になっています。わたしは、解決が難しい事件にのみ捜査にインターネットを使うべきだと思っています。理由は個人情報保護の観点からです。無罪と分かっても、その人のデータをインターネットから消すことが難しいためです。インターネットで公開されたことは、すべての人にアクセスが可能になりますから。 
swissinfo : 大臣としての権力には、連邦制度のスイスでは限りがあるのでは。
ヴィトマー・シュルンプフ : 各州政府も、限界があることについては高い認識があります。私たちも、州の責任者と討議をする予定です。連邦政府の強制をする必要もなく、州間の調整の道が模索されるでしょう。
ゲラルド・ホフマン、エヴァ・ヘールマン、swissinfo.ch 
( ドイツ語からの翻訳 佐藤夕美 )
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2009/6/24毎日 アフガン:米軍病院ルポ 終わり見えない生への戦い

アフガン:米軍病院ルポ 終わり見えない生への戦い
毎日 2009/6/24
http://mainichi.jp/select/world/news/20090624ddm007030062000c.html
アフガニスタンにある米軍最大の医療施設、バグラム病院を訪ねた。戦闘に巻き込まれた子供たちが運び込まれる一方で、心に傷を負った米兵たちがカウンセリングを求めていた。医療スタッフには、疲労の色がにじむ。終わりの見えない戦闘の中で、人々は「出口」を求めているようにも見えた。【バグラム米空軍基地(アフガニスタン)で大治朋子】
 ◇戦闘に巻き込まれた子ら、心に傷負った兵士…
 集中治療室のベッドに、ひときわ小さな体が横たわっていた。無数のチューブがつながれている。武装勢力の爆弾で腹部に多数の金属片を受けたが、命を取り留めた。「名前は確認できていません」と看護師が言った。
 車椅子を押しながら、リハビリに励む少年がいた。アジズ・ラハ君(10)。バグラム米空軍基地東方の自宅前で、武装勢力タリバンとアフガン軍の戦闘に巻き込まれ手足に銃弾を受けた。「アメリカ人は優しいよ」と笑顔で話す。だが、兄(22)は「治療はしてもらったが、米国を好きになったわけではない。タリバンも子供たちの遊び場に地雷を埋めるから嫌いだ」と語った。
 病院のベッド(32床)の大半は地元の住民で埋まっていた。1日平均7〜10人の患者が訪れるが、うち8割がアフガン人。その約半数が12歳以下の子供だという。女性のコディントン看護師(49)は「アフガンには十分な医療設備がない。退院した子供たちも、リハビリ治療などを受けられずにいるのではないかと思う」と話し、涙をこぼした。
 病院関係者の一人は「地元の人々の治療は親米感情を促し、武装勢力に関する情報収集にもつながる」と語る。
 米兵の入院患者は全体の2割。記者が訪れた日に入院中の兵士はいなかった。負傷した武装勢力のメンバーらも、毎月数人程度運び込まれるという。
 「戦闘ストレス・コントロール」との表札が掲げられた扉を開けると、待合室に米兵約10人が座っていた。心的外傷後ストレス障害(PTSD)などで米兵が毎月約300人訪れ、カウンセリングなどを受けている。対テロ戦争の長期化に伴い、4割近くの米兵が2回以上の従軍を経験している。女医のスミス中佐(48)は「複数回の配備は、兵士のストレス・レベルを高めている」と指摘した。
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2009年06月25日

2009/6/23 HRW イラン:抗議者たちへの暴力的取締りが拡大

イラン:抗議者たちへの暴力的取締りが拡大
Human Rights Watch 2009/6/23
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/23-0#
(ニューヨーク)−6月12日のイランでの選挙結果をめぐる対立が続き、治安目的の弾圧が拡大する中、虐待で悪名高いイランの検察官サイード・モルタザヴィ(Saeed Mortazavi)が、逮捕された改革派指導者や党役員たちの捜査を担当している、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。強権的なイラン治安部隊が、選挙後の抗議運動を鎮圧しようと、既に1週間以上も弾圧を続けている。その中で、過去、拷問、違法逮捕、虚偽自白強要などの事件に関与してきたと見られるモルタザヴィが暗躍していることが明らかになった。
「イランは、改革派の抗議運動参加者に暴力的かつ恣意的な弾圧を行ない、既に幾人もの命を奪い、1,000人以上を逮捕した」、とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ局長サラ・リー・ウィットソンは述べた。「こうした弾圧事件の捜査をモルタザヴィ検察官が担当していることは、イラン当局が、改革派勢力に対し、捏造した容疑を強制しようとしていることを示している。」
6月19日、イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は、その説教の際、選挙結果に対する抗議運動は終結されねばならず、いかなる暴力の責任も改革派政治指導者にあると、強硬な意見を述べた。これを受けて、イランの治安部隊は、6月20日、民衆の抗議運動に対する大規模な弾圧を開始した。
特別機動隊、革命防衛隊、準軍事組織バシジなどが、首都テヘランをはじめとするイランの諸都市の全域に配置され、圧倒的な力を誇示、抗議運動参加者が集まるのを阻止するとともに、更なるデモを行おうとする人々のあらゆる試みに対し、直ちに暴力をもって対応している。そして、治安部隊と丸腰のデモ参加者たちが衝突した際、治安部隊は抗議者を散会させるため催涙ガスとゴム弾に加えて実弾を使用した、と目撃者たちは語る。
6月20日におきた治安部隊と抗議者たちとの衝突で、少なくとも10名が死亡、100名が負傷した。死亡者の中には、カルガル(Kargar)通りで抗議運動に居合わせて、胸を撃たれた哲学専攻の学生ネダ・アグハ-ソルタン(26歳、Neda Agha-Soltan)がいる。家族と目撃者たちによれば、銃撃が起きた時、アグハ-ソルタンは積極的に抗議運動をしていたわけではなかったそうである。アザディ(Azadi)広場での大きな抗議運動の現場から数キロ離れた所で、渋滞に巻き込まれ、個人所有の車から降りた直後だった。彼女が撃たれた近隣では、抗議者と治安部隊の激しい衝突はなかった、と多くの目撃者が語っている。
アグハ-ソルタンの死は携帯電話のビデオが捉え、世界中に流された。イラン政府は、検死も行わないまま、直ちに彼女を埋葬するよう家族に命じ、あらゆる追悼式を禁止した。
6月22日、武装機動隊とバイクに乗った多くのバシジ民兵が、テヘランのハフテ・ティル(Hafte Tir)広場をはじめとするテヘランの各地で、デモ参加者が街頭に出るのを阻止しようとした際、目撃者たちによると、さらなる逮捕が行なわれた。
丸腰の抗議者たちに対する射殺事件に対し、独立した調査を迅速に行なう必要がある。そして、命令を下した者をふくめ、殺害の責任者を訴追しなくてはならない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「6月20日、テヘランの街頭で何が起きたかを明らかにしなくてはならない。しかし、イラン政府は、それどころか、デモ参加者たちを殺害した治安部隊の責任を隠蔽することにかまけている」とウィットソンは語った。「イラン最高指導者が、治安部隊に対し、抗議運動を終結させるためなら、いかなる暴力を行使しても許されるという強いメッセージを送ったことは明確である。」
治安部隊は、政権に反対する改革派勢力を逮捕する全国的なキャンペーンも強めている。国営メディアによれば、日曜日の衝突の際、テヘランだけで少なくとも457名が逮捕されたそうであるが、全国で逮捕された者の数は数千に及ぶ、と改革派勢力は現在報告している。治安部隊が逮捕しているのは抗議運動に参加していた人々のみではない。主要な改革派政治家や聖職者、学生指導者、イラン人ジャーナリスト、ブロガー、改革派政党の役員たち、テヘランをはじめとする諸都市の人権弁護士と人権活動家への逮捕も続いているという情報をヒューマン・ライツ・ウォッチは入手している。
6月12日の選挙結果に対する対立が続く中で逮捕された3名の人々の家族たちと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは話をした。逮捕された人びとに対する捜査のチームを率いているのが、イスラム革命裁判所検察官でありテヘラン検事正でもあるモルタザヴィであることを、家族たちは確認した。ヒューマン・ライツ・ウォッチが以前行なった調査結果は、モルタザヴィが、拷問や違法拘留、虚偽自白強要など、重大な人権侵害に関与していることを示している。
2000年4月、当時公共裁判所1410支部の裁判官だったモルタザヴィは、政府に対する批判的意見が勢いを増していたのに対する弾圧の先頭に立った。そして、100以上の新聞と定期刊行物の閉鎖を命令。2003年6月、イラン系カナダ人のフォトジャーナリスト ザフラ・カゼミ(Zahra Kazemi)は、司法当局と治安当局により収監されている間に、死亡。その統括をしていたのがモルタザヴィだった。ザフラ・カゼミの遺族の弁護士たちは、遺体には頭部への打撃などの拷問の跡があったこと、そして、モルタザヴィが彼女を直接尋問していた、と主張している。
2004年、モルタザヴィは20名以上のブロガーとジャーナリストの恣意的逮捕を指揮し、秘密刑務所に同人たちを拘禁。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、モルタザヴィが、拘束中の人々に対し、長期間の隔離拘禁、虚偽自白強要などの虐待に関与している事実を明らかにした。後に、虚偽自白への署名がテレビカメラの前で繰り返された。
「今回のテヘランでの弾圧事件で、サイード・モルタザヴィが重要な役割をまかされたとう事実は、彼の経歴を知るすべての人びとの懸念を掻き立てるであろう」とウィットソンは述べた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが連絡を取った家族たちによると、逮捕された多くの人びとは、弁護士や家族の面会も許されず、正式な容疑も知らされないまま、隔離拘禁されている模様。正式な容疑事実の告知がなされていないことは、イランにも適用される国際人権法が、逮捕された者に「速やかに」容疑を知らせることを義務付けていることに違反している。多くの政治犯が収監されているテヘランのエヴィン(Evin)刑務所で、収容された人々と家族との間で通常は許されている制限つきの連絡通信さえも遮断されている、と逮捕者の家族たちは報告している。国連の拘禁に関する諸原則は、すべての拘束された人々が、逮捕の事実及び拘禁されている場所を家族に知らせる権利(又は適切な機関に家族への告知を求める権利)を有することを明らかにするとともに、拘禁された人びとが、弁護人と接見して相談をする権利を有することも明らかにしている。
逮捕された改革派の人物の息子は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに以下のとおり語った:
「イラン政府は、有名な改革派の人物、とりわけイスラム共和モジャヘディン党(Mojahedin of the Islamic Republic Party)のメンバーを即座に逮捕した。この事実は、イラン政府によって選挙前から計画されていた事を示すとともに、当局は逮捕の口実として選挙後の混乱を利用したのだということも明らかにしている。私たちは、イラン政府が、逮捕した人々に、抗議運動での指導的役割を担ったと自白する調書への強制的な署名をさせるのではないかととても心配している。」
逮捕された人びとの多くは、改革派大統領候補たちの戦略担当者や選挙運動担当として著名な人びとだった。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査をした事件の1つは、ミル・フセイン・ムサビ(Mir Hussein Mousav)選挙運動のテヘランの青年部門のリーダーの1人であるアミル・フセイン・シェムシャディ(Amir Hussein Shemshadi)に対する6月15日の逮捕だ。父親によれば、彼は、逮捕以来、隔離拘禁されている模様。
「8日前に逮捕されて以来、息子から、電話も、何の連絡もないんです。私たちは息子が何処にいるのかもわかりません。私たちの質問には誰も答えてくれません。いつ息子を逮捕したのか?私たちには何の令状も見せてくれないし、息子のやった犯罪が何なのかも言ってくれません。私はたくさんの刑務所や拘置所を訪ねました。でも、息子は何処にもいませんでした。」
6月13日に逮捕されたある改革派の指導的な人物の妻は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、逮捕されて以来、夫と話をできていないし、弁護士も夫と面会できていない、と語った。夫が、捏造された容疑を自白させられるのではないかと心配だ、と彼女はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。
「今回の事態で政府が行なった行為を役割を正当化するため、イラン政府は、混乱の責任を負わせる人間を常に探し回っているの。だから、イラン政府は、私たちの家族に、無理強いを続けているのよ。[イランで]刑務所に行ったことがある人ならみんな、自白しろって無理強いされた経験がある。夫は『もし僕が逮捕されたら、拘束中に僕が何を言おうと、君はそれを真に受けてはいけないよ、だって僕は無理強いされているんだから』て言っていたわ。裁判官は私に、『ここにいる連中は暴動の原因で、連中に対する証拠を精査しているところだ』って言ったわ。私は裁判官に『それは違うわ。あなたは、逮捕した人たちの事件をでっち上げているのに忙しいのよ』って言ってやったわ。」
イラン政府は、これまでも、しばしば、政府を批判する者や政治的なライバルを、捏造された犯罪容疑で刑務所送りにしてきた。今回の弾圧の際に逮捕された人々のうち相当数が、以前にもイラン政府によって刑務所行きにされた経験を有している。
イラン政府は、自分たちが行なっている弾圧への関心を逸らす目的で、イランの「テロリスト」が暴力行為を行なっていると組織的に喧伝している。こうしたイランの「テロリスト」を、イランの不安定化を狙う外国勢力が支援している、というのである。
イランのメヌチェフル・モッタキ外相は、テヘランで、諸外国の外交官に向けてスピーチを行ない、「選挙に先立って洪水のように流入した英国情報機関員」が、選挙後のイランを不安定化しようとする陰謀を企てた、と非難した。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は、6月19日、抗議運動の終結を要求する金曜日の説教の中で、改革派政治家を恫喝するとともに、抗議運動の責任が外交官たちにあると非難した。
「全ての紳士諸君(改革派候補者)、全ての兄弟そして友人に助言申し上げる。敵の手をよく監視するように。彼らは私たちを待ち伏せる、外交官というマスクをかなぐりすてた、飢えた狼なのです。見くびってはなりません。私は、他国の外交官がこの数日間マスクを脱ぎ捨て、正体(意図)を表してきている、と皆さんに申し上げているのです。その中で最も邪悪なる者たちは英国政府です。」
改革派指導者に対する逮捕と脅迫が急増する現状を前に、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、治安部隊が、逮捕された人々に、改革派指導者に関する虚偽自白を強要するであろうと懸念している。イラン当局の高官たちは、既に、改革派のムサビ大統領候補に、刑事犯罪容疑を掛けると恫喝している。アリ・シャフロキー(Ali Shahrokhi)議会司法委員会委員長は以下のように言明した。
「ムサビは違法な抗議運動を呼びかけ、挑発的な発言を行なっているが、それはイランにおける先頃の騒乱の源泉となっている。そのような犯罪行為は厳しく対処されるべきである。ムサビを法的に追い詰める素地は固まった。」
「イラン政府は、抗議をしている人びとに治安部隊をけし掛け、抗議運動をピタリと止めようと意図している」とウィットソンは述べた。「しかし、激しい暴力と大量逮捕は最初の1歩に過ぎない。その次には、容疑を捏造していくことが予想される。」
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2009/6/23 HRW マレーシア:スーチー氏の誕生日を祝ったビルマ人を釈放せよ

マレーシア:スーチー氏の誕生日を祝ったビルマ人を釈放せよ
Human Rights Watch 2009/6/23
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/23
(ニューヨーク) - マレーシア・スランゴール州プタリンジャヤ市では、2009年6月19日にビルマ民主化指導者アウンサンスーチー氏の64回目の誕生日を静かに祝ったビルマ人庇護希望者が、現在も身柄を拘束されている。「警察当局は彼らを釈放すべきである」ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日(6月23日)このように述べた。
「マレーシア当局は、アウンサンスーチー氏の誕生日を祝う平和的な行事を取り締まることで、まさに物笑いの種になっている」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレーン・ピアソンは述べた。「祖国の民主化を要求していたビルマ人庇護希望者を拘束することで、マレーシア政府は、ビルマを専制的に支配する軍政幹部への支持を宣伝してしまったのだ。」
スーチー氏に対する恣意的な身柄の拘束を非難するとともに、同氏を被告としてラングーンで行なわれている裁判を非難することを目的として世界各地で集会が行われた。マレーシアで予定されていた集会もその一つだった。ノーベル賞受賞者であるスーチー氏は、過去20年のうちの14年間、自由を剥奪された状態に置かれている。
マレーシア当局は、この誕生日祝賀行事の際に、参加者たちを監視したり脅迫しただけでなく、逮捕まで行なった。こうしたマレーシア政府の行為は、表現の自由や非暴力の集会を行う権利を侵害するものだ。当日のイベントは、マレーシア野党連合Pakatan Rakyatとプタリンジャヤ市評議会が祝賀会を共催。イベント内容は、マレーシア人とビルマ人の参加者による出し物などが中心となっていた。午後7時頃から、制服と私服両方の警察官が、公園内で会場準備を行う主催者側の様子や、参加者が集まってくる様子を、ビデオと写真に収めていた。また、マレーシア人やビルマ人の参加者に尋問をする警察官の姿もあった。
参加団体側は、規制について警察と再三にわたって話し合おうとしたが、警察側はこの申し出を完全に拒否。現場責任者の名前すら明かさなかった。警察は、公園に通じるすべての道を封鎖した。総勢100人以上の警官と機動隊が、約50人が参加した今回のイベントに対処するために配置された。
午後9時頃、警察は、祝賀行事に参加するために会場にやってきたビルマ人16人を出入国管理法違反容疑で逮捕した。だが、当初は、「警備上の問題」と「集会の違法性」を理由として挙げていた。この逮捕劇を受け、主催者側は行事を中止した。
逮捕された16人のうち2人は在留資格があったために釈放された。現在も拘束されている14人のうち9人は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発給した証明書を所持していたが、難民認定審査が終了していない人もいる。その他の5人はUNHCRに登録されていない。
アルジュナイディ・モハメド・プタリンジャヤ市警察本部長は報道機関に対し、拘束されているビルマ人は入国管理局に移送されたと述べた。入管への移送は強制送還につながる長いプロセスの第一歩だ。6月22日の時点で、14人全員が警察に身柄を拘束されたままだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチは当局に対し、逮捕された人々全員(UNHCR未登録者も含む)への完全なアクセスをUNHCRに許可するよう求めた。
難民と庇護希望者の拘束は、UNHCR執行委員会(ExCom)が確立した基準に反する。難民および庇護希望者の拘束に関する1986年のUNHCR執行委員会結論第44号(XXXVII)は「拘束は、随伴する苦痛に鑑みて、通常は回避されるべきであるという意見を表明」している。そして「必要な場合、拘束は、身元を確認し、難民の地位もしくは庇護の申請の基礎となる要素を確定し、難民もしくは庇護希望者が庇護を申請しようと意図する国の機関の判断を誤らせる目的で旅行および/もしくは身分証明書を破棄しもしくは不真正文書を使用した場合に対処し、または、国の安全もしくは公の秩序を保護するために、法律で定められた理由にもとづいてのみ行うことができる」と述べている。執行委員会の結論は法的な拘束力を持たないが、執行委員会参加国の同意に基づいて採択されたものであり、国際社会の見解を広く反映したものとして、説得的な権威を有している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、難民と庇護希望者に対するマレーシア政府の処遇をこれまでも何度も非難してきた。難民や庇護希望者たちは、非正規滞在者と同様、いかなる時にも逮捕される可能性がある。また、国際的な保護の必要性に対する十分なスクリーニングの対象とならずに送還されることも多い。収容された人々は劣悪な環境に苦しみ、様々な権利を侵害されている。鞭打ちなどの物理的暴力や虐待、過密収容、粗末な食事、不十分な水、医療に対する不十分なアクセスなどの問題が存在する。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、拘束されているビルマ人が、その生命や自由が脅かされかねないいかなる場所にも絶対に送還されるべきではないと述べた。例えばマレーシア・タイ国境では、人身売買や組織犯罪から更なる脅威を被る恐れがある。国境地帯に送還されたビルマ人のうち、資力がある人たちは、密入国業者や人身売買業者を使ってマレーシアに再び戻ってくるケースも多い。しかし資力がなければ、タイの漁船やプランテーション、売春施設に売られることになる。6月16日に米国国務省が発表した『2009年人身売買報告書』は、マレーシアを一番下の第3階層に格下げし、国境でのビルマ人の人身売買に関して懸念を表明した。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、マレーシア政府に対し、主要な国際人権条約のうち、特に1951年の難民の地位に関する条約と1967年の議定書、1990年の全ての移民労働者とその家族の権利保護に関する国際条約を批准するよう重ねて求めた。昨年2月にジュネーブで開かれた国連人権理事会では、マレーシアに関する普遍的定期審査(UPR)が行なわれた。その際、複数の理事国がマレーシア政府は難民条約を批准すべきという勧告を行ったが、政府側はこれを拒絶した。
「マレーシア政府が移住者と難民にひどい扱いをしてきたのは公然の秘密となっている。同国政府が新たなスタートを切る1つの方法は、同国内で祖国の民主化を求めるビルマ人の処遇を改善することにある」、とピアソンは述べた。
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2009年06月24日

2009/6/19 MSF コンゴ民主共和国/スーダン:戦闘が多発する地域の人びとへの援助

コンゴ民主共和国/スーダン:戦闘が多発する地域の人びとへの援助
国境なき医師団 2009/6/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1868.php
ウガンダの反政府勢力「神の抵抗軍(LRA)」は、国境を接するコンゴ民主共和国の北東部とスーダンの南部の住民に対し、極めて過激な暴力を振るっている。この攻撃は、コンゴ、ウガンダ、スーダン南部の政府軍がLRAに対して行った掃討作戦に対抗するものである。その結果、数十万人もの住民がキャンプや知人宅などへの避難を強いられ、非常に厳しい環境で生活している。国境なき医師団(MFS)は、コンゴとスーダンの各地にチームを派遣し、避難民と地域住民の双方に緊急援助と無償の医療を提供している。
コンゴ民主共和国
コンゴ北東部に位置するオー・ウエレ地方の町、ドゥングでは、外国人派遣スタッフ8人とコンゴ人スタッフ60人で構成されるチームが、2008年9月から人びとの援助にあたっている。MSFが支援する総合病院では、過去3週間に25件の帝王切開手術を含む60件の外科治療が行われた。また30人の子どもが小児病棟に入院し、重度の栄養失調児52人が栄養治療プログラムに登録された。
MSFはまた、ドゥング近郊にある2つの診療所を支援し、一次医療、および性暴力の被害を受けた女性への専門ケアを含む医療活動を実施している。
現在MSFチームはドゥングの南側で、人びとが集団で避難している場所の状況を調査している。また、治安状況が許す場所では、はしかの集団予防接種を行い、ビニールシート、たらい、石けんなどの救援物資を配給している。さらに衛生環境の改善に努め、伝染性疾患のリスクを監視している。
チームは、ドゥングにおける活動が落ち着きしだい、ドゥングの北にあるンギリマとドゥルのニーズを調査する。また、ディンギラ、リメイ、バンガディ、ドルマの各地域でも調査を実施している。
スーダンとの国境に近いニアンガラの総合病院では5月11日から、14人のスタッフで構成されるチームが、緊急手術や性暴力の被害者への専門ケアを含む無償の医療を提供している。またMSFは、病院内に薬局を設置したほか、病院の医療従事者に、マラリア、急性呼吸器感染症、性感染症などの最も一般的な病気を見分けるための研修を行った。
さらにワウェでは、別のMSFチームが診療所を支援し、この地域の避難民に医療援助を提供している。
ニアンガラの医療ニーズは深刻である。MSFチームは、主に避難民を対象に、週に約千件の診察を行っている。現在、ニアンガラの中心部には約1万人、郊外には1万5千人の避難民がいる。
さらに東では、外国人派遣スタッフ6人で構成されるチームがファラジェの総合基幹病院を支援し、無償で医療を提供している。このチームは、週に平均千件以上の診察を行っている。患者の3分の1は5才未満の子どもである。マラリア、急性呼吸器感染症、腸内感染等の疾患が多く、治療しなければ命取りになる。
またチームは、病院における医療の質の改善に取り組み、負傷者が急増した場合でも、患者を受け入れて効果的に治療できるよう、緊急設備を整えた。
ファラジェとアバで発生した暴力を避けて、2万2千〜2万5千人が隣のイトゥリ地方にあるアリワラ地域とインゴコロ地域に避難した。ここでは55人のスタッフで構成されるMSFチームが、避難民に対して医療の提供、栄養支援、はしかの予防接種を行っている。また、救援物資を配給し、キャンプ内の衛生環境も改善した。
スーダン
ウガンダの反政府勢力は、2008年の後半、スーダン国内のコンゴとの国境付近およびコンゴ側の多数の村を攻撃したため、数千人のスーダン人が家を追われ、またコンゴ人が国境を越えてスーダンに避難することとなった。この状況を受けてMSFは、西エクアトリア州のコンゴとの国境近くにあるガングラとサクラの診療所の支援を開始した。
2008年12月から翌1月にかけて千人が殺害されたため、暴力を逃れて、西エクアトリア州の多くの地域から避難する人が増加した。避難民と難民の移動に伴い、MSFはガングラとサクラでの援助活動を終え、2009年2月にエゾ、ナーンディ、マクパンドゥで新しいプログラムを開始し、キャンプで避難生活を送る約2万2千人の人びとを援助している。イバやアンダリなどの場所でも活動を行っている。
キャンプにおける生活環境はたいへん厳しく劣悪な状態にあるため、MSFは水・衛生関連の設備を整備中である。チームは状況を注意深く監視し、状況が悪化した際には適切に対応できるよう備えるとともに、近隣地域における人道的状況の調査も続けている。
MSFチームは保健省と協力して診療所を支援し、医薬品やその他の物資を提供している。また、毎週、移動診療を運営して患者の搬送を行うほか、医療従事者への指導と研修を行っている。さらに、伝染性疾患のリスクを監視し、はしかの集団予防接種を実施するほか、暴力や虐待の被害者への心理ケアも提供している。
2009年2月、隣の中央エクアトリア州のMSFチームは、コンゴとの国境から約50km離れたラスで、コンゴからの難民に対し緊急医療およびその他の人道援助活動を開始した。当初MSFは、6千人以上が避難していたリボゴとニョリの2つの仮設難民キャンプで援助活動を行っていた。両キャンプでは、コンゴからの難民が大半を占めており、彼らは日常生活に最低限必要な物資も欠いていた。MSFは石けん1250個を配給し、別の組織が女性と子どもに毛布などの救援物資を配給した。
リボゴでは、避難していた2千人以上の人びとに清潔な水を提供するため、MSFチームは井戸を急遽修復した。
ニョリでは、樹木の陰以外に避難する場所のない人びとがいたため、MSFは5つの避難所を建設した。これらの避難所は66区画に分けらており、1区画に1〜2世帯が滞在できるようになっている。また、近くの川から避難民が滞在している学校に水を引き、シャワー室10室とトイレ10基を設置した。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、3月にニョリにコンゴ人難民を受け入れるキャンプを開設した。MSFはこのキャンプ内に入院設備と薬局を備えた医療施設を設置した。この施設では、週平均500件の診察と、産前ケア、分娩、栄養失調治療が行われている。またMSFチームは、キャンプに合計39基の共同簡易トイレを設置し、新たに2つの井戸を掘った。
さらにMSFは、キャンプ内で結核、マラリア、水因性の感染症への注意を促す活動を実施するため、6人の健康教育担当者を手配した。
4月には、MSFはキャンプ内の子ども1638人に対して、はしかの集団予防接種を実施した。
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2009/6/19 MSF バングラデシュ:容認しがたい虐待を受けるロヒンギャ難民

バングラデシュ:容認しがたい虐待を受けるロヒンギャ難民
国境なき医師団 2009/6/19
http://www.msf.or.jp/news/2009/06/1866.php
クトゥパロン仮設難民キャンプにおける強制退去、脅迫そして虐待
バングラデシュのクトゥパロン仮設難民キャンプには、ミャンマーから逃れてきたイスラム系少数民族であるロヒンギャ人数千人が身を寄せている。彼らは難民登録を受けられないまま、現地当局により脅迫や迫害を受けた上、避難所の撤去を迫られている。国境なき医師団(MSF)は数多くの負傷者の治療を行っており、その多くは女性と子どもである。さらに、MSFは破壊された無数の家を目撃しており、人びとからは、避難所を撤去しなければ当局が破壊するとの警告を受けたとの報告を多く受けている。
難民キャンプで暮らす住民は語る。「私が仕事に行って帰ってきたとき、住まいは完全に壊されていました。視察官がそこに1人、9人か10人の人と一緒にいました。私はどうして家が壊されたのかを訊きました。彼らはカッターナイフを見せて、『何か話すなら、切りつけるぞ』と言いました。」
現在までに推計2万5千人のロヒンギャ人が、難民認定と援助を求めてクトゥパロン仮設難民キャンプに身を寄せている。しかし、彼らはバングラデシュ政府と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が支援する公設キャンプ(注1)の隣には住めないと言い渡された。さらに、隣にあるバングラデシュ環境森林省森林局が管理する土地に合法的に住むこともできない。ロヒンギャ人らは行き場もなく、基本的なニーズを満たすすべもない。難民キャンプで暮らす別の住民は語る。「移動することが出来ません。薪を集めに行けば逮捕されます。水を汲みに行こうとすれば殴られます。もし家が移動されたら、私たちはどこで暮らせば良いのでしょうか?」
2009年3月、MSFは国内にあるこれらの仮設難民キャンプ内で暮らす人びとが急増している事態を受けて、調査を実施した。推定2万人が劣悪な状況で生活しており、全急性栄養失調率(注2)は緊急状態を示す値を超えていた。食糧不足は90%に達し、水・衛生状態は劣悪で、援助もなかった。
クトゥパロン仮設難民キャンプにおけるMSFのプログラム・コーディネーター、ジェンマ・デーヴィスは語る。「人びとがこのような脆弱な状況にあるときに追い出すなど、あってはならないことです。」
MSFは直ちに重度の栄養失調児の治療にあたり、基礎医療の提供や水源と廃棄物処理施設の改善を行った。
デーヴィスは語る。「プログラム開始から4週間経たないうちに、私たちの栄養治療プログラムで治療を開始した子どもたちの数は千人にのぼりました。雨季が始まったことで水・衛生設備の状況は更に悪化し、伝染性疾患が流行する危険性が高まっています。キャンプの人びとは最も基礎的なサービスすらほとんど受けられず、恐怖の中で避難を余儀なくされ、帰るところもありません。状況は悲惨です。」
残念ながらこのような切羽詰った状況は、ミャンマーで市民権を剥奪され、迫害や差別を受けてきたイスラム系少数民族のロヒンギャ人にとって目新しいものではない。過去20年にわたって数十万人が家を捨てて逃げ、海外に避難した。しかし、難民として認定を得た人はその一部である。ロヒンギャ人の多くは難民として認定されず、援助を受けることもないまま、バングラデシュやタイといった国々で必死に生き延びている。
ロヒンギャ人にとって根本的な解決策が取られることは、長い間苦しみ続けている彼らの健康と尊厳を回復するため、難民として保護を求める国だけでなくその出身国ミャンマーにおいてなされなければならない。
MSFは1992年以来、バングラデシュで援助活動を行ってきた。最近ではチッタゴン丘陵地帯における基礎医療プログラムの開設、サイクロン「アイラ」の被災者救援、クトゥパロン仮設難民キャンプ内にいるロヒンギャ人への緊急援助活動を行ってきた。これらのプログラムでは人も受け入れを行っている。
(注1)クトゥパロンには、公設難民キャンプと非公認キャンプの両方がある。公設キャンプには、難民認定を受けた人しか滞在できない。
(注2)全急性栄養失調とは、ある集団における中程度および重度の急性栄養失調患者の数を合わせたものを指す。
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6月20日は「世界難民の日」
MSFは、バングラデシュ、ベルギー、中央アフリカ共和国、チャド、コロンビア、コンゴ民主共和国、フランス、グルジア、ギリシャ、インド、イラン、イタリア、コートジボワール、ケニア、マルタ、モロッコ、パキスタン、パレスチナ、ソマリア、南アフリカ共和国、スリランカ、スーダン、スイス、タイ、ウガンダ、イエメン、ジンバブエの27の国・地域で、難民、国内避難民、移民および彼らを受け入れている社会への援助活動を展開しています(2008年現在)。
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2009/6/19 UNHCR 世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける

世界難民の日:アンジェリーナ・ジョリー、難民の苦境に対し、理解を呼びかける
UNHCR 2009/6/19
http://www.unhcr.or.jp/news/2009/090619.html
UNHCRワシントン, DC(18日)発:
アメリカでの6月20日世界難民の日に向けた記念イベントで、UNHCR親善大使アンジェリーナ・ジョリーはアントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官とともに、世界中の何百万もの紛争によって家を 追われた人々を重荷としてではなく、可能性ある授かり物としてとらえるよう訴えた。
アメリカ人として、「多様性は我が国に力をもたらした。その我が国が今や難民や移民の受け入れに批判的である。今こそ難民が重荷とされない世界を目指さなければならない。彼らは苦境を乗り越えてきた人々であり、受け入れ先にもたらす影響は大きい」彼女は述べた。
「今までに私が会い、時間を共にした難民の人々は私の人生を大きく変えた」とジョリーは加えた。「今、ここに深く感謝したい」
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2009年06月23日

2009/6/21 HRW 南部スーダン:民族間抗争への対処を改善せよ

南部スーダン:民族間抗争への対処を改善せよ
Hunan Rights Watch 2009/6/21
http://www.hrw.org/ja/news/2009/06/21
(ニューヨーク)−南部スーダン政府、国連、ODA供与国(海外の資金提供国)は、民族間抗争で、民間人を保護することに失敗した。この重大な失策に、至急対処するべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表したレポートで述べた。南部スーダン人民解放運動と国民会議党間の間で、長きにわたったスーダン内戦は、2005年の包括和平合意によって終結した。この合意の関係国、資金提供国、海外の支援国は、2009年6月23日、治安関係を含む和平合意の実施状況を審査するための会議をワシントンDCで行なう予定である。
本報告書「見捨てられた人びと:南部スーダンでの民間人保護の欠如」(15ページ)は、近頃急増している民族間抗争の実態、そして、南部スーダン政府とスーダン国連ミッションのがこの抗争の下で民間人を保護できていない現状を取り上げている。2009年3月と4月、スーダン・ジョングレイ州(Jonglei)で、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)族とムルレ(Murle)族の武装した民間人の間で激しい攻撃とその攻撃に対する反撃が行なわれ、抗争が多数発生。この抗争の結果、推計1,000名の男性・女性・子どもが殺害され、約150名の女性と子どもが誘拐された。政府当局者は、紛争が起きつつあるのを知りながら、紛争を予防する手段や民間人を保護する手段をとらなかった。また、国連ミッションも、差し迫る暴力に対処しなかった、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
「南部スーダンの人々は、政府が自分たちを保護してくれると期待する権利がある。」、とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ジョージェット・ギャグノンは述べた。「しかし、ジョングレイでおきた残虐な暴力は、実際には人びとがまったく保護されていない実態を明らかにした。」
「南部スーダン政府の指導者幹部は、暴力と人権侵害を防ぐために紛争地域に出向き、その地域の警察を増員・増強し、兵士に民間人保護のための訓練を施すべきである」、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
南部スーダン警察局(Southern Sudanese Police Service)は、ジョングレイでおきた襲撃現場のほとんどに、警官たちを配置していなかった(あるいはごく少数しか配備されていなかった)。また、警官たちは、民間人を守るための訓練を受けておらず、必要な装備も持っていない。伝えられるところでは、南部スーダン政府軍であるスーダン人民解放軍は、被災地域の近くに基地があるにも拘らず、兵士と武装した民間人との衝突がおきる懸念から、兵士たちに対し、民間人保護のための介入をすることを禁じた模様である。
政府当局者は、暴力が差し迫っていることを警告されていたにも拘わらず、3月に襲撃が起きるまで、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)族とムルレ(Murle)族の地域に足を運ばなかった。加えて、政府の設置した委員会は、襲撃の後の調査を行なったものの、重大犯罪の犯人を訴追するための措置は何も講じなかった。
民間人を保護し、包括的和平合意への違反を監視することをマンデートとする国連平和維持軍も、襲撃現場に不在だった。州都ボル(Bor)に駐屯している平和維持軍は、3月の襲撃以降、被災地への視察を増やしたが、民間人が殺害された遠隔地には殆ど行っていない。平和維持軍は、5月、平和構築活動を支援するため、約120名の軍と民間人スタッフを、一時的に被災地2箇所へ派遣した。
「ジョングレイでの平和維持部隊の存在は重要だが、更なる襲撃を予防するため、そして民間人を保護するため、基地を増やしたり、定期的な視察・パトロールなどを行い、危険地域での活動を増やすべきである」、とギャグノンは述べた。「全ての襲撃容疑に対し徹底した人権侵害の調査を行い、遠隔地域における法の正義の実現に向け、南部スーダン政府を支援しなければならない。」
南部スーダン政府と平和維持軍が、民間人保護に失敗した例はこれにとどまらない。中央部及び西部エクアトリア(Equatoria)州でのウガンダの神の抵抗軍による激しい襲撃や、2009年2月に民間人30名以上を殺害したマラカルでのスーダン人民解放軍とスーダン軍の衝突など、他の場所での民族間抗争でも、民間人を保護しなかった。
2010年2月に予定されている国政選挙、そして2011年の民族自決に関する南部スーダンでの国民投票に向け、南部スーダン全域での暴力発生の危険性は、今後数ヶ月間高まる可能性がある。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、6月23日の会議に出席する南部スーダンの代表団、海外の資金提供国、外交官らに、民間人保護を最優先議題とするよう強く求めた。
選挙に先立ち、危険が高まっている地域に駐在する警察(訓練と装備が必須)と政府指導者たちの数を増加させることを優先課題とするべきである。国連と海外の資金提供国は、暴力事件の捜査と犯罪の責任者の法的責任追及の確保という点でも、南部スーダン政府を支援しなければならない。
「緊張が高まる中、国連と海外の資金提供国は、南部スーダン政府と協力し、治安改善と民間人保護を進めるべきだ。」
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2009/6/22毎日 訪ねたい:銀幕有情 ホテル・ルワンダ(ルワンダ・キガリ)

訪ねたい:銀幕有情 ホテル・ルワンダ(ルワンダ・キガリ)
毎日 2009/6/22
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20090622dde012070007000c.html#
◇憎しみから許しへ
 連なる丘の稜線(りょうせん)を朝もやが包む。静かで美しいと思う。アフリカ中部ルワンダの首都キガリ。この国に悲劇のイメージしか持てなかったのは、他でもない。映画「ホテル・ルワンダ」を見たためだった。旧宗主国ベルギーの統治時代にさかのぼるツチ系住民とフツ系住民の区別は62年の独立以降も深いしこりを残したまま、94年の大虐殺につながっていった。
 06年11月に会ったカガメ大統領は「変わりゆくルワンダの姿を現地で感じてほしい」と語った。ルワンダは今、安定した経済成長を続けている。犯罪や汚職は減り、アフリカの「模範国」と言われるほど順調に再建への道を歩んでいる。確かに先入観を覆す“良い国”だった。しかし、市民と対話を重ねるごとに、逃れられない虐殺の体験や記憶をおもんばかることになった。
 94年4月、フツ系ハビャリマナ大統領の搭乗機が撃墜された。政府軍の指揮下、「インテラハムウェ」と呼ばれるフツ系過激派民兵は、責任の矛先をツチ系住民やフツ系穏健派に向け、虐殺を始めた。7月までの約100日間の犠牲者は80万〜100万人。毎分5人以上が殺された計算だ。キガリ北部の「虐殺記念館」はその過程を教えてくれる。
 映画の舞台となった「オテル・デ・ミル・コリン」(千の丘のホテル)はキガリ中心部にあった。だが、映画の面影は全く無い。当然だった。隣人同士が殺す側と殺される側に分かれた社会の構図は、現在もほぼ当時のまま存在している。和解を掲げる今、誰もがくつろげるホテルの空間に虐殺の証しは不要だからだ。
 中庭のテラスで、輸出量が伸びるこの国の紅茶を飲む。流れるキース・ジャレットのジャズの名盤「ザ・ケルン・コンサート」の抑揚が、波乱に富む現代史と重なるように響いた。
 彩る緑の木々はすべて見ていたのだろうか。近くの坂の途中に立ち、マシェーテ(山刀)やマス(くぎを埋め込んだこん棒)を手に坂道を駆け上がる民兵集団を想像してみた。
 国連部隊が駐留したミル・コリンはツチ系住民が命をつないだキガリで唯一の場所だった。だが、94年4月に部隊のベルギー兵10人が殺害されると、国連安保理は要員の9割削減を決議する。ルワンダは国際社会に置き去りにされた。
 キリスト教徒が8割を超すルワンダでは虐殺時、多くの市民が教会に救いを求めた。キガリ郊外のニャマタ教会。クリスマスに生まれた一人の若者に会った。
 94年4月7日、9歳だったムガベ・チャールズさん(24)は家族と共にこの教会に逃げ込んだ。屋内に約2000人。外にも避難民があふれていた。振り下ろされるマシェーテ、悲鳴……。重なる遺体と血だまりの中、床の排水溝に頭を入れて息を殺した。
 「死んだふりをしたのです。丸1日後、空腹に耐え切れず立ち上がりました。でも……」。ムガベさんは隠れた場所を指さしたまま言葉を詰まらせた。この時、生き残ったのは数人。両親や4人の兄弟姉妹はすべて殺害された。教会は「ホテル・ルワンダ」にはなり得なかった。記憶をとどめるため、教会には血のりの残る犠牲者の衣類が重なるように保管されていた。
 大虐殺から15年。ルワンダ市民は虐殺時のエピソードが「憎しみ」につながらぬよう、努めて慎重に語る。何度も耳にした言葉があった。ムガベさんもそう告げた。「大切なのは、許しです」と。【キガリで高尾具成】
 ◇再生目指す「千の丘の国」
 多くの山々に囲まれ、「千の丘の国」と形容されるルワンダ。四国の約1.4倍の面積があり、国土の大半は丘陵地の内陸国だ。キブ湖など七つの湖と五つの火山、ナイルの水源ニャバロンゴ川を有する。62年に独立。03年就任のカガメ大統領は、IT立国化による「アフリカのシンガポール」を目指し、発展と国家再生を続ける。
 北部のボルカン国立公園は世界に約700頭しかいないと言われるマウンテンゴリラの生息地で、08年の観光収入は前年比で55%増加した。豊富な降水量に恵まれ、良質なコーヒー、紅茶の産地としても世界的な評価が高まっている。
◇1200人の命救ったホテルマン−−06年公開
 94年、アフリカ・ルワンダでの大虐殺(ジェノサイド)の渦中に1200人以上の命を救ったホテル支配人を中心にした実話の映画化。約100日間に80万人(100万人とも言われる)が惨殺された事件を分かりやすく、家族愛の物語としても描いた。大国の無関心や国連平和維持軍司令官のジレンマなど、悲劇を回避できなかった経緯も語られる。

 ルワンダでは、多数派のフツ族と少数派のツチ族との対立をあおる放送が続いていた。フツ族の大統領をツチ族が暗殺したという情報が流れ、「ツチを根絶しろ」と悲劇が一斉に始まる。ホテル支配人のポール(ドン・チードル)はわいろや機知、人間関係を駆使して、助けを求めてきたツチ族をかくまう。西側諸国は惨状を事実上無視し、国連からも見捨てられていく。
 海外での評価は高かったが、日本では買い付け価格の高騰や深刻なテーマから配給が決まらなかった。しかし映画ファンのネットでの署名運動がきっかけになり、東京・渋谷に次いで全国各都市で公開された。テリー・ジョージ監督。2時間2分。2004年作品。インターフィルムからプレミアム・エディションDVD(税込み4935円)発売中。【鈴木隆】
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2009/6/23時事 2年以内に国家樹立準備を=パレスチナ首相が演説

2年以内に国家樹立準備を=パレスチナ首相が演説
時事 2009/6/23
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009062300010#
【エルサレム22日時事】パレスチナ自治政府のファイヤド首相は22日、ヨルダン川西岸アブディスの大学で演説し、パレスチナ国家樹立に向けた準備を2年以内に完了させる考えを示した。
 ロイター通信によると、同首相はこの中で、国家に必要なすべての機関や制度について「来年末か、遅くとも2年後」までに整える必要性を指摘。パレスチナ住民に対し、一致団結して取り組むよう呼び掛けた。
 イスラエルのネタニヤフ首相は14日に行った演説で、将来のパレスチナ国家の非武装化などを条件に、2国家共存路線を受け入れる考えを初めて表明した。ファイヤド首相の演説はこれを受けたものだが、パレスチナ側はイスラエルによる西岸での入植活動継続などに強く反発。和平交渉再開が困難な状況に変わりはない。(2009/06/23-00:33)

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2009/6/22 AFP ソマリア暫定政府が非常事態宣言


【6月22日 AFP】反政府勢力により、首都モガディシオ(Mogadishu palace)の大統領官邸を包囲されているソマリア暫定政府のシェイク・シャリフ・アハメド(Sheikh Sharif Ahmed)暫定大統領が22日、非常事態を宣言した。
 記者会見したアハメド大統領は、「全土で戦闘が激化していることから、暫定政府は本日、非常事態を宣言することを決定した」と発表した。大統領側近は、非常事態の発動にはさらに議会の承認が必要だと述べた。議会が召集される日時や場所については明らかになっていない。
 2年にわたり介入していたエチオピア軍が6か月前に撤退したばかりだが、91年以来混乱状態が続く国内で非常事態宣言が効力を発揮することはほとんどないとみられる。
 ソマリア議会のアデニ・モハメド・ヌル(Aden Mohamed Nur)議長は前日、「暫定政府は反政府勢力によって弱体化させられている。ケニア、ジブチ、エチオピア、イエメンなど近隣国に24時間以内に軍を派遣してくれるよう要請したい」と異例の声明を発表。新たな外国軍による支援が一気に現実化しそうだ。
 ソマリアでは現在、イスラム強硬派の反政府勢力らと暫定政府軍の戦闘が約6週間にわたり続いており、5月以降の死者は少なくとも300人に上り、13万人が避難している。
 18日には、イスラム強硬派の反政府勢力の掃討を率いていた暫定政府のオマル・ハシ・アデン(Omar Hashi Aden)国家安全保障相が、自爆攻撃を受けて死亡した。
 22日、アフリカ連合(African Union、AU)はソマリアの事態に懸念を示した。AUの執行機関、AU委員会のジャン・ピン(Jean Ping)委員長は、ソマリア暫定政府には「AU加盟国やさらに大きな国際社会の支援を求める権利がある」と支援に前向きな姿勢を示した。
 21日はイスラム諸国会議機構(Organisation of the Islamic Conference、OIC)のエクメレディン・イフサンオウル(Ekmeleddin Ihsanoglu)事務局長は「国際社会の早急な介入が不可避となっている。暫定政府の支援、秩序の回復、無実の市民たちの被害の緩和が必要だ」と述べ、緊急国際行動を呼び掛けた。(c)AFP/Mustafa Haji Abdinur
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2009/6/23毎日 イスラエル:ヨルダン川西岸「人口自然増」 入植拡大、薄れる根拠 移住も一因

イスラエル:ヨルダン川西岸「人口自然増」 入植拡大、薄れる根拠 移住も一因
毎日 2009/6/23
http://mainichi.jp/select/world/news/20090623ddm007030010000c.html
中東和平の最大の障害の一つである、イスラエル占領下ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地問題。入植活動の完全凍結を求める仲介役の米国に対し、イスラエルは人口の「自然増」を理由に入植地を拡充している。だが、実際には入植地の格安住宅を求めてイスラエル領内から移り住むケースも多く、こうした「社会増」も手伝って人口は増加の一途をたどっている。【ケドゥミム(ヨルダン川西岸北部)で前田英司】
 「イラクでもアフガニスタンでもなく、私たちが世界の『問題』のようね」。西岸のパレスチナ自治区ナブルスに近い入植地ケドゥミム。イスラエルの大都市テルアビブ近郊から移住して30年余りになる女性のショシャナ・シロさん(57)が自嘲(じちょう)気味に笑う。「人口は年々増えて住宅不足は深刻。オバマ米大統領は『内政干渉』すべきでない」と入植凍結論に憤った。
 ケドゥミムは75年以来一帯の丘の頂上に次々と建て増しされた中小12の住宅地群で、人口は約5000人。エチオピアやロシアから移住した比較的低所得のユダヤ人も多く、住宅不足であぶれた人々は移動式の仮設住宅を借りて待機している。隣接する別の丘では入植者が勝手に住み着き、新たに簡素な住宅地を形成していた。
 イスラエルは入植者人口の増加の理由を「自然増」と説明する。通常「自然増」とは出生数が死亡数を上回ることだが、イスラエルが言う「自然増」には、同国領から入植地へ移住する「社会増」も含まれているのが実態だ。
 イスラエルの最大紙イディオト・アハロノトによると、06年の入植者人口増の約4割は「社会増」で、07年もほぼ同様の傾向だった。イスラエルはこうした人口増によって生活水準が落ちる恐れがあるとして、入植活動の凍結を拒否している。
 イスラエルは第3次中東戦争(67年)で西岸とガザ地区を占領。西岸での入植活動は70年代半ばごろから本格化した。神に与えられた「約束の地」への帰還を掲げる右派・宗教系のユダヤ人が先導し、政府はこれを「追認」。入植地に通じる道路を整備したり、入植者向けに好条件の住宅ローンを提供したりして、事実上、入植を「促進」してきた。このため、入植者の中には自らを政府の「代弁者」と標榜(ひょうぼう)する人も少なくない。
 西岸とガザ地区を将来の「パレスチナ独立国家」の領土と位置付けるパレスチナ人と米欧諸国などにとって、入植地の拡充を認めることはパレスチナ国家建設による「2国家共存」構想を否定することにつながる。
 イスラエル紙ハーレツのアキバ・エルダー論説委員は入植地問題の背景について、「イスラエルは西岸を占領地でなく『係争地』と考えている」と指摘する。国際法上、占領地への入植は違法だ。だが、イスラエルは自国と西岸の境界(国境)を「今後の交渉課題」と解釈し、自国政府が承認していない入植地のみを「違法」とみなしている。
 和平交渉の積極仲介に乗り出したオバマ米大統領は入植活動を完全凍結し、交渉進展の起爆剤にしたい意向。パレスチナ自治政府も和平機運を再喚起する好機ととらえ、オバマ大統領と歩調をそろえている。
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 ■ことば
 ◇ユダヤ人入植地
 イスラエルが占領地に建設したユダヤ人居住区。ヨルダン川西岸には約120カ所ある。このほか、政府未承認の入植地も多数あり、過去10年で入植者人口は10万人以上も増えた。米露、欧州連合、国連が03年に提示した「新中東和平案」(ロードマップ)はイスラエルに対し、「自然増」を含む入植活動の完全凍結を求めている。ガザ地区の入植地は05年にすべて撤去された。
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2009/6/22毎日 グッド・イブニングAmerica:言葉をつなぐ人々=大治朋子

グッド・イブニングAmerica:言葉をつなぐ人々=大治朋子
毎日 2009/6/22
http://mainichi.jp/select/opinion/ooji/news/20090622dde012070029000c.html
「僕の顔は撮らないで」。アフガニスタン人男性、ミラッシュさん(23)がカメラを持った私にささやいた。アフガン北部のバグラン米空軍基地にある米軍病院で取材していた時のこと。ミラッシュさんは地元の言葉と英語で、アフガン人の患者と米国人医師らとの会話をつなぐ通訳をしていた。「ここで働いていることは、家族以外には秘密だから」。地元の反米感情や武装組織による報復を恐れているのだ。
 病院にはミラッシュさんのようなアフガン人通訳が24時間態勢で控えている。本来は米兵のための病院だが、地元市民の入院患者も少なくない。戦闘に巻き込まれて負傷し、「医療費が無料」と聞いて訪ねてきた人。重傷で地元の病院から転送されてきた人など、ルートはさまざまだ。
 ミラッシュさんは半年前にこの仕事を始めたが、「あと半年でやめるつもり」という。1年間続けると、米国の大学への留学と、特別な学費ローンに申し込む権利が与えられるからだ。コンピューター科学に興味があり、米国で学んで、いずれは「アフガンの発展に生かしたい」という。アフガンでは多くの人々が米軍の空爆で死傷している。米軍病院での勤務が地元に知られれば家族をも危険にさらしかねないが、「アフガン人患者の治療の手助けをしているのだ」という思いで、複雑な心境を支えているという。
 女性の通訳もいた。ヌリアさん(50)はカブール生まれのアフガン人。30年前、家族と共に米国に移り住んだ。この仕事のため、今年初めからカリフォルニア州に住む夫や5人の子供とは離れ離れの生活だが、「お金をためて早く帰るつもり」。娘たちが大学に通い、学費のためだという。米国では安売りスーパーに勤めていたが、最近、体力的に厳しくなった。かといって不況で他に仕事はない。詳細を話さないように言われているのか通訳の給与の額を聞くと口ごもったが、スーパーの店員よりは高給だという。だが12時間シフトで週休1日の勤務は、容易ではない。しかも戦闘に巻き込まれて負傷した地元の子供たちを見るたびに、アフガン生まれの一人の母親として「いいようのない悲しい気持ちになる」。気分は沈みがちだ。
 基地にあるテレビもない小さな部屋で暮らしている。今日も悲しい現実を見るのか。毎朝そんな思いがよぎるが、「ここまで来た以上、他に選択肢はない」。自分に「生きるため」と言い聞かせる日々だという。(北米総局)
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2009年06月22日

2009/6/21西日本新聞 WORD BOX カレン民族同盟(KNU)

WORD BOX カレン民族同盟(KNU)
西日本新聞 2009/6/21
http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/display/6630/
カレン民族同盟(KNU)  ミャンマーは約7割のビルマ人のほか、シャン、カレンなど多くの少数民族で構成されている。少数民族は大戦後、自治や独立を求めて反政府活動を行っていたが、大半は軍政と停戦を締結。現在、最大の反政府武装勢力がカレン人によるカレン民族同盟。カイン州の山中を拠点に武装闘争を継続。KNUから分離した民主カレン仏教徒軍(DKBA)が軍政に協力していることもあり、KNUは衰退している。
焦点・FOCUS=ミャンマー少数民族カレン人受難 戦火逃れタイへ2000人 組織拠点を国軍が攻撃 寺院床下途方に暮れ
(2009年6月21日掲載)
 ミャンマー東部の少数民族カレン人がタイに大量避難している。ミャンマー国軍が今月初旬から、反政府武装組織カレン民族同盟(KNU)の拠点に徹底攻撃を仕掛けたためだ。戦火を逃れて国境を越えたのは女性や子どもを中心に2000人以上。タイ政府や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も緊急支援に乗り出した。避難民は母国に戻れるのか。「世界難民の日」の20日、新たな難民が国境に生まれようとしている。
 (タイ北西部ノンブア・柴田建哉)
 ミャンマー国境近くノンブアの山中にある寺院。本堂のほか床下、UNHCRのテントに数百人の避難民があふれていた。ほとんどが女性と子どもたち。乳飲み子をあやす姿も目立つ。
 「砲弾が村に撃ち込まれた。怖かった」。ノンガーさん(28)は今月初旬、夫とともに1歳から7歳まで3人の子を抱き、手を引いてひたすら逃げた。銃声を背に2日間山中を歩き、3つの川を越えた。
 「これからのことは何も考えられない。家がどうなっているか心配だ」。ノンガーさんは床下にじっと座り込んでいた。
 ■住民で「地雷探知」
 住民の恐怖は戦火だけではない。難民支援団体の関係者によると、KNUは拠点周辺に地雷を埋設して防御線を張っている。このため国軍はこれまでも、住民を徴用して「地雷探知」目的に先頭を歩かせることがあり、戦闘激化による徴用を恐れて逃げた住民もいるという。実際、国境近くのタイの病院には地雷による負傷者が10人程度搬送されている。
 国軍が攻撃に不利な雨期(5月―10月)に大規模な掃討作戦を仕掛けるのは異例のことだ。
 背景をめぐって推測を呼んでいる。「2010年に軍政が予定している総選挙前の掃討を図った」「民主化指導者アウン・サン・スー・チーさんの裁判から国民の目をそらすため」「他の少数民族に不穏な動きがあったので警告を込めた」
 戦闘による死傷者数さえ判明せず、軍政の狙いも明らかではない。ただタイ側にまで響いていた砲声は18日以降途絶えた。「周辺のKNU拠点は制圧されたのではないか」。現地ではそんな見方が強まっている。
 ■難民流入止まらず
 避難民は現在、国境近くの寺院など7カ所に分散している。タイ政府は今後、3カ所に集め、支援団体とも協力して医療や食料の支援に取り組む方針だ。避難民の一部はミャンマーに戻ったとの情報もある。逆にミャンマー難民が暮らす近くのメラ・キャンプに入り込んだケースもある。
 国軍の攻撃が今後、カイン州北部のKNUの拠点にまで及べば避難民は膨らむ可能性がある。
 国境沿いに点在するタイの難民キャンプには既に十数万人が暮らし、戦火や迫害、貧困を逃れて次々と流入している。
 国連関係者は「祖国を追われる難民が後を絶たないことがミャンマーの混迷を何より物語っている」と指摘している。
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2009/6/20 NHK スー・チーさん誕生日で集会

スー・チーさん誕生日で集会
NHK 2009/6/20
http://www.nhk.or.jp/news/k10013754611000.html
ミャンマーの民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チーさんは、軍事政権によって刑務所内の施設でこう留されたまま、19日に64歳の誕生日を迎え、スー・チーさんが率いる政党は集会を開いて、あらためて即時解放を訴えました。
軍事政権によって自宅に軟禁されていたスー・チーさんは、先月14日、当局に無断で外部の人間に接触したとして起訴され、ヤンゴンの刑務所内にある裁判所で審理にかけられており、1か月余りにわたって刑務所内の施設でこう留されています。スー・チーさんは19日に刑務所の中で64歳の誕生日を迎え、これにあわせてスー・チーさん率いる政党がヤンゴンの政党本部で集会を開きました。政党のスポークスマンによりますと、この中で、参加者たちは、裁判はスー・チーさんの影響力を封じ込めておきたい軍事政権の政治的な動機に基づいたものだと批判し「スー・チーさんの解放なしに国に未来はない」という声明を読み上げ、スー・チーさんの即時解放を訴えました。集会には数百人が集まり、大勢の治安部隊が周辺に展開して、一時は緊迫した場面もありましたが、大きな混乱にはなりませんでした。スー・チーさんに対しては、有罪判決が下されるのは確実との見方が強まっており、世界各国の著名人がインターネット上で即時解放を求めるメッセージを寄せ、国際社会からの懸念が強まっています。
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2009/6/21毎日 街角:ミンダナオ 穏やかな彼が戦場へ

街角:ミンダナオ 穏やかな彼が戦場へ
毎日 2009/6/21
http://mainichi.jp/select/world/news/20090621ddm007070104000c.html
「彼は戦場に行ってしまった」。フィリピン南部ミンダナオのコタバト市に住むイスラム教徒の青年(30)が沈んだ声で話した。「彼」とは、イスラム反政府組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」の元兵士(20)で、昨年5月、同市を訪れた際、この青年が紹介してくれた。
 ミンダナオでは昨年8月以降、MILFの一部部隊と、国軍の戦闘が激化している。元兵士は昨年10月、戦場に向かったままだという。
 元兵士と会った当時は、国軍との衝突はほとんどなかった。「平和」という言葉を何度も使い、古着を売って生活費を稼いでいることや、家族との暮らしを楽しんでいることを話してくれた。「生活は苦しいけど、もう銃は持ちたくない。嫁さん探しもあるし」と笑っていた。食事に誘った際、遠慮して、なかなか注文をしようとしない姿にも親近感を持った。
 戦闘の激化で、戦火は一般住民にもおよび、避難民の数は約25万人に上っている。青年によると、イスラム教徒の避難民も多く、元兵士の親類や友人も家を失ったという。元兵士は人伝えに戦闘や避難民の様子を聞くたび、無口になっていったという。
 「人を殺すことになるから行くな」「いや同胞を守るためだ」……。2人の間で、こんなやり取りを何日も繰り返した後、元兵士の姿が町から消えた。
 「説得できなかった……」と話し、しばらく黙り込んだ青年は、こう聞いてきた。「あなたなら、止めることができますか」。答えが見つからなかった。【矢野純一】
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2009/6/20 AFP ハマスの夏期キャンプで遊ぶ子どもたち


【6月20日 AFP】パレスチナ自治区ガザ市(Gaza City)でイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)が主催している夏期キャンプで、フェンスを登る子どもたち。(c)AFP
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2009/6/20読売 20日は「世界難民の日」…国連大学でイベント

20日は「世界難民の日」…国連大学でイベント
読売 2009/6/20
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090620-OYT1T00735.htm?from=main6
難民の保護と援助への関心を高めることを目的にした「世界難民の日」の20日、世界の難民の現状を紹介するイベントが東京・渋谷の国連大学で開かれ、難民キャンプで使われるテントでの生活体験や、日本在住のミャンマー、パキスタン難民らによる伝統の踊りや歌が披露された。
 国連難民高等弁務官事務所によると、世界の難民・国内避難民は昨年末で約4200万人。今年に入り増加傾向にあるという。
 ミャンマー難民でカチン族のラビャ・ラトゥイさん(46)は「身近にいる私たちのことを知ってほしい」と話した。
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2009/6/22毎日 ソマリア:内戦激化 暫定政府、周辺国に軍派遣要請

ソマリア:内戦激化 暫定政府、周辺国に軍派遣要請
毎日 2009/6/22
http://mainichi.jp/select/world/news/20090622ddm007030128000c.html#
【カイロ和田浩明】ソマリアで暫定政府軍と急進的イスラム組織「アルシャバブ」など反政府勢力の戦闘が激化し、ロイター通信によると暫定政府は20日に非常事態を宣言、国会議長はエチオピアなど周辺国に支援の軍隊急派を要請する異例の声明を出した。AFP通信によると、首都モガディシオでは大統領宮殿の3キロまで反政府勢力が接近、戦闘を避けて数千人の住民が脱出した。
 ソマリアでは5月初旬から、南部を拠点とするアルシャバブなどが暫定政府軍への攻勢を強めており、民間人を含む約300人が死亡し、12万5000人が避難民となった。
 ヌール国会議長は20日の声明で、周辺国に24時間以内の軍隊派遣を要請。パキスタンなど外国人勢力がアルシャバブに加わっており、周辺国の軍事支援がなければ「地域全体の問題になる」と警告した。
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